我思う、故に我あり

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我思う、故に我あり。(Cogito ergo sum 、コーギト エルゴ スム) とは、1637年流行語大賞である。

概要[編集]

このフレーズは、フランスの哲学者ルネ・デカルトによって思いつきによって発せられた一言である。

発想まで[編集]

20代を過ぎても自宅警備の職にしか就くことのできなかったデカルトは1日20時間を超えるネット中毒生活の結果として、現実と空想の区別が分からなくなり、この世の全ての存在を疑うようになる。

さらには「自分は何なんだ」という、あまりに遅すぎる厨二病を発症し、病みすぎてコンビニへの外出すらできなくなってしまった。

そこで、「自分はネ申だ」という厨二病的セリフを某aチャンネル定数をaという文字で最初においたのもデカルトである)に書き込もうとするも、相手にされず失敗。

そのため、何か新しい視点から自分を観察するために思いついた言葉が「我思う、故に我あり。」である。

彼の母国はフランス語であるが、当然な厨二病的発想のせいで、彼はラテン語でこれを発表した。しかしながら、この時のスレタイは ego cogito, ergo sum という微妙にバランスの悪い題名であった(これはひとえに彼の人生を通したコミュニケーション力不足による)。

直ちに他のユーザーに Cogito ergo sum の方が良いと指摘され、これに落ち着くこととなった。

流行語選定へ[編集]

1600年に始まり、この年に38回目を迎えた「国王ルイ13世記念全ヨーロッパ流行語大賞」は、選定に難航していた。

(なお、フランス人からしか選定しないのに、全ヨーロッパを語るのは、アメリカ国内野球リーグの「ワールド・シリーズ」と同じ、ナルシスト的発想による)

この時、偶々選定委員会のパソコンを使って某chを見ていたひとり(ペルトゥ=ドゥ=タンプ副委員長)がこの言葉を発見した。

そこで彼の鶴の一声により、この言葉が流行語大賞に決定したと言われている。

前述の通り、実際のところ、この言葉をきちんと生み出したのは他ユーザーであるが、会場には彼が呼ばれることとなった。

しかしながら、コンビニにすら出かけられなかった彼が、王族の前に出られるわけもなく、選出を辞退することとなる。一方、なんとしても彼の言葉にしたい(なぜならば、これの他には全くもって才能を感じさせる言葉はなかったためである、ちょうどアンサイクロペディアのように)選定委員会は、100人ほどの女性聴衆の前で、彼に電話をして

「明日、流行語大賞取りにきてくれるかな?」

と聞いた。

これに、彼がおかしくなってしまった(狂った)テンションで

「いいとも〜」

と答えたことから、日本の第3の国技である「タモリ=アルタ電話」もこの時期に生まれたと言われている。

その後[編集]

彼は授賞式当日、あまりにもダサいファッション(ちょうど君の家のタンスの服みたいな感じだ)で登場したために、フランス中の中学生高校生に笑われてしまった。

この復讐のために、彼は(x,y)のような座標軸や、ax+by=7といった意味不明な方程式を作り、のちに世界最大の拷問官の異名を手にする。

なお、この功績により、彼は第1回ノーベル殺戮賞も受賞している。

ペルソナ5』では、「我は汝、汝は我」とアレンジをして社会問題事物を矯正される義賊な怪盗団バトルのエロゲを行っている。それは拷問官から逃げるための手段であった。

用法[編集]

  • このフレーズは大変に危険です。用法・用量を守って正しくお使い下さい。

現在では、彼をしたって自宅警備員となった若者に人気が高い。

  • 使用例) 我、仕事を思う。故に、我に仕事あり。

これは彼のフレーズにさらに目的語が追加されたバージョンである。

第1文型とかいうのが第3文型になった。たぶん。

このフレーズを使えばもう就職の心配は要らない。まさに、「挨拶するたび仕事が増えるね」である。

他には、山本太郎議員も好んで使用する。

  • 使用例)原発を思う。故に、原発あり。

しかし山本太郎に使われたせいで、デカルトの名声が傷ついてはいけないので、この使用法はなかったことにされている。(詳しくは存命人物によるタブーの項を参照のこと)

また、このページ自体をこの言葉に当てはめることもできる。

  • 使用例)我、「我思う、故に我あり」、を思う、故に「我思う、故に我あり」あり。

つまりは、製作者が「我思う、故に我あり」を思ったから、「我思う、故に我あり」というページが存在するわけですね。

関連項目[編集]