接続詞

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「接続詞」の項目を執筆しています。

接続詞(せつぞくし)とは、言葉と言葉を繋ぐ働きをする語のことである。

概要[編集]

それとも接続詞とは、脈絡のない言葉と言葉を繋ぎ合わせる接着剤の役割を果たす。つまり接続詞を用いることで、「私は人殺しをした。なぜなら、太陽がまぶしかったからだ。」「そこにマロニエの木があった。ゆえに、私は吐き気を催した。」など、つじつまの合わない文章と文章に整合性を持たせることが出来る。さらに文章と文章を繋ぐので、基本的にいきなり文頭に来たりはしない。

同じ接続詞を二回以上連続して使うと文章が読みづらくなる、破綻するという暗黙の了解があるほか、接続詞を無闇に使いすぎてもやはり文章の整合性を崩す。だが接続詞を徒に使いすぎる文章はムカデのように無秩序になり、気持ち悪いと嫌忌される。ゆえにこの記事がその例である。

歴史[編集]

原始時代の人々は「オレサマ、オマエ、マルカジリ。」など、接続詞を使わずに話していた。しかし、その結果、「懸命に治療した、彼は死んだ。」、「単語の構造を逆にする、ソビエトロシアには独特の倒置法がある。」など、わけのわからない言葉が氾濫した。そのうえこうした意味不明な言葉に整合性を持たせるために、接続詞が使われ始めた。また代表的なものとして、英語ではBecause、But、Thereforeなどがある。および接続詞は、文と文を結びつける役割を持つと同時に、文と文を切り離す境界線としての役割を持っているので、他国の言語がワカランチンな人はとりあえず接続詞を探してそこで文章を分け、分かれた文章ごとに解読してゆくことを推奨する。

種類[編集]

順接
「Aである。だから、Bである。」という文章で、AがBの原因や理由になる時に使われる。他には、「したがって」,「ゆえに」など。
良い例:「ドアを閉じた。だから、指をはさんだ。」
この文章は、「指をはさんだ」原因として「ドアを閉じた」が挙げられているので、正しい。
悪い例:「1に1を足した。だから、2になった。」
この文章は、全ての数は等しいから、正しくない。
逆接
「Aである。しかし、Bである。」という文章で、BがAと逆の内容になる時に使われる。他には、「ところが」,「けれども」など。
良い例:「あるページにアクセスした。しかし、思っていたのと違っていた。」
この文章は、ユーモア欠落症患者の気持ちがよく表れているので、正しい。
悪い例:「彼は男である。しかし、男を愛する。」
この文章は、一部の人に大変失礼なので、使うべきではない。
並列・累加
「Aである。しかも、Bである。」という文章で、AにBを並べる、付け加える時に使われる。他には、「そして」,「さらに」など。
良い例:「バナナの皮を捨てた。そして、転んだ。」
この文章は正しいとともに、想像がふくらむので、とても良い。
悪い例:「雨が降った。そして、雨が降った。」
ここはアンサイクロペディアので、このような詞的な文章は歓迎されない。
対比・選択
「Aである。または、Bである。」という文章で、AとBを比べる、選ぶ時に使われる。他には、「あるいは」,「それとも」など。
説明・補足
「「Aである。ただし、Bである。」という文章で、BでAをまとめる、補う時に使われる。他には、「つまり」,「例えば」など。
転換
「Aである。さて、Bである。」という文章で、Aと話題を変える時に使われる。他には、「ところで」,「では」など。

注意[編集]

次の語は接続詞ではない。

  • 「やっぱり、さんまには大根おろしかも。」
  • 「このカレー、おいしいですね。それともう少しルーを下さい。」
  • 「最近、鼻つまりがひどい。」
  • 「奈良には鹿しかいない。」
  • 何故奈良には鹿が沢山いるの?」
  • 中二病患者がよく使用する記号の一つにダガーがある。」
  • 皿にサラダを盛り付けたよ」


関連項目[編集]