有馬記念

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有馬記念(ありまきねん)は、毎年12月第4日曜日に中山競馬場で行われる競馬のGIレース。競馬場に詰めかけた観客の数や、売上額は春の日本ダービーと双璧を成し、春秋の天皇賞やジャパンカップを大きく引き離す。ファン投票で出走馬を選ぶことからグランプリとも呼ばれるが、第1回から60年以上が経つころには完全に形骸化している。

1996年の売上額は875億円以上におよび、ギネス世界記録にも登録された。1990年には17万人もの観客が詰めかけたが、これは2010年代後半のコミックマーケットの一日当たりの来場者数にほぼ匹敵する。平成後期には10万人台を割ることも多くなったが、とはいえ10万人前後が詰めかける魔境であることに変わりはない。

概要[編集]

戦前、目黒競馬場に始まり、その後府中市の東京競馬場で行われるようになった3歳馬の頂点を決する日本ダービーは戦後間もない時期にも大きな人気を誇っていた。一方、千葉県船橋市の中山競馬場では、中山大障害こそあれど、大きなレースはほぼなく、都内からの交通の悪さもあって全く売り上げが確保できない状況が続いた。

その状況を見かねた日本中央競馬会(JRA)第2代理事長・有馬頼寧は、自身がかつてプロ野球球団のオーナーを務めていたこともあり、そのプロ野球・オールスターゲームの要領をパクって参考にしてファン投票で出走馬を決めるレースを行うことを提案した。

こうして行われた1956年、第一回の中山グランプリは大成功に終わったが、この中山グランプリというのはあくまで仮称に過ぎなかった。ファン投票のついでにレースの名前も公募したのだが、当時の日本人のセンスがなかったことが災いし、これと言ったものが無かったのである。そこで有馬は、初代JRA理事長の安田伊左衛門の名を取って「安田賞」(後の安田記念)が行われていることから、2代目である自らが年明け早々に死ぬことにより「有馬記念」と名付ければいいのではと閃き、1957年1月9日に肺炎で死去。同年以降のレースは有馬記念として行われているのである。

当初は芝2600mで行われていたが、第11回より芝2500mで行われている。

出走馬の状況[編集]

有馬記念は年末に行われることから、それまで別々に戦ってきた4歳以上の古馬と、3歳のクラシック組が初対決することも多い。競馬界では、一線級の馬は夏の間は避暑して休んでいることがほとんどである。秋になってGIIのレースで「叩き」を入れて、GIを連戦していくのが基本である。また、このレースを最後に引退する馬も多く、ラストランを飾れるかどうかも注目される。

古馬の牡馬であれば、産経賞オールカマー(GII)や毎日王冠(GII)で有難くもないマスコミからの褒美をもらい、左翼の批判を聴きながら天皇賞秋(GI)で天皇盾を目指し、さらに続くもう海外からの馬が来なくなったジャパンカップ(以下JC、GI)で一線級の馬と戦ってきた。GII→天皇賞→JCでは馬が疲れるだけと見る向きもあり、平成末期にはオールカマーや京都大賞典(GII)で叩いてJCへ向かう馬、あるいは天皇賞の後のJCに出走しない馬、さらにはJCまで使って有馬を回避する馬も増えているほどだった。

古馬の牝馬の場合は、アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス(GII)や毎日王冠で叩いて牝馬最強を決するエリザベス女王杯(GI)に向かう西洋かぶれになりそうな馬が多い。3歳牝馬の場合は紫苑ステークス(GIII)やローズステークス(GII)で叩いて3歳牝馬三冠目・秋華賞(GI)、その後エ女王杯へ向かう馬が多い。

クラシック路線を走る3歳馬であれば、セントライト記念(GII)や神戸新聞杯(GII)で叩いてから、3000mという現代競馬では殺人級の距離である菊花賞(GI)を走る。夏の下級クラスを戦って菊への切符を掴む馬もいる。その後、大体の馬はJCは回避している。

有馬記念を目指すためだけに、アルゼンチン共和国杯(GII)で叩いて直行する馬もいるが、そうした馬を除けば3戦、ないし2戦で疲労困憊の馬が出るのがこのグランプリなのだ。また、東京2500mの場合、コーナーのカーブは4度だが、中山2500mは6度もコーナリングを必要とする。芝も冬ともなれば枯れている劣悪な状況下で、一流馬が一年最後の大勝負に駆り出されることになる。

ファンの想い[編集]

というわけで、いずれの馬も疲れているのだが、裏腹に競馬ファンの想いは熱い。最後の最後に大儲けを、と願う者もいる。ボーナスを注ぎ込む者もいる。来る新年へ向けお年玉資金を増やそうとする者も、子供のクリスマスプレゼントを弾ませようとする者も、なんでもいいから稼がせろと思う者もいる。

グランプリ当日の中山競馬場には殺気が立ち込め、10万の人混みが血走った目でターフを見つめる。そして、最後の直線で「差せ!」「残れ!」「あ~~~!」「(騎手名)死ねボケ!」と男たちが、長渕剛のライブ会場以上の大ボリュームで叫ぶのである。そしてレース後、あたり一面にスポーツ紙と外れ馬券のゴミが散らばる有様はまさにギャンブルのすべてが詰まっていると言えよう。すべてを失い、人混みが解消されても「ゴミ!」と家庭で罵られて大掃除されてしまう人間もしばしば。

各地の競馬場は家族向け、若者向けに整備されてきたが、それらをすべて無に帰してしまうほどの魔力を持ったレースがこの有馬記念である。そして彼らは口々にこう言う。「もう今年は競馬なんてやらねえ!」と。一年最後の中央競馬開催なのだから至極当然である。はずだったが、2017年から有馬記念の後日である12月28日にホープフルステークス(GI)が組み込まれてしまった。

関連項目[編集]