東銀座

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東銀座(ひがしぎんざ)は、東京中央区の地名で、東京地下鉄日比谷線都営地下鉄浅草線東銀座駅付近一帯を指す。しかし銀座の中心地である銀座四丁目交差点からも至近距離であり、薄暗い地下道あたりでうろちょろしていると、東銀座なんだか普通の銀座なんだか見当がつかないことも多い。

老人たちが歌舞伎座にやってくる[編集]

東銀座駅の設置は歌舞伎に賭ける老人たちの「」と「」と「」と「尿」の結晶である。かつて昭和初年に東洋唯一の地下鉄として銀座駅が設置された時、物見高い年寄りが銀ブラにあこがれて、わいわいつめかけたことは広く知られている。年甲斐もなく銀座の三越だか松屋だか松坂屋に寄ってさんざ買い物をした後、老人たちはこぞって歌舞伎座に飛んでいくことになる。しかし百貨店でハッスルしすぎた老人たちにとって、銀座の駅から歌舞伎座までの450mはまさしく心臓破りの直線ルートであった。

テレビもゲームもゲートボール2ちゃんねるもない時代のことである。歌舞伎の人気は現在の我々が想像する以上のものである。わずか450mしかないないにも関わらず、歌舞伎座に行きたい一心で年寄りたちは、ぜえぜえ息を切らして歩き始めた。持病のめまいや立ちくらみで脂汗が肌に浮き上がり、ヨイヨイの手足はいつにも増してぷるぷる痙攣し始めた。「いつたどりつくんだ」という悲壮な思いは涙となり、押さえの利かない下半身からは尿が滴り落ちたのである。ちなみに年寄りだから「尿」が「血尿」であることも多く、ここでめでたく「」「」「」「尿」が一揃いになり、めでたく歌舞伎座に着く時には、バッタリ倒れてこの世の人でなくなっている人も多かった。

こんな具合だから、銀座駅と歌舞伎座のちょうど中間にある現在の三原橋あたりで、行き倒れの老人のむくろが死屍累々と折り 重なって積まれ、交通を遮断しており、歩行の邪魔だとか、銀座の美観を損ねていると不評の声が上がっていた。そのため戦後になると老人が銀座駅から無理をして歌舞伎座まで歩かなくていいように設置されたのが、東銀座駅なのである。銀座駅から東銀座駅の距離の短さは、老人愛護の精神に基づく、営団地下鉄(現・東京地下鉄)や都営地下鉄のバリアフリー事業の一環であり、内外からの評価も高いものであった。またこの駅にはそれまでに亡くなった老人のみなさんにちなんで「老人たちよ、安らかにお眠りなさい」の碑がひっそり建っていることでも知られている。

ちなみに日比谷線の場合、日比谷-銀座-東銀座-築地の順に駅が並んでおり、いずれの駅の間も短いことで知られている。銀座で買い物をした後は、東銀座の歌舞伎座や新橋演舞場で遊び、ハッスルしすぎて途中で老人が発作を起こしてもいいよう築地がんセンターで救急医療体制が整備されている、それでも間に合わない場合は築地に程近い浜離宮あたりで海に投げ飛ばし、築地朝日新聞社が遺体発見をリークするように準備してあり、最終的には築地本願寺で葬儀が営まれるよう、お客様ニーズに合わせた徹底的なシミュレーションができているので、いつ老人が大挙して押し寄せて来たとしても準備万端である。

歌舞伎天国[編集]

かつて老人たちが限りない命を燃えつくしてまで見ることを熱願してたのが、日本が世界に誇る伝統芸能「歌舞伎」である。並み居る相手を向こうに回し啖呵を切る粋で男伊達な助六、主君を助けるために涙こらえて義経の身を打ちすえる勧進帳の弁慶、夫の田宮伊右衛門の非道に耐えかねて幽霊となり復讐を果たす四谷怪談お岩さん、お家断然の憂き目に遭いながら苦しみをばねに仇敵を倒す忠臣蔵の面々、これら歌舞伎のヒーローはちょっぴり涙もろい日本人のメンタリティに合っていたのか、歌舞伎座はひきもきらずに常連のジジババに愛され続けてきたのである。

ジジババは、歌舞伎役者に黄色い声で「成田屋ぁー!」「音羽屋ぁー!」と絶叫してから、写真をとりまくり、おひねりをとばし、どさくさまぎれて生卵やトマトまで投げる奴もいる一方で、中には感動のあまり座席で、ピクピク失神する者も後を絶たなかったのである。歌舞伎の公演が終わるたびに、「危険ですから近づかないでください」の貼り紙が貼られていたものである。まさに幕が下りてからの歌舞伎座周辺は荒くれた野犬が放置されているような無法地帯だったといって良い。

しかし昭和から平成に代わったこの時代、ネットで動画が見られるこの時代、さすがに戦前のような活況を歌舞伎座に求めるのはむずかしいかもしれない。多くの若い日本人にとってはそれは過去の遺物として葬り去られるようでもあった。

歌舞伎座に集う外国人[編集]

この絶滅寸前だった歌舞伎を、不死鳥の如く蘇らせたのが、日本のものならば何でも”japanese kabuki”と見做し、「日本の神秘」にビリビリシビれるタイプの「何か勘違いしているとしか思えない外国人たち」である。彼らは成田空港から京成に乗り都営浅草線つないで、即座に歌舞伎座に直行するようなディープなファンであり、日本人でも覚えていない影の薄い歌舞伎役者の本名と何代目かをすかさず言い当てるほどの鬼のようなフリークであり、日本文学研究家の泰斗ドナルド・キーンですら舌を巻く手合いである。こうした歌舞伎マニアの外国人たちは、歌舞伎座に来るまでは爪に火をともすようなケチケチ生活を送っている。日雇い肉体労働者の簡易宿泊所がひしめく山谷に泊まり込んで、日本観光をエンジョイする外国人が目立って増えてきているそうだが、その大半は歌舞伎オタクと見てよいだろう。山谷の酒臭いおっさんらをものともせず、南千住駅か三ノ輪駅あたりで日比谷線に乗り込むとそのまま東銀座駅まで、彼らは一路まっしぐらである。

そういう例外はいるとしても、外国人観光客の多くは、「ショウグン」と「ニンジャ」の区別もつかない人がほとんどである。知らぬが仏とばかり、半そで半ズボンのいでたちで、皮膚に刻まれた「イレズミ・アート」の「エロ外人」や「鬼畜米英」の文字を嬉々としてひけらかしてしまうような気のいい人たちである。初めて見た歌舞伎の白塗りや隈取り(くまどり)に夢中になって、自分の顔をペインティングし、ついでに口に含んだ毒霧を四方八方に吹き散らすような無邪気な人たちである。そしてなんだか気の毒な人たちである。

こういう人たちがまた、「誤った日本人のイメージ」をさらに拡大再生産していると思うと慙愧の念に耐えない。そればかりかこの誤った日本のイメージが、アキバ経由の「オタク国家・日本」のイメージとリミックスされつつある。地下鉄日比谷線はアキバと東銀座をつないでいるだけあって、最近アキバのコスプレをした外国人のオタクがつめかけているともいう。例えばメイド服着て花魁(おいらん)の髪型と白塗りをするような。こうしたわけの分からん外国人と、前々から歌舞伎に一生を捧げていたような荒くれ者のジジババが、縄張りである歌舞伎座を前に、血で血を洗う抗争でもみくちゃになっているのが昨今の東銀座の状況である。

関連項目[編集]

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