徳川家定
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
| | 現在、この征夷大将軍は将軍としての器量、力量、人望にあまりにも欠けている上、あまりに屁が臭いので、「どうしようもない将軍様」状態にあり、四方八方の列強各国から国盗りの絶好のカモにされ、大老や老中、旗本からも不平分子が爆発しかかっています。そしてあまりにも屁が臭いので、周りに人が寄ってきません。 もしこの将軍が7日後にも心機一転して改革なりなんなりしてこの状況を打破し、また自分の屁の臭さを認識しなければ、この厳しい動乱の世、日本が海外列強に切り取られるのは火を見るより明らかです。ですが、この将軍様にはまだ希望が残されているかもしれませんし、聡明な篤姫様が金属バットでこのバカの頭を殴打して頭の打ち所が悪ければ、天才とキチガイは紙一重と言いますし、あるいは脳味噌が活性化されて明哲で英邁な名君になるかもしれません。 このマークはあまりの屁の臭さに徳川家定のケツに挿されたケツ栓です。決して抜かないでください。 |
「くっさい!くっさいわ!!こんな下品な奴が将軍とは信じられん!!」
~ 徳川家定 について、足利義昭
~ 徳川家定 について、足利義昭
「…そうか!!江戸の火事の原因はこやつか!!屁をこく前に腹を切らなければならないようだな!!…その前に臭すぎる。」
~ 徳川家定 について、織田信長
~ 徳川家定 について、織田信長
徳川 家定(とくがわ いえさだ)は江戸幕府13代将軍であり、通称放屁将軍である。しょっちゅう屁をこいていた上自分の屁を他人に嗅がせる事をこの上ない喜びと感じていた真性の変態。薩摩芋が大好物である。ちなみに薩摩芋はその名の通り当時倒幕にやや傾きつつあった薩摩藩の薩摩隼人達が作った食物兼科学兵器であり、家定は大量に薩摩芋を薩摩藩から購入して薩摩藩のふところを肥やしていた。敵の財布に金を注ぐ辺り相当おめでたい将軍である。ちなみに正室は薩摩から来た天璋院篤姫である。家定は彼女を本場鹿児島から現地直送された「放屁する女」と思ってはしゃいでいたようだが、そういったプレイに篤姫があまり興味を示さないので、かなり意気消沈し、短い結婚生活の後、肛門が閉まる病を得て、まもなく逝去した。
[編集] 人物・逸話
- 家定は他の幕僚達にも「良質なオナラを出すために薩摩芋を食え」と薩摩芋を食うように強要した。そのために松平春嶽からはイモ公方と呼ばれた。
- 家定の屁の臭さはスカンクの屁の比ではなくもはや有害物質そのものであった。2000人以上の旗本が家定の屁を嗅がされた瞬間に即死したと言う。
- 家定は屁のジェット噴射を利用してで火星まで旅行に言った事もあり、そこで火星人に拉致されてしまい幕府の幕僚達が大慌てした事件がある。
- オナラフェチである家定は大量のスカンクをペットとして飼育していた。家定の時代の江戸城は異常な悪臭に包まれていたと言う。
- あまりにオナラを出しまくるものだからガス欠に陥ってしまう事もある。
- 家定を音読みするとかてい=家庭となる事からも分かる通り私生活面においては妻に優しい家庭人であり、彼の妻篤姫は家定の臭いオナラにもガスマスク無しで平気で耐えたと言うから大したものである。なお家定は篤姫にも好んでオナラを嗅がせまくっていた。これは一種の求愛行動ととれる。