文化相対主義

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文化相対主義者(ぶんかそうたいしゅぎ cultural relativism)とは、相対主義から派生した世界規模の新興宗教。自分の正直な感想やストレートな意見は全て深層心理に眠る偏向や差別的感情から生み出された主観であると自身をマインドコントロールし、逆に他者の行動は全て無批判に受け入れるべきと信じ込む事を主な教義(ドグマ)とする。

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教義[編集]

言霊信仰[編集]

人の紡ぐ言葉に霊的な力が存在すると考えるなど、一種の言霊信仰としての側面を持っている事が知られている。様々な単語の中でも特に「文化」「客観性」「差別」「偏見」の四語を畏怖しているとされ、信徒はそれらの言葉を聞くと恐れ慄く余り鯉幟を取ろうとマンションの9階から全力でダイブしたり、大麻の実態を知らしめようとしたりとピースなバイブスでハッピーな事になるのでお察しください

望まれる信徒像[編集]

また信徒は現世での他者からの危害は全て文化的な差異が齎す止むを得ない結果であり、他者の危害もそれを受け止める包容力を神から試されていると考えている。よって基本的に非暴力服従主義がモットーであり、仮に自分の妻が目の前でレイプされても相手の外国人が「これが俺の(国の)文化だ」と言えばにこやかな笑みと共に粗茶を差し出す仕来りになっている。

その際、金を要求された場合も、一度は断るかもしれないが「それは俺への不当な差別だ、偏見だ」と言われれば全財産の入った貯金通帳を差し出しださねばならない。更に「今日からこの家は俺の家な。嫁も貰っとくから出てけよ。あ、生活費だけは毎月入れろよ」と暴虐の限りを尽くされても従わねば信仰を失う。何故なら自分が苦しむのは嫌だという理由で反抗するのは主観的な行為であり、文化相対主義者として何よりも恥ずべき行為だからである。よって言いつけを守って男を養うのが信徒のあるべき姿であり、無論男が妻を孕ませた場合には新居を購入する事も忘れてはならない。全ては文化的偏見や差別的主観を無くす為なのだから。

要するに玉無しである。

死にたい人にお薦めの文化相対主義[編集]

  • 軍人上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じような体格の20人に襲われたが、文化なので許した
  • ユースから徒歩1分の路上で白人が頭から血を流して倒れていたが、襲われたと判断するのは偏見なので放置
  • 足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると死体が転がっていたが、驚くのは主観なので無言
  • 車で旅行者に突っ込んで倒れた、というか轢いた後から荷物とかを強奪するというのが酷いと思うのは主観
  • 宿が強盗に襲撃され、女も「男も」全員レイプされたが、その性別で分ける文化に囚われない包容力に感動する
  • タクシーからショッピングセンターまでの10mの間に強盗に襲われた事を「違う国だから」で済ます
  • 女性の1/3がレイプ経験者。しかも処女交配がHIVを治すという都市伝説から「赤子ほど危ない」というのは悪質なデマゴーグ
  • 「そんな危険なわけがない」といって出て行った旅行者が5分後血まみれで戻ってきたのは客観性のない証拠
  • 「何も持たなければ襲われるわけがない」という判断は白人特有の偏見の産物です。直ちに捨てましょう。
  • 中心駅から半径200mは強盗にあう確率が150%。一度襲われて文化相対主義者に襲われる確率が50%の意味
  • ヨハネスブルグにおける殺人事件による死亡者は1日平均120人、うち約20人が文化相対主義者。

歴史[編集]

人類の歴史はまさしく文化相対主義者との戦いの歴史であった。

  • 紀元前3000年 インド・ヨーロッパ語族、相対主義者撲滅の為に西進する。
  • 紀元前2000年 文化相対主義が原因でバビロン捕囚が起きる。
  • 紀元前1000年 ソクラテス、文化相対主義の更なる跋扈を予言して自害する。
  • 西暦元年    イエス・キリスト、死闘の末にエルサレムへ文化相対主義を封印する。
  • 西暦286年   ローマ帝国、文化相対主義の復活により東西へ分裂。欧州に暗黒時代が訪れる。
  • 西暦1095年   文化相対主義の暗黒力(フォース)を巡って十字軍戦争が起きる。
  • 西暦1218年   モンゴル帝国、欧州遠征で文化相対主義に感染。帝国崩壊の遠因となる。
  • 西暦1300年   文化相対主義の呪縛からの解放を求めてイタリア・ルネサンスが起きる。
  • 西暦1400年   文化相対主義の生き残りが大航海時代を通じて世界へと拡散する。
  • 西暦1517年   眠っていた文化相対主義が欧州で復活。宗教改革として表面化する。
  • 西暦1800年   文化相対主義に対抗すべく、列強国で帝国主義とナショナリズムが勃興する。
  • 西暦1914年   世界に拡散した文化相対主義が一斉蜂起。一度目の世界大戦の引き金となる。
  • 西暦1939年   滅ぼしつくした筈の文化相対主義は生きていた。二度目の世界大戦勃発。
  • 西暦1946年   文化相対主義の闇は世界を二つに隔ててしまう。俗に言う冷戦の始まり。
  • 西暦1991年   火星から文化相対主義者の母船が襲来。マルタ島で東西会談が開かれる。
  • 西暦1992年   東西和解により冷戦終結。同年、地球連邦政府が設立される。
  • 西暦1997年   第一次地球圏戦争が地球側の勝利にて終結する。火星条約締結。
  • 西暦2008年   冥王星軌道上で文化相対主義者と思われる物体が目撃される。

関連記事[編集]

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