振り出しに戻る
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
え、せっかく書いた記事が削除されてしまった、って? …まぁ、君の気持ちは私にもわからないでもない。でも君の力作をなかったことにした、心が狭くユーモアを理解できない独裁者どもを恨むその前に、あなたにも出来ることがあるはずだ。じゃあ、これからそれを探しに行こう。
目次 |
[編集] 自分を振り返る
まずは、初心に返ってここを読み返してみよう。そしてふと思い出すことはないだろうか。真面目くさった堅苦しい日常から解き放たれて、知的にそしてバカバカしく、思う存分ユーモアの楽園に心遊ばせてみたい、と。「そうか、世界は愛とユーモアに満ちているんだ。そんな生き方もあるんだ」その胸の高鳴りこそが、長く辛い放浪の果てにこの地で市民権を獲得したキッカケではなかったか。そしてよき住人となって、この世界に貢献したい。…そんな純粋な思いを胸に宿し、あなたは幾多の試練を乗り越え、ここまでやって来たのではなかったか。
[編集] まだ振り返る
そして、ここで消されてしまった君の力作を、もう一度見てみよう。
- ただの悪口や嫌味、中傷誹謗ばかりではなかったか。
- 過去にヒットしたネタの2番煎じどころか出涸らしではなかったか。
- この世界における愛の定義を勘違いしてはいなかったか。
- そもそも消されても文句の言えないレベルではなかったか。
どうだろう?どれかに該当する心当たりはなかっただろうか。もしも「ない」と胸を張って言えるのであれば、今度はおうちの人に聞いてみよう。で、何と言われただろうか。え、「あんなヤツらに俺のハイレベルなユーモアがわかるもんか」だって?…もしかしたら、あなたの眼に映る世界は他人とは少し違っているのかも知れない。
[編集] まだまだ振り返る
でも、君はまだ納得が行かないかも知れない。
- 俺の記事より、もっと下らない記事だってあるじゃないか。
- うん、私もそう思う。しかし、それがあなたの記事を存続させる理由にはならない。
- 例えるなら…そうだ、警察の取り締まりを想像してもらいたい。運のいいヤツは、いつだって巧く立ち回るモノだ。
- そもそもアイツらは、ユーモアの何たるかがわかっていないのだ。
- …もしかしたらそうなのかも知れない。しかし「郷に入れば郷に従え」という言葉もある。
- 彼らのユーモアは低レベルかも知れないが、ただ無邪気に遊んでいるのを妨害するのは野暮ってものだ。
- それでも、どうしても納得が行かない!
- 舞台から無理やり引きずり降ろされるのと、見せ場を残しつつ颯爽と花道を去るのと。
- …そのどちらを選ぶかは、もちろん君の自由ではあるが。
[編集] しつこく振り返る
~ 振り出しに戻る について、オスカー・ワイルド
今の君が華々しく舞台へ返り咲くために必要なのは、何はともあれ一息入れることである。怒りは時として傑作を生み出すこともなくはないが、それが可能なのは一握りのバカどもだけであり、あなたの怒りは間違いなく誰かを傷つけ、そして哀しみと恨みを残して終わるだろう。喩えるならカエルは生きているからこそ美しいのであり、生命の神秘を知りたがるあまり性急に解剖してしまったら、後に残るのはがっかりするような臓物ばかりであるのと同じことである。何も生産せず、無為に過ごしているようなこの時間は一見無駄に思えて禁断症状が出てしまうかも知れないが、この膨大な無為を積み重ねて初めて、有為となるユーモアが醸成されるのである。
[編集] そして振り出しへ
かつて仏陀が一切の邪念や煩悩を捨て去って悟りを開くのに、7年の荒行を経たと言われている。7年とは言わないが、君が怒りを鎮め、自分を見つめ直すためには、じっくりと(少なくとも156×156秒以上は)時間をかけるべきである。そして、過去の過ちや無益な怒りや報復の連鎖その他もろもろの一切を乗り越え、そんな小さな自分を微笑とともに許してやれる境地に至った時こそ、生まれ変わってより洗練されたあなたのユーモアは世界から栄光と称賛をもって迎えられることだろう。[要出典]
[編集] 餞別
最後に、もしもまた君が愛とユーモアを見失いそうになった時の為に、道しるべとなるお守りをあげよう。きっと役に立つだろうから、大切にするといい。
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