最大級

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最大級(さいだいきゅう)及び最高級(さいこうきゅう)とは、1番でないことを覆い隠す巧妙なPRである。

概要[編集]

どんなに下らない分野だとしても、1位であり、最大であることは、あらゆる面で人に存在を認識させる上で有利に働く。「2番じゃいけないんですか?」と疑問を呈して有名になった国会議員がいたが、その議員もまたそうした発言主の一番手として記憶され、2番目に言った者のことなど誰も気にしないことをみれば、それは明らかだ。その分野に特段の関心でもない限り、まず2番は覚えてもらえない。

そのため、大衆向けに宣伝する時は、宣伝される人間、事物が最大であるかをPRしなければならなくなる。しかし、全国規模でその宣伝物は客観的に一番でも最大でもないことが証明されている。いや、「地域一」「県内一」「市内一」「家族一」「自分一」など範囲を限定すれば一位になると主張する向きもあるが、その範囲が町内会レベルではまるで心もとない。

そこで登場する便利な魔法の呪文が「最大級」「最高級」である。これを枕に被せれば、嘘をついた訳でもないのに、1位でなくてもまるで1位であるかのような響きがしてくるからだ。「最上級」などの言葉も類義語であり、大した違いはない。ともかく、「級」が付かないのの劣化コピーが「最~級」だ。

具体例[編集]

~地域最大級の古墳
古墳案内で頻出する表現である。例えば、「関西地方最大級の前方後円墳」という言葉があったとしよう。この言葉を冠すれば、どんなに無名の古墳でもあっという間に大仙古墳と同等の壮大さがあるかのように聞こえてくる。実は2位、3位程度の規模で歴史教科書にも記述されるだけの特筆性を認めてもらっていないにも関わらず、町の観光案内で「最大級」「最古級」と記せば、さぞかし特別な遺跡であるかのようにみえてくる。
しかし、そのような言葉のマジックは「最大級なのなら、最大ではない」と見透かされてしまうものらしく、そうした手法でPRすると、9割がた失敗する。この手法で成功したいのなら、あまり見られない神獣のようなを用意して、「こうした遺物はここでしか見つかっていない」とPRすれば、実際には他の古墳でたくさん見つかっていたとしても、検索しない一般庶民は古墳を「オンリーワン」として認めてくれることだろう。
最高級の味付け
料理でよく見受けられる表現である。「最高級シェフ」というよく聞く宣伝文句は実のところ「仲間たちのコンテストで私は1位になれませんでした」と同業者へ一生懸命PRして、業界の仲間内でへりくだっているに過ぎない。しかし、味覚というものは人によって好みが分かれるものである以上、客観的に大きさを測定できる「最大級の古墳」よりは嘘くささが少なくて済んでいるようだ。
最高級の美貌
美容表現だが、美は最も一貫性のないあやふやな概念である。「不味い」食べ物は誰が食べても不味いが、美の基準は常に変動する。ルールを変えれば、どんなブスでも「最高級の美貌」の持ち主となる。
最高級デパート
つまり、あらゆる面で1番ではないデパートだということを宣伝している。事実、価格面で不自然に高かったりする。デパートで店員が客へ過剰干渉するのは、店員の自信のなさの現れとして避けられる傾向にあるが、これもある種の人種にとっては最高の接客でないことの証明として糾弾される。

最低級[編集]

最高級とは逆の存在が「最低級」である。「最低」と「最低級」の違いは「最高級」と同じである。最低級ランクに位置づけられた人間は悲惨である。

「最低」の人間の場合、「最高」を規定する秩序に不満を抱く輩から対抗文化のシンボルとして担がれ、一躍有名になる機会を得る可能性がある。しかし、最低級だとそうした機会さえ与えてもらえず、反逆の文化戦争が起きたとしても、ただ受動的に巻き込まれるだけの存在となり、名無しの帝国兵として利用されるだけに終わる。

最高級の場合、最高級になるための手法はあらかじめ開示されていて、マニュアル書籍さえ刊行されている。しかし、最低になるためのマニュアルはまず存在していない。その上、民心を集めるためには努力をした上で最低にならないと、異性からの憐れみさえ得られないという不文律が存在している。

最低になろうとしても、最低を決めるコンテストは最高を決めるものとは異なり、分かりやすい形で存在していない。それ故、畏敬をも集める最低の存在は大体固定される傾向にあり、最低級の人間がそこへ這い下がる道は固く閉ざされている。目指した場合は、最高級の存在から罰則を受ける覚悟も必要だ。

英語版[編集]

「最大級」のトリックは英語でも存在していて、文法書でも比較級と並ぶ概念として認められている。

「One of the ~est -s」という表現が日本語における「最大級」である。英語は日本語より良心的であるようで、わざわざその中で最強なんだぞと自慢する対象を複数形にして、実はその中で最強なのかどうか分からない状態にあることを明示している。この文法を守らず、単数形にする人間は、実のところ文法知らずの小者に過ぎないことを自分で白状している。

しかし、日本語文法の意味合いでは、ただの「Most ~」が「最高」ではなく、これまで述べてきたような「最高級」程度の存在に過ぎないように聞こえてしまう。「最高級」「最上級」という文法名を「サイコー」「俺Tueee」など級を用いない表現に改称することが求められている。

関連項目[編集]