最中 (菓子)

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最中(もなか)とはイギリスを発祥ととし、日本で食べられているお菓子のことである。

概要[編集]

現在日本で食されてる最中は、もち米を用いて作った皮で餡子をはさんだ形でできていて、イギリスで作られていた本来のものとは少々異なる。 また現在の最中の皮は非常に人体に癒着しやすく、コレを解消するためには大量のDHMOを必要とすることから最中そのものを忌避する人も多い。

成り立ち[編集]

1700年、イギリスはバーミンガム近郊の村で、村興しとしてお菓子コンクールなるものが開かれた。このコンクールに参加した未亡人のケーリー・マクガバンは、よく子供達に作っていたお菓子をそこで発表しようと考えた。そのお菓子は直径20cmほどのかなり大きいクッキー2枚でホイップした生クリームでドライフルーツを和えたものをはさんだシンプルなお菓子であった。それなりの大きさであることもありケーキのように切り分けて食べていたし実際に彼女も彼女の息子もこのお菓子のことを「ケーキ」といっていた。

しかし問題があった。名前が「ケーキ」では少々出展に難がある、新しい名前を考える必要性に迫られたのだ。 悩むこと数日、いつものように「ケーキ」を作り、子供達に与えていたときのことである。やはりいつものように初めの一切れをペロリと平らげた息子がケーリーに「Please more cut!(もっと切って頂戴!)」とねだったのである。ソレを聞いたケーリーはこの子供の欲求が現れた言葉から「ケーキ」の名前を「morecut」と名づけたのである。

この「morecut」は見事コンクールで大賞をとった。ソレがロンドンの大手菓子店に目を付けられイギリス全土での販売、時を待たずして海外でも有名になり欧州全体で一般的なお茶菓子となった。

1800年代初頭、オランダ人の手により出島を通して日本に上陸した。しかし仏教の関係上バターや生クリームなど乳製品を忌避するところが日本人にはあり不評であった。そこで和菓子職人に協力を依頼し日本人向けの「morecut」の製作を行った。 その結果クッキーの代わりにもち米でつくったうす煎餅を、ドライフルーツ入り生クリームのかわりに餡子をつかい、更に食べやすいように一口サイズにし、徐々に現在の形となった。

「morecut」という名前も「茶飲みの場の中心にある菓子であって欲しい」という思いから「最中」という字があてられることとなった。

関連項目[編集]