星野仙一
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
星野 仙一(ほしの せんいち、1,001 stars)は、弱い立場の選手に対する暴行・暴力で知られ、人体発火現象をしばしば起こしていたプロ野球選手および監督およびブリーダーである。ポケットモンスターの育て屋さんのモデルにもなった。全人類はわしが育てた。
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[編集] 概要
名古屋竜連合における活躍期が長く、投手および監督として何度も青色の竜を赤色に変色させてきた。
- 2002年から2003年にかけて阪神タイガースの監督も務め、見事に組織を復活させ2003年にはセ・リーグ制覇を成し遂げた。阪神を復活させた功労者であるが、阪神の優勝後に某野村爺が阪神優勝後に「星野はわしが連れてきた」と豪語するという彼すら真っ青の後出しジャンケンや最近の失敗のおかげで、数年前の偉業すら消し去られつつあるのは少し気の毒ではある。
- 現役投手時代は、「星野仙一 利権の温床」という名文句を名古屋の詩に残している。監督には中日で2回、阪神で1回就任しており、「燃える男」とか「すぐ手が出る男」と呼ばれていた。岡山県出身で血の気が高く、乱闘を起こし退場になっていた逸話は、名古屋共和国史に残るものである(いしいひさいちなど、変わり者を輩出する岡山県出身のため血の気が多いのか、岡山県出身なのに血の気が多いのかはわからない)。
- 名古屋共和国や大阪市や神戸市においては、反感を持たれてはいないどころかヒーローだったが、最近「ナベツネへのあまりの相思相愛の露骨っぷり、読売ファンであり監督になりたがってる」との噂に支持者が急激に減っている。いわゆる老年性ツンデレキャラであるが、野村克也同様にあまり笑えない。
- 若手スポーツ選手の成績が伸びてくると、何でも「○○はわしが育てた」と自分の功績にしてしまう癖がある。実は投手出身監督なりに投手にはそこそこ優しいため、本当に年端もいかない選手を使い潰すことは意外に少なく(その昔クロマティにパンチを食らった宮下くらいである)、自業自得で叩かれる一方、若手選手が虚弱体質で故障したりしても星野が潰したと叩かれる気の毒な面もある。
- いずれにしても、彼が監督をやるとヤタラと故障者が多くなるため、ミストバーンのように暗黒闘気を放っているのではないかとの説がある。選手の補充が利かない北京オリンピックではその効果がいかんなく発揮されたのではないかとも噂される。
[編集] 星野仙一発言集
それなりに知識・理論はあるのだが、キャラを優先してその場の勢いで喋ってしまうことが特徴である。
サッカーの親善試合・FC東京対レアル・マドリード戦について
- 「サッカーはTシャツと短パンでできる競技。野球の方が厳しい」
- 「(レアルの人気選手である)デビッド・ベッカムよりこっち(野球)のほうが人気がある」 (2003/8/5)
- 「何がフリーキックじゃ!あんなんワシでもできる!」
- 「スポーツ全体を応援しています」
野球というスポーツについて
- 「野球がなくなったら日本もなくなる」(2008/4/7 「カンブリア宮殿」にて)
- 「IOCはなぜ野球を五輪から除外するのか、この地球上で年間何千万という人達の関心を揺すって楽しませているようなスポーツ競技は、野球の他にどれくらいあるだろうか。」
- 「そういう部分でいうとたとえば馬術やヨット(セーリング)は ほんのひとつまみの競技人口で、一体どういう人達が本当に見ているのだろうかと思う」(2008/04/23 自身のウェブサイトにて)
北京五輪、サッカー日本代表(反町ジャパン)の米国戦後
- 報道陣に囲まれた星野監督は「おい、サッカーが負けたぞ」と嬉しそうに (野球日本代表の東京ドームでナイター練習、その合間にテレビ中継をチェックしていた)
- もともと星野監督は「この五輪で一番注目されているのは、サッカーじゃなく野球。あとは単体(個人種目)で北島やヤワラちゃんがいるくらいでしょう。それに応えていかなくてはいけない」と語っていた。(zakzak記事より)
- 「今日サッカーはアメリカに負けましたけど野球はアメリカに勝ちますので、皆さん楽しみにしててください。」(2008/8/7 ZEROエンディングにて。なお、結果は日本 2-4 アメリカ)
北京五輪、韓国戦前
- 韓国の報道陣に対して「(韓国に気になる選手は)特別いないね」(結果は日本の0勝2敗)
北京五輪、台湾戦前
- 台湾の報道陣の「日本のクリーンアップは大丈夫ですか?」にという質問対して「ほっといてくれ! キンタマではこっちも負けていない!」と答えた。また「台湾戦は誰が先発してくると予想してますか?」という質問には、「王建民」と答えた。(王建民は北京オリンピックに出場していない)
- 同じく台湾の記者に対して「野球は点取りゲームだからね。200メートル飛ばしても、ランニングホームランを打っても1点は1点だ。」しかしオリンピック終了後には「我々にはもっともっとパワーが必要。パワーで押さえ込むことが備わらなければ国際試合には勝てないんじゃないか」と語った。
その他
- 鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス
[編集] エピソード
- 星野が指揮を取るまで阪神虎連合での指揮は非常に難しいという常識があったが、星野はその常識を2年足らずであっさり覆してしまった。しかし、星野はこうして指揮を取っていた頃から、額辺りの頭髪の一部が白くなってしまっている。これは狂戦士の鎧の力によって、限界まで肉体の力を発揮し、精神を暴走させ攻撃的思考を表面化させ続けた反動であると思われる。
- 「燃える男」の名が示すとおり、投手が炎上した時などは怒りのあまり自身まで発火することが多々あった。全身大火傷で入院すること数知れず。
- 手首から先の皮膚と筋肉が鉄に変性してしまう原因不明の難病に悩まされていた。しかし、その鉄化した手で殴られると相当痛いので、選手はこれを「鉄拳制裁」と呼び恐れた。
- 近年、学習塾にも力をいれているので「総理大臣はわしが育てた」と言う日もそう遠くはないだろう。
- 燃える男がベンチ入りすると新品のドラム缶が前に置かれる、勝っても負けても試合終了後そのドラム缶は原型を留めない程破壊されている。その為北京オリンピックではドラム缶持込禁止になった。
- 2008年8月23日、北京で大炎上。天安門広場を焼き尽くし、人民開放軍及び武装警察が導入されるも炎上を続ける。中国政府は自衛隊に援助の要請を行ない、ようやく鎮火に成功した。
- 北京オリンピックの代表選手登録のときケガをしている選手に対し電話で「出れるんやな!?」と脅し無理やり出場させていた。
- 北京オリンピックでは「金メダル以外は要らない」と豪語したが、結果4位となりメダル獲得を逃し、「金メダル以外は要らない」発言は金どころか銀や銅メダルまで逃すと言う皮肉な形で果たされた。
- 懲りない連中はWBC次期監督を恐る恐る打診したが、自身のブログで「わしはまだ炎上中じゃ!!」と一蹴された。燃える男を鎮火できるのは、もはやモスラしかない。
- 結局北京オリンピックでは代表選手のユニフォームや宿泊施設(代表選手たちは5つ星ホテルに宿泊した)などへの金のかけ方まで叩かれまくった。まあ第1ラウンドを様子見試合にした戦略は決して間違ってなかったと思うが、短期決戦なんて水物なんだから引き受けたのが悪いんだよ、というところか。
[編集] 育てた人材
- プロ野球選手全員
- 星野利権(キックバック)
[編集] 関連項目
- 落合博満(中日の現監督で、星野に連れてこられた)
- 宇野勝 (ミスター珍プレー。星野の登板時に伝説のヘディング。)
- 岡田彰布(星野の後継者。手が出るところも似ている。が、星野と違って、今指揮している選手の半分は自分で二軍で育てた)
- 田淵幸一・山本浩二(悪友・星野と親交が厚い)
- 原辰徳(NHK解説者で星野の後輩。日本代表監督の貧乏くじを引き継ぐ。)
- 倉敷市(星野の母校が有り、市内には星野仙一記念館がある)
- 岩瀬仁紀・G.G.佐藤(有名な彼の門弟)
- 小田和正 現役時代からの親友らしい。
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