日産・シーマ

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「シーマ!シーマ!シーマ!シーマ!シーマ!シーマ!かっとばせ!シーマ!」
日産・シーマ について、広島ファン
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日産・シーマ(にっさん・しーま)とは、日産自動車が製造している高級な車であり殺人兵器である。

代表的なDQN御用達車種のひとつ。お金持ちが乗るはずの車だが、中古でDQNが乗っていることもある。また、893も乗っていることが結構多いので注意すべし。

初代 FPY31型(1988年 - 1991年)[編集]

バブル景気で日本人が調子乗ってた1988年(昭和63年)にデビュー。初めの1年間だけで36,400台売れた。小公子グロリアから分裂した車で、この時は「セドリックシーマ」・「グロリアシーマ」と名乗っていた。実際それでエンブレムも作っているのだからなんか泣けてくる。

デザインのモチーフは大仏らしいが、まったく意味不明である。って言うかどう見てもモチーフがジャガーである。これ以降、日産はセド☆グロやローレルにも、ジャガーのデザインを積極的にパクっていくことになる。

あと、X60型マークII(ハードトップ)を丸っこくしただけのような気もするが、多分気のせいである。

加速がヤバイ。加速のたびにリアが沈む。その加速の半端なさは、GT-Rなんて目じゃない。ジェット戦闘機並みかそれ以上といわれており、その加速による強力なGで事故を起こすのは日常茶万事、酷い時は死に至る者も多数いた。その加速する姿に萌えた中高年から絶大な人気を得たものの、強烈すぎる加速時のGにより命を落とす中高年が後を絶たず、社会問題化した。この現象は「シーマ現象」と呼ばれることとなった。

この事態を重く見たトヨタは、セルシオ(1989年)とマジェスタ(1991年)を最前線へ送り込み、シーマ討伐に乗り出すことになった。

金持ちが手放した中古車がDQNの手に堕ち、VIPカーに改造されて痛ましい姿になっているのをよく見かける。対抗車種のセルシオとマジェスタも同様の末路を辿っている。これもサイヤ人のさだめか・・・。

2代目 FY32型(1991年 - 1996年)[編集]

ここから名前がただの「シーマ」になる。

大して初代とジャガーっぽい見かけは変わらないように見えるが、実はだいぶ変わっている。ほら。ボディサイドにがあるじゃないか。 フロントが小公子グロリアのブロアムVIPに見えるのは気のせいです。まぁ、どれもジャガーのパクリだから似るのは同然である。

バブル崩壊で客が金欠になったり、おっさん臭くなって若者離れが進んだりして、初代よりは売れなかった分、死者は減少した。でも、それは大日本帝国でのお話で、実は売れなすぎて偉い人が「バカヤロ~デッドストックじゃねえかゴルァ!」とぶちギレしたことから、ビビった営業マンによってジャッキー・チェンの国サガットの国マーライオンの国へと島流しされちゃった。

3代目 FY33型(1996年 - 2001年)[編集]

塗装ミスをして厳しい指導を受ける熟練塗装工。このような厳格な職場でシーマは造られている。

お上品なジャガーから、お下品なベンツにデザインをシフトチェンジ。後ろから見るとブルーバードと区別が付かない感じである。エンブレムとテールライトを替えてインフィニティ・Q(2代目)として海外に売り捌こうとしたりと、先代よりもさらに迷走していった。

「グランドツーリング」はスポーツグレードで、清純な女の子並みに白が似合うとされている。

ちなみにパトカー仕様には特別にチューンされて500馬力以上のパワーを発揮するエンジンが搭載された。しかし加速は初代のものにははるかに及ばなかった。

この代から、しましまに塗装された「しましまシーマ」なる特別仕様車が10台限定で発売されるようになった。

塗装を手掛けるのは、ドMの熟練塗装工。

「貴様、この赤いラインが一ミリ広いではないか!」

「申し訳ありませんご主人さま、どうかこのわたくしめにお仕置きをしてください・・・アッー!」

4代目 F50型(2001年 - 2010年)[編集]

先代からのベンツ臭がさらに増した。でも、見た目(特に後ろ)はブルーバード☆シルフィと区別が付かない感じである。

ヘッドライトが特徴的。そのヘッドライトが発する光は半径一キロのものすべてを焼き尽くす。

フラッグシップの大統領といろんな部分が共通。正直ほとんど兄弟車。つまり出世した。やったね!こいつもエンブレムを付け替えてインフィニティ・Q(3代目)として海外に売っていた。

この車を開発する際の大きなテーマは、「もうこの車で人を殺したりはしない」だった。そのため自動的にハンドルを切る機能が搭載。2007年には、これ以上死者を出さないように、ターボモデルが廃止された。

しかし、何よりもヘッドライトの機能が強すぎるのを「カイゼン」しなければならないという事実に日産の技術者は気づいていなかった。

2008年にマイナーチェンジ。テールライトをフーガ(セド☆グロの生まれ変わり)からパクったりして、色々頑張ってみたものの、売り上げは爆死。年間294台(2009年)しか売れんかったらしい。

あとから登場したフーガは、シーマ(特に後期型)とほとんど同じデザインのくせに安かったので、シーマの客を食っちゃったらしい。と言うか日産的にはフーガをメインに売り出したいのが見え見えであった。

不要の長物として、2010年にプレジデント共々生産が打ち切られた。これによって日本国内での日産の8気筒エンジン搭載車種が消滅。以後、フーガが日産で一番高い車になった。

5代目 HGY51型(2012年 - )[編集]

この世に二度と降臨することはないと思われたシーマだったが、日本がえらいことなった1年後の2012年、突如として廃車敗者復活を果たす。車名が「シーマハイブリッド」でデビュー。

フーガ(Y51型)のハイブリッドカーと言うの仕様で登場。でも、ホイールベースとリアドアを150mm拡大したり、デザインをちょこっと弄くったりと、微妙に差を付けている。これによってフーガより無駄に高くなったので、シーマが日産の最高級車となった。かつてのプレジデントには色んな意味で敵わないけど。

生産は栃木県の工場で行われている。塗装工程において「匠」と呼ばれる熟練者が一台一台専用の特別室で塗膜を平滑にする「水研ぎ」と言う作業を行い、検査員の品質検査を受けたあと、走行試験では検査員が2名体制(通常は1名体制)で色々チェックしたりと、しっかり造っている。全ての工程を合格し、客に引き渡す時に、工場長の直筆サインが書かれた「品質検査確認書」が購入特典として付属する。

調子に乗った日産は、三菱自動車へOEM供給し、2012年7月26日より「ディグニティ」として発売させている。国内車としては自社初のハイブリッドカーとなったので、三菱の中の人は泣いて喜んだとか。OEMだけど。

幻の車・シーマスピリット[編集]

自動車型イルカの細部をいじくって、「シーマスピリット」なるRPGを発売する計画があった、と言われている

この計画は、途中「どうせならプレジデントスピリットにしろ」・「マーチベースのほうがいい」などという意見が出て行き詰まり、そうこうしている間にゴーンさんがやってきて計画を潰してしまった。

もし実際に発売されていたら色んな意味で今の日産はなかっただろう。

車名の由来[編集]

スペイン語で「頂上・完成」の意味で、 初代の開発責任者が、少年時代にお父ちゃんから買って貰った腕時計の名前から採ったらしい。

もし、その時計が別のものだったら、この車は「ロレックス」とか「セイコー」あるいは「ジーショック」と言う名前になっていた可能性は十分にあっただろう。

最後に[編集]

初代に乗るなら強力なGに耐えるためのトレーニングを積む必要性があるので注意すること。

そのトレーニングが嫌だという君には、クラウンをお勧めする。そっちの方がカッコいいしね。

関連項目[編集]