日本航空123便墜落事故

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日本航空123便墜落事故(にほんこうくう-びんついらくじこ)とは、グリコ・森永事件の終結宣言が出され、「さあ明日の一面でこれを取り上げるぞ」ととある新聞記者が息巻いていいれば「戦争から40年の特集記事を書くぞ」と息巻く記者もいた盆の真っただ中、1985年8月12日に発生した飛行機墜落事故である。と同時に、未来のネット民に多大なネタを提供した事故である。

524人中520人が犠牲となった。1966年に日本で起きた5つの飛行機事故の死者が300人少ししかいないことからも規模の大きさはわかるだろう。もっとわかりやすい例は、アンサイクロペディア活動中の利用者一覧でも300人と少ししかいない(2014.9現在)ため、アンサイクロペディアの有力活動中の全員が死んでもまだ足りないという計算になる。なお、この人数は世界の単独航空機事故としては今もなお最多の犠牲者である。

概要[編集]

周辺の地図。赤印が墜落した御巣鷹山。水色の丸が落ちたと誤報された御座(おぐら)山。右下が埼玉、右が群馬、左が長野

キツネ目のおじさん毒入り危険事件の終結宣言を出した1985年の8月12日、定刻の午後6時より12分遅れで羽田を飛び立った日本航空123便は伊丹(大阪)空港へ向けて飛行していた。順調に飛行していたが、24分、相模湾上空で突如垂直尾翼が吹っ飛んだ。これによって油圧を制御できなくなり、操縦桿を動かしても働かないなど、空飛ぶ塊と化す。

その後、何とか機体が羽田の方に向いたと思ったら雲の影響で水色の着物を着た変態の故郷上空でぐるりと円を描き、山岳地帯へと機体が向く。その後、横田基地から着陸の準備ができているということが123便に知らされていたが、それを拒んだのが123便からの最後の言葉だった。

奇しくも伊丹到着時刻と同じ18時56分30秒(ボイスレコーダーの録音終了は18時56分28秒)、群馬県の山中上野村御巣鷹の尾根に墜落した。この事故で上を向いて歩こう暗黒球団社長も命を落とした。この死に奮起した暗黒猛虎は初の日本一を達成した。

報道[編集]

時事通信が第一報を発信。19時30分までのニュースでNHKがテレビでは第一報も、「今年は戦争から40年だしどーせ死んでも2桁だろ」ということで戦争特番を開始するも直後に臨時ニュースに切り替える。ちなみに臨時ニュースを担当したアナウンサーはあの木村太郎である。その後はさすがのNHKらしく深夜放送を行った。

日本テレビはザ・トップテンの開始直後に臨時ニュースを入れ、以降番組途中に途切れ途切れ入れていく。こんな時になに歌っているんだといいたいが、現在の仕組みとは違うから仕方ないところである。以降深夜から翌朝まで臨時ニュース。担当は、「あ、さて」でおなじみの小林完吾アナウンサー。

テレビ朝日も第一報を2分間の臨時ニュースで伝えた。この3局の当時の動画はYouTubeやニコニコ動画で確認できる。

フジテレビも同様にした。翌13日には最小限のカメラ機材で生存者4人が助け出される瞬間を映し出す。それから約30年、どうしてこうなった

TBSは関口宏水戸黄門を潰すわけにいかなかったのでそのまま流し、20:54からの「JNNフラッシュニュース」を30分拡大し、最新情報を伝えた後、21:32から「月曜ロードショー・東京裁判・後編」をテロップまみれになりながらも最後まで放送し、翌13日未明の「JNNニュースデスク」から臨時体制に入った。担当は、「JNNニュースコープ」の田畑光永キャスター。

新聞業界もいろいろと報道が分かれ、朝日新聞は「524人乗りジャンボ墜落 絶望か」などと見だしを打った。夜遅くということもあり墜落現場はわかっておらず、長野県御座山南相木村、同村のぶどう峠などなど様々な憶測が出された。夜明けまでは長野に落ちたとばかり見られていたが、夜が明け群馬側だと判明。やはり群馬は呪いの地である

墜落地周辺[編集]

墜落した上野村は、長野、埼玉県と県境を接している。何もない村である。また、現場は地元住民も日本のチベットというほど山々が入り組んでいる。赤字83線と呼ばれるほど人がいないところにもどこまでも鉄道を建設したあの国鉄でさえ路線を作らなかったほどである。国道だけが要で、墜落地点は国道から離れていた。なおその国道は21世紀に信号機が建設され、上野村初の信号機となった。良くも悪くもこの事故の墜落地として有名になったのは事実である。

周辺自治体においても、上記画像でもわかるように、山間を縫うように住宅等が建築された。それは、周辺のほとんどが「」であることからもわかるであろう。長野県南相木村は85年当時1500人程度しかおらず、2014年8月にはとうとう1000人台となっている。北相木村に至っては当時から1200人ジャスト、2014年8月現在にはとうとう800人台になってしまった。川上村は当時4700人、現在は4400人となっている。この村の役場は、日本全国の役場で最も高いところにある。当時、川上村で農家を営んでいた人が「飛行機がフラフラとしながら群馬側に消えて行った。その後光が見えた」と言ったのにも関わらず、警察は執拗に長野側を捜索していたことが陰謀論者が騒ぐ原因ともなっている。埼玉県の大滝村に関しては2000m級の山々が連なっており、あの荒川の水源で、村域97%が森林というような場所に落ちたらもう仕方ないわけである。

いろいろな主張[編集]

この事故の真相にはいろいろな主張があり、もはや坂本龍馬暗殺事件の真犯人に次ぐといっていいほどの主張がある。

陰謀論[編集]

日本航空123便ミサイル撃墜事件(にほんこうくう-げきついじけん)とは、自衛隊が日本航空123便にミサイルを放ったことによることで飛行機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落した事件以下略」という主張。論者曰く、「その証拠に垂直尾翼は翌日に見つかってるじゃないか!なぜ自衛隊が見つけたんだ!それに現場には放射能がばら撒かれていたらしいじゃないか!さらに米軍が救助しようとしたのを日本側が止めたらしいじゃないか!」とのこと。救助に向かおうとした米軍を射殺したり、墜落直後まだ生存していた人を射殺したり、誘拐したという説もある(しかしそれならばなぜ4人だけ射殺・誘拐しなかったのかという反論もある)。当時の首相が群馬出身の中曽根康弘だったこともあり、中曽根が命令したなどという主張もあり、強引に次ぐ強引に1ヵ月後に起きたプラザ合意に絡める主張もあり、陰謀論に関する本も出版されている。最早本屋が売れずに困るだけである。

テロ説[編集]

飛行機に搭載されていたブラックボックスの録音の最初に「・・・が・・・(トイレと思われる)に行かれたいと言われていますが」といった直後に爆発音がしたためである。それによって爆発等が起きたと考えているらしいが、むしろ逆にその時トイレに入っていた人が驚いてトイレの中で死んでないか気になるわけである。

なお、キツネ目の男は終結を宣言したこともあるが、以降全く存在を確認できず、今もなお未解決事件となっているため、この事故で死に、テロを仕掛けたのはキツネ目の男ではないかと強引に主張する者もいる。なお、この事故ではキツネ目の男による被害終結を先代社長の墓に告げようとしたハウス食品の社長が亡くなっている。

修理不足説[編集]

2014年現在最有力の説で、今後も変わらないであろう説である。

この事故で墜落した機体は、1978年にしりもち事故を起こしており、ボーイング社に修理を依頼したが、ソファに座ってポテチ片手に適当に修理したせいで修理後からトイレのドアが開かない()など歪が目立つようになり、限界を迎えて与圧に耐えられず・・・というもの。

事故調査の最終報告書ではこの説が採用されており、現状では唯一公文書に掲載されている・・・つまり公式見解になっている説。

いやいや、だから外部から衝撃(ryなどと上にループしていくわけである。

海山論争[編集]

123便は、副機長の機長昇格訓練が行われており、通常の副機長の任務を機長が、機長の任務を副機長が行っていた。機長席は左、副機長席は右にあり、垂直尾翼が吹っ飛んだ時に機長は、多摩、秩父、そして御巣鷹方面へ向かい、自らが座る右側に操作するように命ずる(この時はわずかに操作が効いていた)。この判断に対し、「海側(左)に行っていれば海水不時着ができた!そうすれば皆が無事だった!」「いやいや、機長は山に不時着するつもりだったし着水できても無事とは限らない!」「いやいやいや、自衛隊にミサイルで打たれたのだからどっちに行っても無駄だったよ」「いやいやいやいや、これはテロだから不時着しそうになってもハイジャックされてたでしょ」という論争になっている。

被害状況云々はさておいて、開けた海に行っていたら陰謀論は無かったと思われにけり

ネタ[編集]

この事故は、機長の発言が未来の出来損ないバカらに多大なネタを残した。

「これはダメかもわからんね」「はいじゃないが」「どーんといこうや」である。はいじゃないが以外の2つは墜落15分前以降に発言されているなど、薄々ダメかもしれないと感じ取っていたものとみられる。

「これはダメかもわからんね」は特に有名で、1982年の日本航空350便墜落事故の「機長!やめてください!」と並ぶほどである。

結論[編集]

東京大阪間ぐらい新幹線を使え。

関連項目[編集]

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