柴原洋

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柴原 洋(しばはら ひろし、1974年5月23日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手外野手)である。腰痛持ち。好物はピロシキ。

目次

[編集] プレイスタイル・特筆

4度の打率3割を記録する好打者であるが、好不調の波が大きいことが弱点。オールスターゲーム以降になると腰が爆発する。

定期的にいい場面でホームランを打つ。2008年の開幕戦で本人も驚くサヨナラ3ランを放った。今のところこれが最後の晴れ舞台である。

年俸に対する成績の割合(松中率)ではチームの中核を担っている。

[編集] 略歴

ドラフト3位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。当時の背番号は31。
ちなみにドラフト1位は井口忠仁、2位が松中信彦だった。また、下位では倉野信次岡本克道などが指名されておりダイエーとしては球団史に残る大成功ドラフトであった。
しかし誰もいなくなった。特に同期の2位の選手はどこに行ってしまったのかファンも心配している。
この年から小久保裕紀松中信彦城島健司とあわせ「ホークス四天王」と言われる。これは当時のホークスでの1億円プレイヤー4人を指したものでもある(北斗の4兄弟的なもの)。しかし最初の二人は誰だったか今では思い出せないファンも多い。
一人だけ小粒な雰囲気がするのはフロントとの枢密関係の賜物である。
2002年に引退した秋山幸二の永久欠番となる予定であった背番号1を何故か受け継ぐ。フロントとの枢密関係の賜物である。
この年から腰痛がレギュラー化。
3年連続となる開幕戦スタメン出場を果たすが、開幕から絶不調。故障で離脱していた多村仁村松有人の昇格に伴って一軍登録を抹消され、そのままレギュラーシーズンを終えた。監督に見限られつつある模様。しかし3度の優勝、2度の日本一を知る生え抜きの必要性は今後もチームに欠かせないものである。
でも年俸は貰いすぎである。

[編集] エピソード

  • 口が半開きであるとか、受け口であるとか指摘されることがあるが、実はそうではなく上あごが下あごより引っ込んでいるだけである。

[編集] 関連項目


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