坂東英二
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
板東 英二(ばんどう えいじ、1940年4月5日-)とは、元甲子園のヒーローであり、高校野球の規定変更に大きな影響を与えた人。
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[編集] 概要
タレント・俳優などをこなすマルチおじさんであるが、最近ではもっぱら世界ふしぎ発見での、最終兵器シャントット先生や選り取り見取りのゲスト達の引き立て役、善戦しながらも所々で頓珍漢な答えを出して最後はトップ賞を掻っ攫われてしまう残念な噛ませ犬としての役割が板についている。無論、彼が引き立て役になるのは番組進行上における予定調和、つまりやらせであり、本気を出せばトップ賞を毎週席巻することなど造作もないことなのである。世間の子供達は「黒柳さんってすごいね、板東っておじさんおバカだね、野々村って人は論外だね」と感想を述べているが、彼らが見ている板東は虚像であり、「バカなおじさん」というのも皮相的見解にすぎない。
さらにゆでたまごを愛する、[1]おじさんの中のおじさんでもある、ちなみに、本名は板東英二である。
[編集] 板東英二と野球
現在でこそ、やたら明るいノリのタレント業が有名であるが、かつては野球選手であったと、うそぶいている。実際、野球の記録の端々に同名の人物が記載されている為、何となく信用されているが、多くの人は映像を観ていないため疑問視されていた。
[編集] 野球との出会い
中学までは内気な根暗少年で、野球には出会ってもいなかった。
そんな彼を覚醒させるきっかけは、高校時代に、ハッテンバがあることで有名な公園で野球と出会い、もともと茶道部に入ろうと思っていたが、飛び入りで野球部に入部。このとき周囲からは
「かわいそうに、ついに板東は気違いになったか。」
と憐れまれたものだが、メキメキと頭角を現してレギュラー入り、ついには甲子園へも出場する。そこで「ゆでたまごボール」を駆使し、延長18回引き分け再試合を投げきった。そして、その大会では、甲子園の奪三振記録をウッカリ樹立してしまうなど、周囲を驚かせた。
- なお、これは高校球界にとって忌々しい珍記録[2]であるため、後代に出現した松坂大輔やハンカチ王子などの正統派スターに記録打破の期待が託された。ところが、この2人でさえも破れなかったばかりか、投手の身体を保護するという動物愛護団体による規定改変に伴い、1試合での延長イニングが制限された為、今後のいかなるスターが現れようとも、記録の更新は絶望的となってしまう。
おかげで本人もこれには異常なほど自負心を強め、野球の話をする時や、酔ったときはそのことを延々とまくし立てるが誰も気にしてはいない。
彼は野球に感謝しているという、理由は、「野球と出会っていなければ、猟奇犯罪者になっていたから」とのことである。
[編集] 幻のプロ野球人生
高校卒業後、名古屋の野球チームに入れてもらう。ところが現役でありながら、野球よりもサイドビジネスで身を立てた、不思議な選手であった。
[編集] 引退後
プロとして、なんと10年間もプレーし、元プロとしてテレビでコメントしている。だが、プロであった事を知らない若い世代から、「タレントのくせに野球を語るな!、ゆでたまごでも食ってろ!」と自宅への電話で毎日まくし立てたられため、キレた末に禁則事項ですして、おとなしくさせた。
[編集] 武勇伝
- 観客に対し、唾をかけ、おもしろがったコーチにも真似させ、結局賠償金十万円を支払うことになった。
- 試合中にベラベラ喋りまくり、あまりの寒い話によってみんなの体調を悪化させた。
- ゆで卵をポケットに入れ持ち歩いており、ファンにサインを求められた際は、きちんと殻をむいて白身にサインを書いて渡す。
- 農家の方から送られた軽トラック一台分の卵を賞味期限内にすべて食べた記録があり、これに眼をつけたアメリカ人が「ゆでたまご大食い競争」を大会にするも、本人の記録にはかなうべくもなく、一部のプレイヤーからは神と崇められている。
- 本人いわく「カチンカチン」のやつが好き、何がカチンカチンかは、お察し下さい。。
- 最近は本人の頭がゆでたまごになってきている。
- 子供のころ、中国人の鶏小屋から卵を盗んですすり飲んだらしい、つまり卵自体を愛しているということ。
- 日本の卵消費量のうち、板東英二1人の消費だけで日本全体の1割を占める。