新御徒町駅

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新御徒町駅(しんおかちまちえき)とは、御徒町駅の代用品として即興に作られた駅の名称であり、押し寄せるアキバ系オタクの侵入による御徒町駅周辺の人的被害を最小限に食い止めるために作られた駅型の最終兵器である。

上野御徒町と新御徒町[編集]

東京都営地下鉄大江戸線が開通したのは2000年12月のことであるが、この時都営地下鉄が予想もしなかったことが起きた。「上野御徒町駅」と「新御徒町駅」という同じような名前の駅が開業して、地下鉄珍しさにやってきた客を大いにまごつかせ、混乱させ、怒らせ、挙句の果てには泣き叫ぶ乗客が両駅に満ち溢れ、てんやわんやの大騒動になったのである。駅乗務員らは乗客に両駅の違いを懸命に説明すること追われたが、駅長ら上層部はこの光景をほくそ笑みながら眺めていたのである。「実験は成功した」。すなわち上野御徒町と新御徒町は言うなれば、オリジナルとコピー、海平と波平みたいなものであり、そうそう易々と区別がついては、都営地下鉄としては、困るのである。徹底的に似たこの両駅にどのような謎が隠されているというのか。東京メトロ日比谷線仲御徒町駅JR御徒町駅の立場にも注目したい。

御徒町を守る人柱として[編集]

1990年代に膨張し変貌した「趣都」秋葉原。そこへ来る途方もない量のオタクさんたち。彼らは有害とは言えないまでも、無害であるとはとてもいえぬ存在であり、その流出にどの近隣地域も応対に苦慮していた。オタクに登録制を、オタクに許可制を、あるいはオタクに即時退去を、という声が聞こえる中で、一番の強硬派は台東区御徒町上野・鶯谷の住人であった。彼らはあらゆる手段を講じてオタクを封印しようとしていたが、功を奏さず打開策は見出せなかった。そんな中、オタクを封じ込めるのではなく、横流しにするのはどうかという案が出された。すなわち彼らに筋道をつけて流せば十分なガス抜きになり、アキバ系オタクの膨張主義を無にすることができると考えたのである。しかしそうはいっても、誰がネコ(オタク)に鈴をつけるのか、ということでまた話は暗礁に乗り上げた。どこの自治体も尻込みし、激論が飛び交う中、「元浅草」の佐竹町商店街とおかず横丁の関係者がオタクをひきつける人柱になることに名乗りを上げたのである。この犠牲的精神にその場に居合わせた誰もが涙したという。最終的に大江戸線の駅はわざと誤解を生むように、当初の「元浅草」から「新御徒町」へと名前が変更されることになったのである。

オタクの封印列車[編集]

そして2005年、つくばエクスプレスの開通とともにやはりのこのことオタクたちが、この駅に出没したのである。つくばエクスプレスはオタクが外部に漏れないよう、アキバからつくばに護送する封印列車であるが、それでもハッキングなどお得意のオタクたちである。何をしでかすか知れたものではない。この新御徒町駅は超近代的な完全防備の駅となっている。御徒町・上野・鶯谷その他もろもろの地域をオタクの侵入から守るために、最新鋭のセキュリティ・システムが完備していることはもちろん、駅構内には、悪臭をかぎつけるオタク探知機があり、嗅覚の鋭いドーベルマンが放たれている。関係者以外立ち入り区域では、レーザー光線が容赦なく浴びせかけられ、圧搾機で押しつぶされる。また防備にも手作りの味わいを残すように鳴子や釣り天井、とりもち、まきびしにネズミ返しが備わっている。これらはこの駅周辺のガンコな下町の職人の技によるものであり、とりわけ下町職人による美少女フィギュアやコスプレ用品は、素人目にはとてもニセモノとは思えない。さすが職人気質である。ニセモノにうるさいオタクたちをこれらの罠でおびき寄せて捕獲することができる。最後に新御徒町駅ほどちかくにある痔でおなじみのヒサヤ大黒堂の手の者による激痛の走る座薬攻撃もオタクたちを苦しめるだろう。そしてオタクたちがつくばエクスプレスから集団逃走する、あるいはこの駅を破壊しようものなら、駅自体が完全密封されて、半径3キロを巻き込む自動爆破装置が作動することになっている。

戦いはまだ終っていない。未だ「上野御徒町」と「新御徒町」の区別がつきにくさが改善されていないことが、戦いが終っていない証拠である。

新御徒町駅がこの世から消滅する時、それはオタクさんたちがこの世から消滅する時かもしれない。

関連項目[編集]