推理漫画

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「驚異の推理を展開します」
推理漫画 について、榊森羅

推理漫画(すいりまんが)とは、少なくとも推理ドラマよりは役に立ちうる漫画と推理される。

概要[編集]

すなわち、読者に推理という行為を求める漫画を指して推理漫画という。この場合における推理とは必ずしも殺人事件でなくてもよいはずだが、自称ミステリー通は殺人シーンを何よりも好む鬼人なので、殺人が全く出てこない漫画はどんなに謎があったとしても、この推理漫画の枠に加えてはならないと決めつけてくる。この枠にこだわるのは本来あまり気の進むことではないが、従わないとミステリー通に何をされるか分かったものではないので、やむを得ず従うことにする。

主要作品[編集]

一応、この3作品が推理漫画御三家とされている。

名探偵コナン
薬で小さくなった主人公がシャーロック・ホームズ作者名を名乗り、ベイカ街に住むという設定。英語版ホームズ[1]のページで後継者扱いされる程世界的に受ける。これを基に、「推理漫画界における名探偵コナンの地位は、推理小説におけるシャーロック・ホームズに相当する」というのはおそらく事実だろうが、それを公言したらまず大爆笑されるのはいうまでもない。
金田一少年の事件簿
推理漫画の道を開いたジョン・ディクスン・カー的存在。しかし、作者が奇想に溺れるあまり幸福な科学に奔って活字本からの二次創作に走った結果、自称ミステリー通から推理漫画など推理小説の下位互換という理解を受けることになった。
Q.E.D. 証明終了
自称・ミステリー通曰く、「唯一大人の鑑賞に足りる素晴らしい推理漫画」。だから、ここで少しぐらい変なことがあったとしても「QED終了」とはならない。詳しくは該当ページへ。

小説との違い[編集]

一般に、推理漫画は推理小説の下位分野とされている。例え日本の推理小説が外国のミステリー界において箸にも棒にもかからない無名状態にあり、日本の推理漫画が外国に類例を持たない世界最高のオリジナル分野だったとしても、推理小説の方を優位とするのがミステリーに長じた大人読者の態度とされている。つまり、推理小説の読者は日本文化をより優位にするための戦略を持たない活字中毒者と推理される。

推理小説の読者は、推理小説の文法をもって、推理漫画を読み解き、100倍以上厳格に粗探しをして、「だから、推理漫画は駄目なんだ」と駄目出しする。このような批判を堂々と行えるということはつまり、そのミステリー通は漫画と小説の文法が全く別物であることをまるで理解できていないと推理される。もちろん、小説と漫画で求められる形式は別のものだ。

多くの推理漫画においては、主人公役となる探偵が高校2年生という設定になっている。警官など多様な人物設定を持つ推理小説愛好家はこれを捉えて「見ろよ、あいつらは永遠の高二病患者だな」と糾弾し、年をそれなりに取る警官たちこそ真の警官と説き伏せる。つまり、つまり、彼らはサザエさん時空という長寿漫画に必須の延命概念を知らない文学音痴と推理することができよう。

ドラマとの違い[編集]

毎日推理ドラマをみる主婦層からは、「推理漫画なんか読んでも想像力が発達することなんかない」という批判が取り上げられる。それではと推理ドラマファンを観察してみると、ドラマ派の9割はテレビ、ビデオを停めて、どう事件が解決するのかを自力で推理しようとしないことが分かる。一方推理漫画においては、解決編に入るまでに多くの読者が今度こそ犯人を自力で当ててやろうと努力を凝らしていると考えられる。と反論すると、ドラマ派は要出典と糾弾してくるが、ドラマと漫画のどちらがそうした自力推理に適しているかといえば、推理漫画の方に軍配が上がることだろう。

ドラマ派はまた、「推理漫画ばかりみてると、ありもしない万能感に囚われてしまう」との懸念も口にする。だが、自力で推理をしていれば、作中で万能の独裁者として事件を解決する名探偵の推理に自分が到底辿りつけないということに気付かされることだろう。そうした電波的万能感に浸るためにはむしろ、ドラマ展開を何も予想せずに観て一人で刑事の推理に耽溺する方がよいと推理される。

推理漫画固有のトリック[編集]

推理漫画では、漫画の表現形式やキャラクターの強さを活かした固有のトリック描写があり、活字本からの独自性を誇示している。

誤解釈の計
決定的ヒントとなるコマを描いておき、登場人物たちに間違った解釈を述べさせる計略。登場人物間のキャラクター性の強い会話が、小説以上に正しい解釈の邪魔をしてくれる。直接絵にしているだけに、「トリックは目立っていなければならない」という原則にも反しない。
利き手の計
右利き、左利きをほのめかす計。文章で明示することなく行うことが可能である。ドラマでは目立たせられない漫画ならではのヒント。これが解決の決め手となった場合、推理難度は跳ね上がる。
豪勢の計
実際にやったらそれほど華やかな絵にはならないだろうトリックを、豪華にみせかけて描写する。絵の絢爛豪華さには、どんな活字も実写も敵うまい。
ギャグの計
爆笑ギャグの中に事件の決め手を盛り込む手法である。読者は「どうせギャグだろ」と思いこみ、その要素を手掛かりとして真面目に推理しようとしない。小説で同じことをすると、読者に高い確率でギャグでないことを見抜かれる。

推理・何故高校2年生に探偵が集中するのか[編集]

推理漫画の特徴としては、ヒットした大半の作品(御三家は全て)で高校2年生が主役となる探偵役を務めているという事実を挙げることができる。これは最大のヒットとなった名探偵コナンでも、基本設定が「小さくなった高校2年生」という点で同じだ。これは一体どういうことなのだろう。

この時よく提起されるのは、高校2年生は中学2年生よりも成熟していて何かと大人視点に立ちたがる高二病理論である。確かに、まだまだ思春期のまっただ中にいる中学2年生がやたら大人めいた推理を行えば、貫録不足の中二病患者認定されることだろう。

しかし、この説では高校2年生よりも成熟していて、より外界に進出しやすいはずの大学2年生の方がずっと適任なのでは?という疑問に答えることができない。大学2年生なら、ゼミでもアルバイトでも講義でもより広範な事件に遭遇できるはずなのだが…。この問題に対する適切な回答としては、「大学2年生だと、ヒロインが探偵と恋愛して妊娠してしまい、あっさり終了となりやすいから」という推理がとりあえずの仮説として成り立ちうるだろうか?

何はともあれ、高校2年生に探偵役が集中するという事実には、ドラマや小説との差異が現れている。

推理・何故女子高生探偵には人気が集まらないのか[編集]

推理漫画に特筆すべきこととしてもう1つ、「どうして女子の探偵はめったにお目見えしないのか?」という疑問がある。ちなみに、推理小説・ドラマ界で推理する女子は当然の存在である。ところが推理漫画界においては、2000年代あれだけ漫画界に女子化の波が押し寄せたにも関わらず、推理能力を持つ女の探偵はまるで登場してこない。あったとしても、まず打ち切りとなる。

現実社会が男独占の社会に対して、漫画界は女子化を進行させてきた。男の世界のはずの戦闘ファンタジー漫画や鉄道、異世界ものはその典型で、戦闘の女子化は止まるところを知らない。だが、推理漫画界はいまだに「男が話の基軸となる推理をして、女が日常管理や凶悪犯との格闘といった雑用をする」という20世紀的な世界観が、紅一点の女探偵が男口調という某作品を筆頭に、いまだ様式化されている。

これは一体どういうことなのだろうか?とどのつまり、漫画の女子化を進めてきた人間が、実のところ女子高生探偵といった論理的存在を最も嫌っていることを示唆しているのだろう。推理という叡智の部分まで女子に権限を渡すのは、彼らにとって推理事件の沽券に係わる禁則事項なのだ。その辺りは、漫画界の女子を縛るこの束縛をみれば理解できるだろう。

「以上、証明完了です」
推理漫画 について、燈馬想

関連項目[編集]


ドーピングコンソメ.jpg フゥ~この「推理漫画」わぁ~、我が帝国に関する記事だぁ~。おまえ達にこの記事をより愉快に出来るかな。加筆しろーいいから加筆しろー!俺の料理は至高にして究極だー! (Portal:スタブ)