東急車輛製造

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「東急車輛製造」の項目を執筆しています。
Chakuwiki.png
長文を読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「東急車輛製造」の項目を執筆しています。
東急車輛のメーカーズプレート(KQ800形)

東急車輛製造(とうきゅうしゃりょうせいぞう Tokyu Car corporation 近車と違い"車両"も英文!)は、東急グループの鉄道車両メーカー。東急電鉄の100%子会社なので現在非上場。自社で製造した鉄道車両内にあるオレンジ色のメーカーズプレートが良くも悪くも有名だったが、2000年代以降はしょぼいステッカーでごまかしている。
東急グループでありながら、東急沿線ではなくKQ金沢文庫金沢八景駅間に本社・横浜製作所を構えるが、その経緯については本文参照。

目次

[編集] 歴史

KQ逗子線から東急車輛に通じる三線軌条。線路の先にある本社・横浜製作所付近での撮影は禁則事項です
横須賀・総武快速線の主E217系。同路線を走る車両はすべて、横浜製作所に近い鎌倉車両センター所属。
  • 太平洋戦争のどさくさで大東急紅い彗星KQ、オバQケイオーを占領していた時期に、空襲でバーベキューにされた国鉄ないし大東急各線の車両再生で銭を稼ごうと、横浜市金沢区にあった帝国海軍の工場跡地を強盗して盗急横浜製作所として創業。しかしここで問題発生。近隣を走る当時占領下のKQの線路幅が広すぎて、車両搬出入をしようにも国鉄と同じ線路幅を持つ生え抜きの東横線や同じく占領下のオバQ帝都線(占領直前はオバQ所属)と合わない。京王線?あんな路面電車なんか知るか!そこで国鉄と裏取引を行い、横浜製作所への窓口に逗子支線を三線軌条化の上、横須賀線と接続して使わせることを承諾させる。(この記事も参照。)
  • 五島慶太公職追放で大東急解体→KQ復活後、国鉄からも新車製造の仕事を請けるようになった横浜製作所は、鼻柱の折れた湘南電車などを生み出した後、1953年に現在の社名に改称。以後首都圏を中心に全国各地の私鉄や国鉄(JR化後はコヒ中心)・公営交通に大量の安普請車両を送り込ませるようになり今日に至る。
  • アメリカ・バットマン社[1]との技術提携により銀色のさびない素材(以下ステンレス)で組み立てた鉄道車両を始めて製造、これにより塗装業者を大量に失職させたことから千葉動路の怒りを買い、E217系投入まで東急車輛で製造されたステンレス車両は千葉支社管内への乗り入れが厳しく規制[2]されていた。(E217系も川重新津製を含めた全車両が横須賀沿線の鎌倉車両センターもしくは東海道沿線の国府津車両センター所属である。)
  • 1968年南海沿線にあった大阪民国帝國過激團車輌を吸収合併して大阪製作所とする。これ以後南海電鉄と系列の半壊電軌の車輌受注を独占、[3]鉄人28号ばかりか走ルンですまでも導入させる結果に。
  • 設立当初は東急、KQ、オバQ、ケイオーの4社が主要株主で株式上場していたが、1980年代に巨額の赤字を抱えた国鉄に「ステンレス車両のノウハウをくんないと山手線の新型車両頼んでやんないぞ![4]と脅され渋々提供。ステンレス車両の製造技術がインスパイアされてお察し下さい。となった為、後に東急電鉄の100%子会社となり上場廃止に到るのであった。

[編集] 特色

KQ新1000形
  • 前面二枚窓の遭難湘南型車両を最初に造った。(1950年)
  • コンテナや自動車用の冷蔵室も製造しているのだが、鉄道車両と違い例のパンツ東急マークが付いていない。
  • 横浜製作所脇を走るKQ、都営浅草線経由で線路が繋がっているK'SEIパンダの車両は、神戸(KQ)、豊川(K'SEI)で製造された車両についても、台車交換を口実に東急車輛へ強制入場[5]させられる。
  • 新津車両製作所は舎弟。

[編集] 禁則事項

  • 渋谷青ガエルを勝手に塗り替えること。
  • 金沢八景駅で「東急車輌はJR東日本に魂を売った裏切り者!」と叫ぶ。
  • 横浜駅コンコースで、走ルンですシリーズ導入反対の署名活動[1]を行うこと。[2]
  • 「電車市場?日車夢工房のパクリじゃん!」
  • KQの車両を撮影ついでに、隣接する横浜製作所敷地内にカメラを向け・・・ぐわっ!
死亡確認.jpg 死亡確認
ごめんなさい。ごめんなさい。
この時代ではお伝えできない事実が含まれていたため、投稿者は消去しました。

[編集] 主な製品(鉄道関連)

東急5050系。走ルンですの東急バージョンで現在東横・みなとみらい線の主力車両。

[編集] 主な製品(鉄道以外)

  • コンテナ
  • トレーラー
  • 立体駐車場

[編集] 脚注

  1. 現在は鉄道車両部門を怪しいサプリメントを製造する会社に売却済。
  2. 京葉線全線開業時はメルヘン顔の205系の投入は最小限に抑えられ、大多数が京浜東北線のお古で構成された。
  3. 但し大阪製作所では1971年以降鉄道車両の建造を行わなかったことから、露骨な近車封じとも解釈できる。
  4. 国鉄時代は他の車両メーカーにも同規格の車両を平等に製造してもらう必要があった。
  5. 但し浅草線乗り入れが車両設備上不可能な最新型のスカイライナーは例外で、千葉貨物駅からトレーラーで北総鉄道印旛車両基地に陸送され、その後K'SEI宗吾車両基地に回送された。

[編集] 関連項目


この「東急車輛製造」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)