授業参観

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授業参観(じゅぎょうさんかん)とは、小学校中学校高校において主に午後の授業(稀に一日中使ったりする)に子供達の親を呼び、主に教室の後ろのスペースで授業を閲覧させる行事のことである。

概要[編集]

普段ふざけている子供達に一泡ふかせてやろうと思った教師達が、子供達の親を手当たり次第に呼び出し、公開処刑を行う。他にも、親に良い印象を与えるために担任があの手この手を使い頑張る。ドキドキ☆ワクワク学校行事の一つである。

最近では土曜日をまるまる使って授業参観に当てるところが増えてきている。が、中学校や高校に進級するにつれ、それほど子供のことが気にならなくなるためか、どんどん参観に来る親が減ってきているのもまた事実である。

先生[編集]

いつもジャージで髪ぼっさぼさの先生は、ピシッとスーツできめ、髪も整っている。あと、その日だけは授業中にマグネットを異常に多用する。

生徒[編集]

生徒にも様々な生徒がいる。詳しくは後述。

いつもふざけているやんちゃ坊主[編集]

かなり大人しくなり、手も積極的に挙げる様になる。しかし、だいたいの子はみんな答えを分からない状態で挙げるので、

「ハイハイハイ!!!」「●●くん」「あ、は、はい…えっと…わ、忘れました。」

と、なってしまう(実話)。

いつも大人しい優等生[編集]

いつも通り真面目に授業を受け、しっかりと手も挙げる。保護者達から拍手が送られたり、「ファイトー!○○ちゃ~ん♥」と、余計な恥ずかしい応援される事もしばしば。

親が来ていない生徒[編集]

優等生の場合は親が来ててもいつも通りだが、やんちゃ坊主の場合はそうはいかない。

たとえば、担任がいつもよりしっかり授業をしているのをわざと

先生なんで今日はチョーク使わないんですかぁーww」

「せんせー! なんで今日スーツなんですかー!」

と、触れて欲しくない部分をチクチクつついたり、親が来ていて真面目にしている生徒にわざと話しかけ、最終的にはぐーすか寝ている生徒もいる。

授業参観がある日の一日[編集]

午前中はいつも通りに行う。給食のあたりから少しそわそわし始める。昼休みになるとそわそわがピークに達し、中には腹をいためて保健室行きになる生徒もいる。稀に、絶望のあまり自殺してしまう生徒もいる。ひどい場合は学級閉鎖になってしまうクラスもあるという。

それぞれの教科について[編集]

五教科[編集]

ほぼ全てのクラスがこの五教科である。基本的な、いつもと変わらない(内容が変わらないだけであり、先ほども供述した通り教え方などはかなり丁寧になっていたり図を多く使ったものが多かったりなどはある)授業を行う。

体育[編集]

稀に行われる。 この教科が当たったクラスでは主にやんちゃ坊主たちが歓喜の声を上げて喜ぶ。体育では普段通りでいてもあまり支障はないので、いつものようにギャーギャー五月蝿い授業になることが多い。だが、ふざけ過ぎて大目玉を食らう可能性もあるので、要注意。

音楽[編集]

これも稀に行われる。音楽は体育と違い嫌われることが多い。たとえば、親の前で一人で歌わされるなんてこともある(実話)。いつも真面目に歌っているものなら問題ないが、ふざけて歌っている子はかなりの羞恥に晒されることはまず間違いないだろう。

保健[編集]

これは小学校高学年・中学1年生のとある分野が出た場合かなりの気まずい雰囲気になるのは間違いないだろう。これ以上は…察して欲しい

学級活動・総合[編集]

だいたいこの時間が割り当てられた時は、親への感謝の作文などの作文発表に割り当てられる。

例として親への作文だとする。だいたいこのような分類がされる。

真面目に作文を読む優等生
「お母さん、いつもいつも…」と、真面目に始まり真面目に終わり、最後は大きな拍手で終わる。
お母様もさぞ大満足であろう。
ありきたりな作文の生徒
「いつもおいしい御飯をつくってくれてありがとう」
「いつも僕の部屋を掃除してくれてありがとう」
などのありきたりな文章で、まさに手抜きですという作文。普通の拍手で終わる。だが親は満足だろう。
いつも通りの勇者
※注意:これは危険なので真似しないように! 経験者からのお願いだ!
「お母さん、お父さんと喧嘩しないでください。お父さん、怒る時に叩かないでください。あと、二人で夜中に喧嘩するのは止めてください。寝れません。弟にばれてなくても、私にはバレバレです。」
「お母さん、濃い化粧授業参観にくるのはやめてください。いつもみんなに言われて嫌です」
と、大胆カミングアウトの文から始まり、最後の方にオマケのように「でも感謝してます、ありがとう」ともう手遅れな文章を書き、そしてそれをガチで参観で読むやつである(まさに俺)。もちろん、作文を渡される親の顔は引きつり、拍手もどこかぎこちないものが多い(あたりまえである)。
そいつの未来はお分かりだろうが、帰った後に壮絶な叱るどころではない、それはもう地獄が待っている。
書いてない
「忘れました^q^」
この一言で全てが終わる。代わりに家では…
親が来ていない
「親が来ていません」
この一言でどうしてか教室の空気は一瞬固まる。なぜか申し訳ない気分にさせられるのである。理由を聞いてはならない。
親がいない
「そもそも親がいません。」
子供は正直だ。素直に白状してしまう。この場合も絶対に、絶対に詮索してはならない。生徒と結託して執拗な詮索を行いエクストリーム・いじめを主催するDQN教師も稀に…いや、結構な割合でいたりする。
もしかしたらその一言で空気どころか地球一個つぶしかねないのである。

道徳[編集]

前記学級活動・総合と同程度の頻度で行われる。

いつも適当に道徳を済ませている教師でも、やたら張り切って授業を行う。彼らは相当な準備時間を道徳に費やしているので、もしやんちゃ坊主が授業妨害でもしようものなら粛清されましたの上、最重要問題児としてマークされること請け合いだ。また、若くてやる気のある暑苦しい教師の場合、問いかけにだれも反応してくれなかっただけで突然泣き出したりブチ切れたりすることもある。

当たったらかなり大変な教科である。

まとめ[編集]

結論から言うと、授業参観で被害に遭う子供教師、親は数え切れないほどいる。が、それと引き換えにまた利益になるところもあるのでどちらも引けない状況下に置かれている。 さらに授業参観の後によくある懇談会というのが大きな存在感を親と教師の中にもたらしているので、消したくても消せない状態なのである。 これからの子供達の活動に期待したい。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「授業参観」の項目を執筆しています。