太秦駅

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太秦駅(うずまさえき)は、京都市右京区にある、映画撮影の為に使用されるセットである。

東映の撮影所であり、京都最大のテーマパークである東映太秦映画村の一部であるため、当然ながら敷地は全て東映の私有地である。東映映画鉄道に関するシーンの9割近くが、この太秦駅で撮影されていることでも知られている。

概要[編集]

東映の京都撮影所が太秦の地に開設されたのは、今からおよそ80年以上前の西暦1920年代のことである。当時黎明期であった日本の映画の多くは太秦の撮影所で撮影され、全国の映画館へそのフィルムは送られていった。それ以後、戦前戦中の動乱期、西暦1960年代以降の映画の斜陽化を乗り越えた京都撮影所は西暦1975年に「東映太秦映画村」としてリニューアル・一般に公開した。映画村が開村されてからは太秦の地は映画の街として発展し、いつしか「西のハリウッド・東の太秦」とまで並び称されるようになった。

太秦駅は西暦1975年、映画村の北端にある山陰本線沿いの敷地を、赤字に喘いでいた国鉄から買収、前述した映画村の一般公開と同時に運用を開始した。太秦駅という名のセットが開設されたことにより、それまで撮影所の外へ出ないと撮影ができなかった鉄道に関するシーンの撮影が容易にできるようになった。なお、当時の太秦駅は映画撮影の為に設営されたセットであるため、当然ながら一般の乗客が乗る列車は全列車通過していた。国鉄も太秦駅のことを一般の乗客が乗り降りする駅とは認めていなかった。

現在の太秦駅は映画村と同様に一般にも開放され、撮影所との両面性を持つ希有な存在となっている。最近では映画だけではなく、仮面ライダーシリーズに代表されるような特撮の撮影も行われており、太秦駅の活躍はとどまるところを知らない。

2012年5月20日に京都撮影所の一部でピカチュウが10万ボルト攻撃したことにより、燃えてしまって多くの映画撮影が出来なくなりそうな状態なので、しばらくは太秦駅も連動して一般的な駅としての活躍のみを果たすことになりそうである。

駅としての太秦駅[編集]

映画撮影のためのセットとして作られた太秦駅が大変貌を遂げることとなったのは、西暦1989年のことである。

かつて大赤字に喘いでいた国鉄はすでになく、民営化されたJR西日本によって太秦の地を通る山陰本線は運営されていた。そんな中、JR西日本は京都駅近辺の山陰本線のイメージを革新しようと"嵯峨野線"という愛称を導入することとなった。それに伴い、映画村の最寄り駅として太秦駅に嵯峨野線の列車を止めようとする計画があがってきた。

映画村は「撮影現場の環境保全」を理由に太秦駅に実際の列車を止めることを拒否していたが、三度にも及ぶJR西日本社長の映画村訪問、二度にも渉るJR西日本社長の土下座、そして映画村側の「まずは我々の足を舐めろ。そして映画村の下僕として永遠の忠誠を誓え、話はそれからだ」というJR西日本社長に対する屈辱的な要求を呑ませることで、太秦駅に嵯峨野線の列車を止めることを了承した。

これ以降、映画村とJR西日本との関係は以前よりも良好となり、当時の社長は現在でも時々映画村を訪れて親交を深め合っている。また、当初は普通列車のみの停車であったが現在では一部の快速列車も停車、映画村の増収にも一役買っている。

駅構造[編集]

そんな地元住民や観光客、鉄道教徒ぐらいしか求めていない情報は、クソ真面目が売りな百科事典による太秦駅についての解説を見れば済む話ではないだろうか。ここでは頭がステンレスよりも固いことで定評のある百科事典ウィキペディアに書き込むとなぜかリバートされ、最悪の場合投稿ブロックを食らってしまうような事について説明する。

何度でも繰り返すが太秦駅は映画撮影の為に使用されるセットである。異なる映画でいつも同じ風景が流されるのは非常にアレなので、撮影する度に駅の構造を柔軟に変えなくてはならない。よって太秦駅では簡単に駅構造を変えられるように、ハリボテで作られているのである

ハリボテだからといって舐めてかかってはならない。東洋一の大道具スタッフが作った太秦駅に使われるハリボテは非常に精巧に作られており、一目見ただけではハリボテだと気づかないようにできているのである。耐久性に問題があるかもしれないが映画撮影は普通は短期間、短い場合だとわずか半日足らずで太秦駅を使用するシーンは撮影し終えてしまうので誰も気にしないのである。

なお、一般の近隣住民が利用されるようになってからも太秦駅はハリボテ製のままである。ハリボテのままにしているのは、観光客や地元住民への映画村からのサービスという説が根強い。また、ウィキペディアの太秦駅の項目で使われている写真は、わざわざ映画村がウィキペディアに掲載されるために作ったハリボテのものである。こんなすばらしい東映のサービス精神には脱帽せざるを得ない。

また近くを走る京福電車嵐山本線には2007年まで同じ駅名の太秦駅があったがJRが著作権侵害ちゃうんけ!?とか言ったらしく2007年に他の一部の駅と同時に太秦広隆寺駅となった。因みに嵐電はこの駅名の通り、広隆寺へ行くのにも便利だし、四条界隈から映画村へ行くのにも非常に便利。弟分の京都バスと共にJRから映画村行きの乗客を奪おうと努力している。更に路面電車の撮影のセットにも嵐電は使われており、路面区間の無い北野線に関してものんびりとした乗客のいなさそうな雰囲気ゆえによく撮影セットになっている。

関連項目[編集]