承久の乱

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』


承久の乱とは、鎌倉時代初期に起こったサッカー大会である。

平安時代末期には盛んに行われていたスポーツ大会が廃れ、選手たちが不満を起こしていた時期に、後鳥羽上皇北条政子 の提唱で行われた。

目次

[編集] 上皇軍と尼将軍隊

このサッカー大会の開催にあたり、現在の新日本プロレス高田モンスター軍のように、参加するチームを二つに分けることが定められた。

主に西日本の選手が上皇軍に所属し、東日本の選手が尼将軍隊に所属した。

[編集] 尼将軍のカリスマ性

北条政子は「尼将軍」となのり、尼将軍隊のリーダーとなった。元幕府指導者の嫁(現代でいくとヒラリー・クリントンみたいなもん)ということもあり彼女の人気は絶大で、ファンの支持は尼将軍隊に傾いた。

[編集] 大会の結果

ファンの人気を受けた尼将軍隊が、そのままの勢いを持って圧勝した。

尚、八百長にかかわったとして後鳥羽上皇らは島流しにされた。

[編集] 尼将軍隊の主な選手

北条泰時

尼将軍の甥であり、尼将軍隊のエースストライカーとして活躍。

北条時房

尼将軍の弟。泰時ほどの人気はなかったが渋い働きでポジションを守った。

ドラえもん

外国人枠を使い登場。ひみつ道具による反則的な攻撃は上皇軍を大いに悩ませた。

チンギス・ハン

外国人枠のもう一人。集団的なディフェンスで鉄壁の守備をみせた。

[編集] 上皇軍の主な選手

後鳥羽上皇

大将自らがゴールキーパーをした。しかし持病の腰痛を克服しておらず、ほとんど座っているだけだった。

コロ助

外国人枠での参加。発明品を使いそれなりに反則的な攻撃を見せたが、ドラえもんのクオリティには勝てなかった。

ペ・ヨンジュン

外国人枠での参加。狂信的なおばちゃんファンに人気があったが、チンポが小さいため動きは良くなかった。