月刊アフタヌーン

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月刊アフタヌーン(げっかんあふたぬーん)は、講談社が発行している青年向けの漫画雑誌[1]

概要[編集]

「週刊モーニング」の姉妹紙として1986年に創刊。看板作家の北道正幸以外はほとんど無名の作家を起用したため、自然に漫画の技術の高さよりも作家のエキセントリックさを尊重する誌風が形成された。また原稿料が安く済むと言う理由で大量の無名作家を抱え込んだため、1990年代から紙面の量が見る見る膨れ上がり、1992年~1996年の間は常時1000ページを維持、それまで最厚だったコロコロコミックを上回る厚さを誇り[2]凶器とも呼ばれた(事実1995年には本誌を鈍器として使用した傷害事件が起きている[3])。この時期岩明均による『寄生OL』がヒットし看板作品のひとつとなる。

発行部数は1990年代以来10万部前後を推移。これは週刊少年ジャンプ三十分の一にも及ぶ。その特異な誌風のためバックナンバーはコレクターの間で高値で取引されるが、入手した者は現物を前にするとあまりの厚さに読む気を失くす。このため1992年~1996年の間の作品は(現物が存在するにも関わらず)伝承でしか伝わっていないのが現状である。特に作家名に比べて作品名はほとんどが散逸しており、これは行き過ぎた作家主義の末路として批判されることも多い。これに対する反省から1997年以降漸次紙面の量を減らし、2001年2月号では作家一人につき1ページを担当して雑誌全体をわずか50ページの一作品にしてしまうという実験的な試みも行われた。この号は愛好者の間では「大合作」あるいは「小冊子」と呼ばれる。

「アフタヌーン」はこども生物兵器をテーマにした作品が多いのが特色である。しかし古参の読者には内輪ネタが90年代からの一貫した特色であると主張するものも多い。

発売日は毎月25日。地域によっては前日の23~24日に店頭に置かれる場合もあり、愛好者の中には早売りする他県にまでわざわざ買いに出かけるものもいる。これをフライング・ゲット(飛び越え購入)略してフラゲと言う。

新人賞[編集]

アフタヌーンは創刊以来「四季賞」という新人賞を実施している。上述のような理由でエキセントリックな新人を求めたため、募集規定からページ数、作品のジャンル、使用画材、使用言語などあらゆる制約を廃し、さらに受賞者を一定数必ず出すと言う規定を設けたたため、特に90年代前期にさまざまな年齢、職業、国籍の人物が受賞、受賞作も鉛筆のみで描いた物から、写真を切り貼りしたもの、紙の上に石を並べたもの、食パンに菌を散布して描いたもの、絵やコマ割を用いず文章だけで表現したものなど多種多様なものが受賞者発表ページを彩った。

しかし上述の理由により近年では作家性よりも連載において即戦力となるかどうかが受賞の基準となっており、このため1999年以降の受賞者は25~30代の日本人、それも定職の無い男性と結婚のできない女性に自然と限られてしまっている。これを賞のマンネリ化であるとして糾弾する読者も多いが、そういう彼ら自身も大半が定職の無い男性ないし結婚のできない女性であることを忘れてはならない。

2004年、このような四季賞の現状を憂えた東京都練馬区在住の女性(24歳)が、自宅にこもり全裸で黙々と執筆に励む様をビデオに撮影、執筆した漫画のほうは出さずにビデオを作品として投稿した。これが受賞作の中でも特に有名な瀧波ユカリ臨死!!江古田ちゃん』である。この作品はかつてない生活感にあふれた作品として編集部から高い評価を受け、審査委員長であるかわぐちかいじからも「すごい陰毛だ」として絶賛を浴びた。自身も漫画家であるかわぐちはこの作品の影響を受け、2006年に男性器が実父になってしまうという近未来クライシスSF『ムスコはオヤジ』を発表。この作品は多数の論者から「老害である」と評された。

その後、アフタヌーンは臨死するしか脳のない読者に媚びる作品を連発したが、そうした読者が臨死して離れると、「性欲路線では当たり前すぎてもはやエキセントリックたりえない」ということになり、紙面の見直しが僅かに進められた。2ちゃんねる化していた読者欄を大リストラし、1000ページを超えていたページ数対策として雑誌を2つに分割し、分割した方に「いいね!」と訣別状を叩きつけたのだ。しかし、「いいね!」という言葉は勘違いされ、この分裂紙の方も月刊化されることとなった。その結果アフタヌーンの名のついた雑誌の総ページ数は1000ページを大幅に超過し、更に厚みを増すこととなった。毎号「いいね!」と新連載を組む方は更に厚くなるといわれている。漫画編集に集中するため、双方の編集部は公式HPの運営を手抜きして、今日も前衛を突き進もうとしている。

有名な掲載作品[編集]

読者層[編集]

げんしけんの登場人物を更に高度化した芸術精神を体現する天の血脈を引き継いだ無限の住人たちが主要な読者層だとよく主張される。新大陸的表現うごめくヴィンランド・サガの担い手たろうと、他の読者からディスコミュニケーション状態になろうとも、ビブリオ古書堂を拠点に、ポチョムキン号で反乱を起こし、漫画表現の地雷震を踏んで暴走し、日本を爆音列島にしようとしているとみなされるのだ。

しかし、そんなやつぁいねえ!。99%の読者にそうした天地明察なる行動力は微塵も感じられない。むしろ、アキバ署純潔のマリアちゃんに逮捕されたいという下らぬパノラマデリューション(誇大妄想)にうなされたいという感情が本体なのだ。つまり、天空の宙のまにまに、天界からのセラフィック・フェザーを妄想しながら、謎の彼女X世界の孫扱いされて「もっとしっかりしなさい」とハサミで切られたいという欲望が主流となっているのである。そのため、マテリアルポルカの舞曲にのって「しおんの王」という称号を持つアフタヌーンの女王様が降臨しても、それが真の女王なのか妖怪に物怪された「巨娘なのか判断するのは困難とされている。

このような大振り少年マガジンにもあるのではという反論も多い。しかし、発行部数の圧倒的違いゆえに、「前途洋々たるマガジンの暁の息子と、アフタヌーンの主読者層(ということにした)お先の暗い呪街にある三文未来な家庭を訪問するのとでは格が違う。なにかもちがってますか?」という理不尽な反対意見が売上至上主義の上層部から寄せられる。この社内漫画階級に対しては、地獄堂霊界通信より届く悪の経典を読んで反乱したいという抗議も寄せられているが、「上層部と一緒に講談社にいる蹴球少女幸運猫ビリオネアガールまで潰していいのか?」というガガガガな「零崎詩織の人間試験」を突破できる気概を持つ者は現れていない。

だが、そうしたナチュン(自然)のアンダーカレント(地下水脈)に流れる新人賞応募者たちの不満が次の表現を作り出してもいるのだ。彼らは血飲みの地獄より宝石の国へ移住できるかどうかの岐路にある。

ライバル誌[編集]

仲間[編集]

そして、アフタヌーンは自称・芸術家の本能を担当

脚注[編集]

  1. ^ 1990年代の一時期に電話帳であるという噂が流れたが、これは誤りである。
  2. ^ 2008年、同社から刊行した「月刊少年ライバル」は更に厚くなっている。
  3. ^ 駒井悠『たたかえ!アフタヌーン!!のゆかいな編集者たち』2007年