札幌着22時56分

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札幌着22時56分』(さっぽろちゃくにじゅうにじごじゅうろっぷん)は、推理小説家の西村京太郎による紀行文である。2007年12月刊行。

作品概要[編集]

「あなたが明日結婚してしまうから、私は私のために、今夜あなたに逢いに行きます。」
文庫版『札幌着22時56分』の帯より

2007年6月のある日、神奈川県湯河原町に住む西村京太郎は、急遽、北海道札幌市まで、当日中に行かねばならなくなった。ところが、その日は、日本全国で航空会社と空港運営会社の一斉ストライキが行われるため、航空機が1本も運行されないのだという。これでは、湯河原から札幌まで、鉄道で行くほか無い

営業キロにして1202.7km。果たして西村はタイムリミットまでに札幌駅に辿り着けるのか?

湯河原から札幌へ。西村の長い旅が、今、始まる。

主な登場人物[編集]

  • 西村京太郎(にしむらきょうたろう)
    本作品の著者であり、主人公。1930年生まれ。神奈川県湯河原町在住。
    本業は推理小説家で、代表作には「十津川警部シリーズ」などがある。日本全国を舞台とした“トラベルミステリー”と呼ばれるジャンルの第一人者として知られるほか、本作品のような紀行文の著書も多い。
    女性と一夜を過ごすためには努力を惜しまず、国内・海外問わずどこへでも出掛ける。そのついでに取材もし、小説や紀行文などの作品にこれを生かしている。まさに趣味と実益を兼ねた活動であるといえる。
  • 札幌市在住の女性
    20代。結婚式の前日に西村と会うことになる。
    氏名やハンドルネームなどは“公開すると本人の迷惑になる”として、作中では一切記されておらず、「彼女」という代名詞でのみ表されている。

あらすじ[編集]

スポイラー
スポイラー

警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります。

もしあなたが、アルバス・ダンブルドアセブルス・スネイプに殺害されることや、坊っちゃんは東京の路面電車の運転士になることや、宋江は最後に毒殺されることや、鼠は実は死んでいることや、皆で宿題を終わらせることがエンドレスエイト脱却の鍵だったことや、遺言状発表の席にいた犬神佐清は実は別人だったことや、アンサイクロペディアウィキペディアのパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、初版本を手放さないようにしてください。

序章[編集]

愛人であった山村美紗の、突然の死から10年。西村京太郎は、既に70歳を超えているにも関わらず、なおも性欲の発散に困っていた。毎日の自慰だけでは到底抑えきれず、また作中でセックスシーンやレイプシーンなどを描くことでもある程度は発散できるが、ポルノ小説家ではないためそれにも限界があった。勿論、自らレイプをするほどの体力は無く、また、もしレイプやその後の殺害を成功させたとしても、仮にも累計発行部数が2億部以上であり、その著作の大半に顔写真が載っている著名人の自分が、誰にも目撃されずに逃げ果(おお)せることは極めて困難であろう。

流行作家である西村には、毎日数多くのファンレターが寄せられる。彼はそのなかで、比較的若い独身女性を選んで返信し、文通やメールなどでのやりとりを繰り返すことにより親密になり、結果的に和姦に持ち込むことに何回か成功していた。しかし、それらはあくまでも“その場限り”の行為であり、また自分の2~3倍の年齢の男性とセックスフレンドになろうという女性もおらず、継続的・定期的に性欲を発散することは未だできない状態であった。西村がその財力を生かして女性と結婚するか、もしくは女性を“囲う”ことは不可能ではないが、彼にとってそれは即ちセックスの選択肢を狭めることと同義であるため、有り得ない手段であるといえた(彼が山村美紗と結婚しなかったことや、生涯にわたって独身であることなどは、全てこれが理由である)。

数ヶ月前からメールやチャットでのやり取りを繰り返しているファンの1人に、北海道札幌市在住の20代の独身女性がいた。2007年6月のある日の夜、彼女とチャットしていた西村は、彼女が明後日結婚式を迎えることを聞かされる。更に彼女は「結婚前に一度は西村先生にお会いしたかった」とも言うではないか。既に互いの顔写真は交換しており、西村の好みであることは明らかであった。また、メールアドレスや携帯電話番号なども交換済みである。西村は「明日じゅうに札幌まで伺います」と、彼女と会う約束を取り付け、そして札幌市内のホテルの予約を済ませた。

しかし、彼女とのチャットを終えた後で、羽田から新千歳までの航空機の予約をしようとした西村は、愕然とした。明日は、日本全国で航空会社と空港運営会社の一斉ストライキが行われるため、労使交渉が妥結しなければ航空機が1本も運行されないのだという(国内線・国際線とも)。これでは、湯河原から札幌まで、鉄道で行くほか無い。調べたところ、明日中に到達することはどうやら可能であるようだが、それでも12時間以上鉄道に乗り続けねばならない。また、航空機が運行されないということであれば、これに伴う何らかの混乱が起きる可能性さえある。果たして大丈夫だろうか。

第一章 タイムリミット[編集]

単純に、札幌駅に当日中に到着すれば良いということであれば、湯河原駅を11時20分までに出れば間に合う(札幌駅到着は22時56分となる)。しかし、そんなにギリギリの乗り継ぎを組んで、もし何かあったら取り返しのつかないことになる。彼女は明日結婚してしまうのだ。また、それ以前に、到着が23時近いのでは、それから楽しめる時間が短すぎる。従って、可能な限り早く札幌に到着しなければならない。そして、そのためにできる最善の策は、始発列車で出発することだ。

湯河原駅からの東海道線上り列車の始発は4時40分であり、これに乗ると6時19分には東京駅に到着し、6時56分発の東北新幹線の「はやて1号」八戸行きに乗ることができる。これに従って西村は「はやて1号」を軸にした以下のような乗り継ぎパターンを組み、前夜のうちに「えきねっと」で指定券の予約を済ませた。

湯河原 4:40
 ↓(東海道線普通722M)
東京 6:19
東京 6:56
 ↓(東北新幹線はやて1号)
八戸 10:03
八戸 10:15
 ↓(特急スーパー白鳥1号)
函館 13:14
函館 13:29
 ↓(特急北斗11号)
札幌 16:58


3時45分起床。前夜チャットを終えたのが1時頃で、そのあと暫く列車の乗り継ぎを調べたり予約をしたりしていたので、床に就いたのは1時半過ぎである。が、彼女と会うのが楽しみでなかなか眠れない。結局、ほぼ一睡もしないままに起床し、そのまま身支度を整えて出発となった。湯河原駅までは歩いて10分ほどである。

しかし、湯河原駅についた西村は、自分が重大な見落としをしていたことに気付いた。自動改札機や、ふつうの近距離切符を買うための自動券売機などは既に稼動しているのだが、「えきねっと」で予約した切符を受け取るのに使う「指定席券売機」は、5時30分にならないと稼動しないのだ。有人の「みどりの窓口」も営業開始は6時30分であり、駅舎内をあちこち覗いたが駅員はまだ出勤していないか眠っているようだ。これでは切符が受け取れないどころか、札幌までのような長距離の乗車券も買うことができない。仕方なく西村は、とりあえず隣の真鶴駅までの180円の乗車券を買い、始発列車に乗った。東京駅での乗り換えの際に、改めて買い直してから精算するほか無いであろう。

第二章 戦いの始まり[編集]

東京行き普通列車のグリーン車に揺られながらうとうとしていると、グリーンアテンダントの男性がやってきて、切符を拝見しますと言う。しまった、つい普段の癖でグリーン車に乗ってしまったが、グリーン券はおろか乗車券さえ買っていない。……っていうかグリーンアテンダントは若い女の子だけかと思っていたが、男もいるのか。せっかく早朝からグリーン車に乗っているのに、何と詰まらないことだ。いつかこの腹立ちを作品に書かねばなるまい。……まあ、目の前の男に罪があるわけでもないから、今はとりあえず東京までの切符と、ついでにペットボトルの緑茶を買おう。

切符と緑茶を買った西村は、早速ペットボトルを開けようと、飲み口のキャップを捻ろうとした。しかし、ここで西村は異変を察知する。キャップのリングが既に外れている、即ち開栓されているのである。中身を見てみるが特に減った様子は無い。しかし…。

少し考えた末、その緑茶は飲まずに捨てることにした。勿論、あとで何かあったら困るので、ボトルから自分の指紋を丁寧に拭っておくことは忘れない。そして、キャップを締めたままゴミ箱に投げ入れる。喉が渇くが、仕方が無い。これが女性のアテンダントだったら判断が違ったかもしれないが、とりあえずこれで良いだろう。

これから会う彼女の肢体の艶かしさを想像し、口の中に唾液を分泌させることで喉の渇きを癒していると、あっという間に東京駅に到着した。平日であり、朝6時台の東京駅は既に旅客で賑わっている。航空ストの影響か、心もち普段より多いようだ。

改札内のみどりの窓口で、西村はえきねっとで予約した切符の引き換えを申し出た。しかし、係員が端末を操作したところ、西村の予約が成立していないようだという。そんなことは無い、この通り予約成立の画面も出ていると、昨夜の予約時に画面をプリントアウトしたものを提示して食い下がり、係員もあちこち問い合わせたが、やはり予約は成立していないという。ならば、改めて同じ経路での指定券の購入をと申し出たが、航空ストの影響で午前中の下りの東北新幹線は全て満席だという。

はやて号は東京-盛岡間が全車指定席のため、指定券が無ければ列車に乗ることはできない。上野から宇都宮線に乗る選択肢もあるが、タイムリミットに間に合わない。勿論、こっそり紛れ込んでトイレやデッキで車掌をやり過ごすという選択肢もあるが、自分は著名人であるため、発覚したときのリスクが大きすぎる。やむなく西村は、自由席のあるやまびこ43号で北へ向かうことにした。

第三章 東北新幹線[編集]

やまびこ号に乗ってから時刻表を検討すると、このあとの乗り継ぎは次のようになることがわかった。

東京 7:04
 ↓(東北新幹線やまびこ43号)
盛岡 10:20
盛岡 11:03
 ↓(東北新幹線はやて7号(立席特急券で利用))
八戸 11:38
八戸 12:16
 ↓(特急スーパー白鳥9号)
函館 15:12
函館 15:23
 ↓(特急北斗15号)
札幌 18:59


何ということだ。予定よりも2時間も到着が遅くなってしまう。これは即ち楽しみの時間が少なくなるということではないか。

西村は憮然としたが、しかしどうしようもない。とりあえず、携帯電話のメールで彼女に遅れる旨を連絡した。東京駅に着いたときにも一度メールしているが、今のところ返信は無い。昨夜は1時過ぎまで起きていたのだから、まだ眠っていてもおかしくはない。電話をしても良いが、眠っていたら迷惑だ。あとで返信があるのを楽しみにしよう。

朝食を摂っていないので、車内販売で駅弁を購入して昼食とする。自由席の車内は混んではいるが着席率は90%ほどで、車内販売が動けなくなるほどではない。暫く待っていると果たして販売員がやってきた。……何だまた男か。いまは女性の職場もいろいろあるから、こういった職に就く女の子は昔よりも少ないのかも知れないな。駅弁は「深川めし」しか残っていないというので、これとペットボトルの緑茶を購入。今度はちゃんと、キャップのリングが外れていないことを確認できた。まあそんなに毎回外れていても困るのだが。

深川めし(角川文庫『札幌着22時56分』挿絵より転載)

まず緑茶で喉を潤し、次いで、深川めしの封を開ける。漂ってくるアーモンドの香り、ふむ、いい匂いだ。――アーモンド?

推理小説家である西村が気付かない筈が無い。西村の記憶にある深川めしは、メーカーによっても多少異なるが、ご飯(炊き込みご飯または白飯)の上に、穴子の蒲焼と鯊(はぜ)の甘露煮が乗っており、それに野菜の煮物や漬物が付いてくる、というものの筈だ。実際、いま目の前にある深川めしも、そう見える。つまり、そこにアーモンドの香りが介在する余地は無いのだ。更に、アーモンドの香り、いや「アーモンド臭」といえば、自分の作品で数え切れないほど用いてきた、「青酸カリ」を連想させる定番フレーズである[1]

「あれ、食べないんですか? いい匂いなのに」隣席の、自分よりやや若く50代くらいかと思われる男が声を掛けてきた。西村はこの深川めしを食べるのはやめようと思い、パッケージを元に戻して指紋を拭き取っていたのだ。匂いだけでお腹が一杯になったとか何とか誤魔化すと、その男は、弁当をさっき買いそびれたので良ければ売ってほしいという。

西村は迷い、目を瞑って少し考えた。どうやら自分のことを知っているわけではないようだが、毒物が入っているかもしれない弁当を売って、万一こいつが死んだら大変だ。しかし、このまま売らずに捨ててしまうと、随分と怪しまれることだろう。どうすれば良いのだろうか……。

ほんの数秒だったが、目を開けると、深川めしの代わりに千円札が1枚置かれていた。驚いて男のほうを見ると、既にパッケージを開けて、割り箸を割り、今にも食べようとしている。「あっ!」と思わず叫ぶが、男は「あ、千円じゃ足りませんでした? いくらですかこれ?」と言いながら構わず飯を掻き込む。

「うっ」

前に突っ伏して倒れた。全身が痙攣している。やはり青酸カリだったか。

周囲を見渡すが、幸いにして他の乗客は誰もこの異変に気付いていない。この男はもう助からないだろう。仕方ない、これはそのままにしておこう。

西村は、その男が完全に動かなくなり、脈が止まったことを(指紋がつかないように注意しながら)確認すると、男の上着を顔と弁当を覆うように掛けて、周囲からは突っ伏して眠っているようにしか見えないようにした。そして、何食わぬ顔で席を立ち、違う車両に移ってから再び座り直した。

第四章 盛岡駅[編集]

今朝の緑茶といい、さっきの深川めし(青酸カリ入り)といい、どうも狙われている気がする。1日に1度くらいなら偶然かもしれないが、2度立て続けというのはおかしい。

西村はそう思いながら、しかし札幌へ向かうこと自体はやめなかった。狙われていることが札幌行きと関係あるかどうかわからなかったし、それ以前に、久しぶりのお楽しみ(性的な意味で)の機会を逃すわけにはいかなかったのだ。それよりも、もう10時過ぎになるのに、彼女からのメールの返信が無いことが気にかかった。

携帯電話を確認してもやはり返信は無い。ついでに、航空ストが解除されていないかどうかニュースサイトで確認するが、交渉は難航しており解除の見込みは立っていないようだ。そうこうしているうちに10時20分、この列車の終点である盛岡駅に到着した。

盛岡駅では11時03分発のはやて7号に乗り継ぐことになるのだが、40分ほどある。改札内にはコーヒーショップも喫茶店も無いため、待合室で時間を潰さざるを得ない。こういったことも折に触れて作品で書かねばならないなと思いつつ、この時間を利用して彼女に電話をしてみることにした。昨夜チャットを終えてから既に9時間以上経っているから、たぶんもう起きているだろう。

電話は呼出音こそ鳴っているものの、なかなか誰も出ない。以前既に、この電話番号に掛けて本人と話したことがあるので、教えられた電話番号が嘘であるか或いは誤っている可能性は、低いと言っていい筈だ。が、それにも関わらず、2~3分ほど辛抱強く鳴らし続けてみても、全く誰も出ず、留守電にも切り替わらない。

――と、突然ぶちっという音がし、話中音になった。何が起こったのかなと訝しみ、とりあえず再度掛け直してみようとするが、見ると電波表示が「圏外」になっている。周囲を見回すと、他にも携帯電話を見て驚いたり不思議がったりしている人たちが何人かいる。どうやら、この付近で電波が急に届かなくなったらしい。

まさかこれも、自分を狙った意図的なジャミング[2]なのでは……と一瞬疑うが、基地局の役割をするアンテナがどこにあるのかわからないし、怪しげな機械を持っていそうな者も見当たらない。ならば公衆電話を、と思って見渡すも、それすら見当たらない。駅員に訊くが、改札から出ないと無いという。

改札を出て公衆電話を探しているうちに11時になってしまうだろう。西村は電話連絡を断念し、先へ進むべくはやて7号に乗り込んだ。盛岡駅を出て少し経ってから携帯電話を見ると、電波状況は復活しており、インターネットにも問題なく繋がった。とりあえず携帯電話自体の故障ではないことは確からしい。

第五章 八戸駅[編集]

八戸までの30分の間に、携帯電話でニュースサイトを見た西村は驚いた。東京駅で、東海道線普通列車のグリーン車から回収されたゴミから、硫化水素と思われる有毒ガスが発生し、駅の一部が一時封鎖される騒ぎがあったという。濃度は高くなかったため重症患者は発生しておらず、自衛隊が出動して発生源と思われるゴミを回収し、現在は封鎖は解除されているという。

具体的にどのようなゴミから発生していたのかは記されていなかったが、これは、今朝乗った始発電車で自分が飲みそうになった緑茶から発生したのではないだろうか。そして、ゴミ回収の過程でペットボトルが割れるかあるいはキャップが開いて……。重症患者が出ていないといっても、それは気体だからであって、水溶液を飲んだらどうなっていたかわからない。硫化水素が発生するような水溶液とはどのようなもので、それはどのような色をしているのか、飲んだらどのようになるのか等は、西村には思い出せなかった。

先ほどのやまびこ号車内での死者についてはまだ報道されていないが、西村はこれで確信した。何者かが自分を狙っている。しかし、一体誰だろうか。また、札幌に向かっていることと関係はあるのだろうか?

余程暇なのか、男性の車内販売員が何回も通り、声高に弁当や飲み物などを勧めてくる。少し食指が動くが、さきほど買った緑茶はまだ残っているし、人が目の前で死ぬのを久しぶりに見たためか、物を食べる気分ではなくなってしまった。空腹を感じるようになってから考えるとしよう。

八戸駅には定刻の11時31分に到着した。ここでまた40分ほど待ってからスーパー白鳥9号に乗り換えることになるのだが、先行して11時38分に弘前行きのつがる7号にも乗り換えることができる。つがる号だと青森で降りて乗り換えねばならず、その列車は結局同じスーパー白鳥9号になってしまうのだが、何が起こるかわからないから少しでも先に進んでおきたい。

僅か7分の乗り換えで、西村はつがる7号に乗り込んだ。つがる号の車内には車内販売は来ず、何も起こらなかった。

第六章 青森駅[編集]

12時32分、青森駅到着。ここで西村はとんでもないアナウンスを耳にした。「青函トンネルに爆弾を仕掛けた。今日中に爆発する」という主旨の予告FAXが、JR東日本とJR北海道、それに周辺の複数のテレビ局や新聞社などにあり、安全の確認ができるまで青函トンネルを運行する列車は全て運休になるという。

西村は焦った。航空ストも未だ解除になっていないというし、青函連絡船などがあったのも昔の話だ。このままでは札幌に辿り着けなくなってしまう。何か手は無いか、何か。

ここで西村の「時刻表博士」(時刻表検定協会認定)としての腕が役に立った。即ち、代替となる手段を思いついたのである。

青森駅
 ↓(タクシー10分)
青森港
青森港 14:20
 ↓(東日本フェリー
函館港 18:10
函館港
 ↓(タクシー15分)
函館駅
函館 19:42
 ↓(特急スーパー北斗21号)
札幌 22:56


青函トンネルが完成し、青函連絡船が廃止されても、青森~函館間の民間フェリーはなお運航されていたのである。西村は、過去の取材でこの民間フェリーの存在を知ったことを思い出した。さすがに追っ手(?)も、青函トンネルを止めていれば、その先へ自分が進めるとは思うまい。いや、追っ手がどう出るか知らないが、ルートがある以上これで進むしかないのだ。十津川警部だってきっとそうする筈だ。

西村は、青森駅からタクシーに乗ると、最初は行先について指示を出さず、市内を適当に回るよう指示を出した。この間に携帯電話でフェリー会社に問い合わせ、現在のところ正常に運航しており空席もあるというので、これを予約した。

その後、彼女に電話をしてみると、今度は電話に出てくれた。西村はここまでの事情を話し、札幌着が22時56分という遅い時間になってしまうが大丈夫かと問うた。すると彼女は、彼(結婚相手)も今日は結婚前最後の夜ということで羽根を伸ばすと聞いており、次に会うのは明日の朝だから、今夜なら遅くなっても構わない、とのこと。西村は、半分は自分に言い聞かせつつ「必ず行きますから、待っていて下さいね」と告げて、電話を終えた。

市内を1時間ほどぐるぐる回り、尾行者がいないことを確かめた後、彼は運転手に、青森港のフェリー乗り場へ向かうよう指示を出した。

第七章 連絡船[編集]

「連絡船という章題は正確ではないが、敢えてこのようにした。」と作中に自ら書いているように、この章題は正確ではない。ともあれ東日本フェリーは青森港を定刻に出航した。ここから約3時間50分の船旅となる。このようなフェリーを運航している会社は他にも複数あり、また区間も[青森-函館]だけでなく[青森-室蘭][大間-函館]などの経路のものもあるという。何らかのアリバイ工作に使えそうだな、と西村は思い、せっかくなのでフェリー内をあちこちと歩き回り、写真を撮ったりメモを書いたりと記録に励んだ。

と、甲板に出たところで、不意に、背後に何か気配を感じた。

思わず振り向く。と、覆面をした何者かが、自分に向かって何か大きなものを叩きつけようとしていた。

反射的に避(よ)ける西村。勢い余ってバランスを崩す謎の人物。「何をするんだ!?」と西村は怒号をあげるが、相手は無言のまま再度自分に向かって突進してくる。それを避ける拍子に、西村が首から掛けていたカメラが謎の人物の覆面に引っ掛かり、覆面が破れた。

覆面の下の顔には、見覚えがあった。20代くらいの若い男だ。しかし、誰だっただろうか?

少し逡巡していると、男のほうが先に呻いた。「ちくしょう……。一体なんなんだあんたは」

「何なんだって、人を殴ろうとしておいてそれは無いんじゃないか? 君こそ一体何なんだ?」

俺は、あんたが今から逢いに行こうとしている女の、婚約者だ。

「む……」さすがの西村も一瞬言葉を失った。と同時に、今まで襲われていた理由もはっきりとわかった。東海道線や新幹線の車内販売の男は、こいつだ。自分を札幌に行かせまい、というよりは彼女に会わせまいと、ここまで殺そうとしたり妨害したりしていたのだ。

だが、それだけでは説明がつかない点がある。今後の参考にもぜひ聞いておきたい。「どうやって私が札幌に行こうとしていることを知ったんだ? それに、東海道線の始発に乗っていたのは何故だ?」

ここから、文庫で5ページにわたる彼の独白が始まる(よく西村もこんなに書き留めておけたものだ)が、ここではそんな紙幅は無いので、箇条書きの形で要約して示す。

  • 付き合い始めてから数年間、ずっと彼女のパソコンや携帯電話を本人に気付かれないようハッキングし、動向を監視していた。
  • 西村のことは、単なる一ファンと作家という関係だと思っていたが、今回わざわざ逢いに来るということで改めて調べ、西村の性癖を知った。そして、絶対に会わせてはいけないと判断し、今回の行動を起こした。
  • 東海道線や新幹線に現れたのは、自分ではなく、遠隔操作で付近の工場などを動かして作ったロボットである。「えきねっと」の予約もハッキングで消し、架空の予約で満席にした。
  • その他、盛岡駅のジャミングなども全て機械類の遠隔操作によって行った。これらの作業と並行して、列車で青森まで来た。

彼は全て話し終わると、再び先ほどの鈍器を持ち上げ、西村のほうに奇声をあげながら向かってきた。「死ねぇぇ!」

西村は素早く周囲を見渡し、他に誰も自分達を見ていないことを確認すると、懐から拳銃を取り出し、彼の眉間めがけて1発発射した。勿論、命中である。

彼の所持品や服装などに、自分に繋がるものが無いことを確認した後、西村は彼の死体を海に投げ込んだ。そして、一息つくと、西村は安心感からか急に空腹を感じた。

第八章 函館本線[編集]

(※この章では、西村の他の紀行文と同様に、函館港に着いてからスーパー北斗号に乗り換え、札幌に着くまでの車窓の景色などが、何事も無かったかのように記されているが、ここでは割愛する。)

第九章 札幌駅[編集]

22時56分、スーパー北斗21号は定刻に札幌駅に到着した。今朝、湯河原駅を出発してから、ここ札幌駅に到着するまで、実に18時間16分を要したことになる。

西村が列車からホームに降りると、彼女が迎えに来てくれていた。実際に会うのは初めてだが、顔も声も思い描いていた通りだし、スタイルはそれ以上だ。

明日の朝、彼女は彼が来ないことを不思議に思うだろう。そして、いつまでも彼が来ないので、きっと悲しむだろう。

しかし、それは明日の朝になって、自分と別れてからの彼女に起こることだ。

いまはまだ、彼女は彼が死んだことを知らない。知らないままのほうが良いだろう。

それよりも、到着が6時間以上も遅れてしまった。夜は短いのだ。今夜は精一杯楽しまなくてはなるまい(性的な意味で)。

(※物語はここで終わり、その後繰り広げられたであろう具体的な行為には触れられていない。)

書誌情報[編集]

角川書店の「角川文庫」から、“文庫書き下ろし特別作品”として2007年12月に刊行されている(ISBN 9784041527108)。

なお、西村の他の紀行文や私小説と同様、本作品はあくまでもフィクションの「小説」であるとされ、実在する人物・団体や、実際に起こった事件などとは一切無関係であるとの注意書きが、冒頭に記されている。

脚注[編集]

  1. ^ 作中ではこのように書かれており、また西村の他作品でも同様の描写があるが、これは正確ではない。青酸カリ(シアン化カリウム)は、乾燥した状態では無臭である。ただ、飲み物や食べ物に混入させたり、或いは湿気の多い空気中に放置しておくことにより、水分と反応して臭いを放つのである。
  2. ^ ここでは電波妨害行為一般のこと。電波を送受信するためのアンテナにピーナツバターを塗るという手法が一般的であることから、ジャミング(ジャム塗り)と呼ばれる。ピーナツバターをジャムと呼ぶことが適切であるか否かが議論となっているが、これについてはwikipedia:ja:ジャミングを参照されたい。

関連項目[編集]


Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第6回執筆コンテストに出品されました。