朝青龍明徳

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朝青龍明徳
朝青龍の落書き.jpg
名前
本名 ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ
愛称 ドルジ,モンゴルのロナウド
カタカナ ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ
ラテン文字 Dolgorsürengiin Dagvadorj
基本情報
国籍 モンゴル
生年月日 1980年9月27日
出身地 モンゴル・ウランバートル
身長 184cm
体重 147kg
選手情報
在籍チーム タカサゴ・ユナイテッド
ポジション FW(右ウィング)、MF(右サイドハーフ)
背番号 7
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)

1999-
2002-
若松SC
タカサゴ・ユナイテッド
495(107)
代表歴
2000- モンゴル 97(20)


1国内リーグ戦に限る。2009年6月現在

Wikipedia
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「アサショウリュウ、カエリタイ。ジュニーニョ、カエラナイ」
朝青龍明徳 について、カルロス・アルベルト・カルヴァリョ・ドス・アンジョス・ジュニオル

朝青龍明徳(あさしょうりゅう あきのり、Morning Blue Dragon、1980年9月27日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身の総合格闘家、内閣総理大臣、サッカー選手、ハイパーメディアクリエイター。日本名は細木 明徳(ほそき あきのり)で、細木数子の養子である。本当は汗太郎(ファン太郎は日本語読み)という名のイイ奴である。実年齢は13歳。常に頭部にパンストを被っていることで知られるファッションリーダーでもあり、モンゴルの恥である。

格闘の天才でありながら、それを理解しない日本相撲協会やマスゴミに叩かれているが、報道と事実は大きく異なっているということが表の定説とされている。また、他の力士の中にも「朝赤龍」と呼ばれている某人物がいるが、偽者なので注意すべし。

来歴[編集]

15歳でモンゴル相撲を始め、早くから天才力士として頭角を現す。1997年には、来日して明徳義塾高校に相撲留学するも、高校相撲という枠には収まりきらぬ逸材だったため、2年で自主的に退学。しかし学校側は、その偉業を称える意味で卒業の扱いとしている。

2001年に新入幕し、翌年9月にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進し、同年十一月場所、翌年一月場所に連続優勝して横綱に昇進した。

2007年には細木数子の養子となる。2009年1月には、麻生首相から内閣総理大臣に任命されている[1]

2010年1月現在、エクストリーム・朝青龍殴られの真っ最中である。ところが翌月の2月4日、引退を表明。歴代の横綱たちは『体力の限界』で土俵を去っている。しかし彼は自身と、協会を含む世間、双方の我慢の限界で角界を去って行った。

彼の必殺技。抜群の破壊力
魁皇関激LOVE。いい稽古ができた

朝青龍の稽古[編集]

朝青龍は大の稽古好きでも知られ、稽古場という枠には収まりきらないため、稽古場ではあまり稽古しないものの、それ以外の場所での練習量は相当なものがある。

例えば、高砂部屋では、稽古時間以外のときも弟子や付き人を相手に、自宅では愛妻のタミルさんを相手に稽古し、時には親方である高砂親方(元・朝潮)も相手にしてガチのぶつかり稽古などしている。

相撲ではないかようにマスコミは報じているが、元々禁じ手制定以前は相撲の決まり手とは殴る・蹴る・突く・犯すの4手であり、朝青龍はれっきとした相撲原理主義者である事をマスコミは認識すべきである。

しかしあまりにも稽古量が多いことに加え、大変に強いのでタミル夫人は厳しい稽古に耐えられずにモンゴルに帰国、高砂親方はもはや手も足も口も出せない状態である。

また山本順一の経営する必殺フルボッコ部屋に行き、そこの力士(豊ノ島)を病院送りにしてマスコミに叩かれた。その部屋は金属バットやビール瓶などの武器を使用したリンチを毎度のごとく行っており、実際には朝青龍はそういった力士達を戒めるため愛のムチとして優しく稽古をつけてやったつもりだったのだが、マスコミは全く謝罪していない。マスコミの偏見により賞賛された必殺フルボッコ部屋は力士を1人殺害した。マスコミは掌を返し必殺フルボッコ部屋を非難したが、殺害を推奨したのは他ならぬマスコミである。

「叩きやすい者を叩き飯のタネにする」社是が企業倫理に優先するゴミ共により一方的に傲岸不遜なイメージを持たれているが、実際の朝青龍は純情な一面もある。特に一番の人気力士魁皇に対しては番付等気にせず「魁皇関」と敬称で呼び、周囲に憚ることなく「俺は魁皇関が大好きなんだ」と愛の告白も果たしている。だが、最近では同じモンゴル出身である鶴竜とのお泊り熱愛デートをフライデーされるなど、結構プレイボーイなようだ。

両国 本国でのサッカー・トレーニング 日本の父親である[編集]

腰の疲労骨折を理由にモンゴルでの帰国療養中、サッカーを楽しんでいたと一部の心無いマスコミに報じられ、日本で物議を呼んでいた。

しかし、稽古熱心でまじめな朝青龍がそんな軽率な行動をするはずがなく、ただ単に疲労骨折を押して、復帰に向けた瞬発力のトレーニングに励んでいたに過ぎない。根拠なく心無い報道をしているマスコミは、この事実に一刻も早く気が付くべきである。

ただ、非公式な情報として、イタリアセリエAの強豪ACミランからエースストライカー“ドルジーニョ”として迎えられると報道されたり、浦和FC東京名古屋など複数のJ1クラブと交渉し、清水への入団が間近とされていた時期もあったため(大相撲とプロサッカーの二足のわらじ)、そのトレーニングとモンゴル国民へのお披露目が目的であったとも伝えられている。しかし実際には、

  • 日本国内での騒ぎが大きくなった
  • 本人がストレス障害という仮病を使った

などによるマイナスなイメージばかりが先行してしまい、ミラン側から仮契約を一方的に解消され、Jクラブとの契約にも至らず、世界初の「プロ力士ストライカー」の誕生は実現しなかったという。なんとも惜しい話である。

しかし、朝青龍は2007年からサッカーモンゴル代表で選手と監督を兼任しており、サッカーでもモンゴルの英雄となっている。ちなみにサッカーはガチでうまい。

その後は行方をくらましていたが、2011年末にフットサル日本代表として日本サッカー界に電撃デビューする。小倉隆史三浦淳宏などの錚々たるメンバーと共にピッチに立ち、澤穂希川澄奈穂美らが率いるINAC神戸レオネッサとタイトルマッチに臨んだ。試合ではわずか4分間の途中出場に留まったが、巨体からは想像もつかない軽快な動きと巨体を生かしたダイビングヘッドで見せ場を作った。

ビジネス説[編集]

朝青龍のポスター。横綱の品格が漂っている。

朝青龍が、相撲協会で禁じられているサイドビジネスをしている、という報道もなされているが彼がそんなことをするはずがない。

モンゴルで旅行代理店・銀行・人材派遣などを手がける企業集団"ASA"は、その名称からしばしば「朝青龍が経営しているグループである」「頻繁にモンゴルに帰るのは、ビジネスのためである」と一部マスコミで誤報がなされているが、これらメディアは一刻も早く事実に気づいて謝罪文を載せるべきである。

2007年7月には、日本の皇太子殿下がモンゴルで宿泊なされたホテルのひとつが朝青龍の両親の経営であることを理由に関係が取りざたされているが、無論、無関係である。

礼儀・マナー[編集]

心無いマスメディアによって、朝青龍の行状について数々の報道がなされているが、悉く誤りである。以下検証する。

ひざ蹴り[編集]

すでに負けている状態にある力士に対して「死人に鞭打つように」ひざ蹴りをしている・・・という報道は誤り。彼はあくまで格闘技の天才であり、将来はあらゆる格闘技を行うことを視野に入れてトレーニングを日々積み重ねているため、自然にその際のクセが出てしまうのである。また、彼の十八番である送り出しの鉄則として「手を伸ばすのではなく腹や腿を相手に密着させて押すと反撃されにくい」という理論が存在する。

手刀[編集]

正式なルールでは右手で左・右・中央の順に切ることになっている。これは懸賞金を受け取るに際し、神に感謝する所作である。しかし朝青龍は相当におざなりに見える上、左手で切ったりしている。しかしこれは日本の大相撲とモンゴル相撲の習慣の違いによるものであり、日本相撲協会とマスゴミでっちあげた誤解である。

モンゴル帰り[編集]

先代・高砂親方の葬儀、夏巡業他に優先して頻繁にモンゴルに帰っているが、これは当然「うっちゃり」の稽古である。日本のメディアがモンゴル帰りを非難することは彼の天才を否定することに当たる。また親孝行の意味もあり、本来なら評価されるべきことである。

その証拠に夏巡業の際にはサッカーをしている。これまた骨折した腰のリハビリを兼ねた、痛みに耐えてのトレーニングである。このあたりを理解されないのが天才の、天才たる所以である。マスコミは稽古の過酷さを理解しない。

「畜生」発言[編集]

2002年九月場所・対2代目貴乃花戦において、大相撲の末に破れ、土俵から引き上げる際の花道で「畜生!!」と発言した、とされている。しかしこれはモンゴル語の「チ・ク・ショウ」(敵ながら天晴れの意)である。モンゴル語を知らずして報道するマスコミは問題である。

ガン付け[編集]

対戦の際、相手を睨み付ける、いわゆる「ガンを付ける」行為が気に入らない、とされる。これはもともと蒙古系の顔型に起因しており、実は対戦することがうれしくて笑っている表情なのである。マスコミは一刻も早くこのようなモンゴロイドへの差別的発言を訂正し、謝罪をするべきである。

今後[編集]

朝青龍は総合格闘家としての才に長けているのであり、相撲の決まり手四十八手と夜の検閲により削除、合計96手という枠に縛られることは損失である。

朝青龍には、スポーツとしてのルールのみならず、社会のルールという枠に縛られるべきではないのである。現時点を以ってしてすでに人格は、社会的に評価の高いヤンキーである。従ってこの後はK-1転向、その後はさらに暴力団に転向するものと見られ、現にその動きが水面下でなされている。その結果、大相撲中継はプロ野球のように放送できなくなった。

また、マスコミが彼に関するニュースをことごとく否定的に歪めていることから欝症になった。復帰しだいマスコミ各社代表を相手取って相撲を行い相撲の厳しさと力士の神聖さを叩き込む予定であるというがこれも脅迫などと歪めて報道されている。

しかも、朝青龍の名声は格闘技界にとどまるものではない。実際、彼のうつ病とひざのけがは仮病だという報道がなされたとき、仮病を使うことを意味する動詞「もんごる」が巷で大流行し、2007年の流行語大賞を獲得した。これも彼のカリスマ性がなせる技だろう。ちなみに共同受賞は「さわじる」(急に不機嫌になること)である。

また、時の安倍総理が「もんごった」のも、彼の影響によるものとされている。彼の影響力は、政界も含んだ社会全体に及ぶのである。

注釈[編集]

  1. ^ 5場所ぶり23回目の優勝の表彰式では、功績を称えられて「内閣総理大臣 朝青龍明徳殿」と、麻生首相からの正式な任命を受けた。しかしダメだった。残念ながら日本国憲法下において内閣総理大臣を任命できるのは天皇陛下だけである。

関連項目[編集]