松戸大学

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松戸大学(まつどだいがく、英語 : Mad Die Got Cool)は、千葉県松戸市松戸648に本部を置く園芸学専門の日本の公立大学である。正式名称は松戸市立松戸大学で、より優れたナシの品種開発を目的として1929年(昭和4年)5月に設置された。大学の略称はMad Die(まっだい)。学校の設立には現在の株式会社マツモトキヨシやマブチモーター株式会社から多額の寄付が寄せられた。この背景には、松戸大学の卒業生を採用するためのルート確保や同学との共同研究を目的とした起業サイドの思惑があったのだが、そもそも松戸大学には薬学系・工学系の学部学科が存在しないためこれらの思惑は完全に外れた形となってしまった。

概要[編集]

校風[編集]

松戸大学生に共通する特徴には以下のものがあげられる。

  • 地方出身者であり、「都会的な何か」を求めて千葉県にやってきてしまった。
  • 地元の一番優秀な高校に通っていたが、学内での成績は中の中かもしくはそれより下。課せられたカリキュラムを無難にこなすことが得意だが、如何せんそれ以上の能力・個性を持ち合わせていない。高校三年生時の合言葉は「無難な国立」。
  • 実を言うと、よそのC級国立大学のバイオ・生物系学科が第一志望だったのだが、センター試験の結果がB判にすら達しなかったため、仕方なく松戸大学を受けたら偶然受かった。
  • 自称「松戸で一番の高偏差値大学」だが、実際は日本大学松戸歯学部の方が遥かにレベルが高い(卒業生の年収を比較するのはやめろ)。
  • 学生時代だけでなく、一生涯を通した童貞・処女率の数字の大きさが半端ないことになっている。
  • 実際問題、この学校の唯一の利点は「就活するとき東京に近いのでスゲ便利」ということのみである。

学生[編集]

松戸大学近隣に下宿する学生が他所に出かけた際、自己紹介で「柏在住の千葉大生です」と嘘を吐くことが大きな問題となっている。当然ながら、千葉大学側は松戸大学との関係性を一切否定しており、両大学間の摩擦が千葉県内で大きな問題となっている。

学生生活[編集]

後述する通り、一般教養のみ千葉大学で受ける。そのため、自分のことを千葉大学生だと勘違いしてしまう松戸大学生がいるが、二年時から始まる松戸大学キャンパス生活により自分が松戸大生であるという現実に引き戻される。一年時に千葉大学のサークルに入り友達はおろか恋人などできようものなら悲惨である。二年時以降に離れ離れになってしまう自分たちのことを「ロミオとジュリエット」に例える痛いカップルが西千葉駅のガストやサイゼリヤ(今は無い)に発生するのが一年時の後期の風物詩である。なお、西千葉と松戸は何気にかなり離れているので遠距離恋愛はほとんど不可能である。

沿革[編集]

年表[編集]

  • 1888年(明治21年) - 千葉県大橋村(現在の松戸市)で、当時13歳の松戸覚之助が、親類宅のゴミ捨て場に生えていた小さなナシの木を偶然発見。
  • 1898年(明治31年) - 渡瀬寅次郎がこのナシを来たる新世紀(20世紀)における代表的品種になるであろうとの観測と願望を込めて二十世紀ナシと命名。
  • 1929年(昭和4年) - 松戸町立松戸大学設立。
  • 2005年(平成17年) - 松戸大学の関係者である古在豊樹が千葉大学の学長に就任する。が、松戸大学には何の関係も無かった。

教育および研究[編集]

優れたナシの研究・開発が全てである。それ以外の授業には単位がナシ、というのが学内で時折教授陣から聞かれる言葉である。

一般教養[編集]

そもそもナシの研究開発を行うために設立された園芸専門の大学であるため、一般教養等の授業が無い。そのため、国から「大学として認めない。卒業生にも学位を与えることはできない」との達しを受けたため、慌てた当時の大学関係者が近隣の学校に相談。その結果、「同じ県のよしみ」で千葉大学が一般教養を同大学の西千葉キャンパスで受けさせることを許可。そもそも同大学の学長(医者)は西千葉キャンパスや一般教養に関して何の興味関心も無かったことがこの理由である。

専門[編集]

ナシの品種改良を目的とした育種・遺伝子解析・タンパク質解析が主である。すごいことをやっているように見えるが、結局はナシである。

関連項目[編集]

Wikipedia
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