御朱印

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御朱印(ごしゅいん、Collect Bloody-sign)とは、スタンプラリーの一種である。

概要[編集]

神社寺院を参拝した記念として住職神主からいただく印で、主に御朱印帳と呼ばれる専用の帳簿(メモ帳などを持参してもいいが、あまり歓迎されない)に押印と署名、参拝日時を記入してもらうことで功徳が高まると言われているが、そこは世知辛い人間社会のこと。功徳を積むにもカネがかかるのは言うまでもない(概ね200~500円が相場である)。また、いくら集めたところで冥土に持って行けるモノでもなく、遺言の一つに「集めた御朱印帳も棺桶に入れて、一緒に焼いてくれ」と加える信心深い者も多いが、たとえ煙と一緒に冥途へ旅立てた(=御朱印帳をあの世へ持って行けた)ところで三途の川まで来てしまえば、脱衣婆(だつえばばあ)に何もかも剥ぎ取られてしまうため、意味がないのである。と言うかそもそも閻魔大王はすべてお見通しである上、単なる自己満足などには興味もないため、せっせと御朱印など集めている暇があったら少しでも多く冥銭を持たせてもらえるよう知人や親戚に愛想よく振る舞って(社交的・金銭的な両面の意味で)おいた方がよほど身のためなのである。

歴史[編集]

朱い印、いっぱい集めよう♪

そんな御朱印の起源は「蒐首級(しるしあつめ)」と呼ばれる魔道の儀式で、666人の聖職者(住職や神主はもちろんのこと、巫女修行僧でもよい。また、決まった寺社に属さない山伏雲水などでもよい)を殺し、その第六天魔王に奉げることで無双金剛たる神通力を授かることが出来ると信じられていた。最初は文字通り乗り込んだ先の寺社仏閣で殺した者の首を持ち歩いていたが、一個4~5kgはある人間の首を666個も持ち歩くことはやはり無理があったため、やむなく首の代わりにを切り取って持ち歩いてもよい独自ルールが追加されたものの、いかんせん一箇所で切り取れる耳の数は限られて(もちろん一人一つである)おり、あちこち流れ歩いている内に腐ってしまったり、あるいは腹が減って食べてしまう者もいた(ここで食べるのを躊躇うくらいなら、そもそも人など殺せない)ため、更なる追加ルールとして666ページの帳面(これが御朱印帳の始まり)を用意、その1ページ1ページに殺した相手のデスマスクをとることで携帯の利便性は飛躍的に向上したのであった。ちなみに、デスマスクをとるのに使うに殺した相手のを用いたことから、いつしかこれが「朱印」と呼ばれるようになり、形を変えて現代に至るのであった。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]