柴原洋
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柴原 洋(しゔぁはら ひろし、1974年5月23日 - )は、福岡ソフトバンクホークス所属していた元プロ野球選手(外野手)である。腰痛持ちで、なぜか選手名鑑の写真はいつも髪がハネている。好物はピロシキとハッピーターン。通称鷹の必殺仕事人またはシヴァ神。
プレイスタイル・特筆[編集]
4度の打率3割を記録した好打者であり、俊足で守備も堅実であったが好不調の波が大きいことが弱点。オールスターゲーム以降になると腰が大ブレイクする。
身長1hyde+18cmと小柄な体格ながらも、定期的にいい場面でホームランを打つ神業の持ち主であるゆえ鷹の必殺仕事人またはシヴァ神とも呼ばれる。
またダイビングキャッチや外野フライを追っている途中に帽子が落ちるため、帽子にゴム紐をつけている。
イケメン揃いのホークスの中ではどこにでもいそうなやや地味めなルックスながらも、北九州を中心に熱烈なファンを大勢抱えている。
おそらくあの前歯とユルい風貌にゆるキャラ的な需要があると思われる。玄人をうならせるプレーも少なくない。
近年は代打で名前をコールされることにより、ファンにとってはお通夜ムードになったスタンドを盛り上がらせるカンフル剤として活躍している。
スタメンでの出番についてはお察し下さい。
略歴[編集]
- ドラフト3位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。当時の背番号は31。北九州高から九州共立大、福岡ダイエーと九州から離れられない
- ちなみにドラフト1位は井口忠仁、2位が松中信彦だった。また、下位では倉野信次、岡本克道などが指名されておりダイエーホークスとしては球団史に残る大成功ドラフトであった。
- しかしドラフト1位の人は、のちに喧嘩別れして武者修業のため渡米。お菓子屋さんに転職する道を選んでしまう。
- 一人だけ小粒な雰囲気がするのはフロントとの枢密関係の賜物である。
- 好守好打の恐怖の8番打者として3年ぶりのリーグ優勝、4年ぶりの日本一に貢献する。当時のベンチの4番田口昌徳捕手との会談は後々のフラグだったのかもしれない。
- 当時の親会社が貧乏を拗らせつつあった為、東京フレンドパークにて優勝旅行(近場の温泉)ゲットを試みる。その際温泉フェチである事実が露見する。
- 開幕戦で本人も驚くサヨナラ3ランを放った。ドミンゴが日本球界を去った今も野球ファンから名前を語り継がれるのは間違いなくこの試合での柴原のせいである。
- 以降「5番・ライト」でコンスタントに結果を残していたが、前半戦終盤に腰痛を悪化させ、9月9日まで二軍での調整を余儀なくされる。せっかくファン投票で選出されたオールスターゲームも出場を辞退し、多くのファンが涙をのんだ。
- 3年連続となる開幕戦スタメン出場を果たすが、開幕から24打席連続無安打を記録する絶不調(明太子味のチロルチョコが一役買ったとも言われている)。25打席目での初安打以降も不調の状態が続いた。
- 5月8日、故障で離脱していた多村仁、村松有人が昇格すると同時に結果を残せなかった柴原は一軍登録を抹消され、そのまま雁ノ巣でレギュラーシーズンを終える。オフにダイエットを決行。
- 首脳陣に見限られつつあったが、彼の(特に北九州の)ファンは必ずや不死鳥のごとく復活すると信じ、日々熱い大声援を送りつづける。
- でも年俸は貰いすぎだよね。
- また、この年の豪雨で愛車のポルシェを水没で失うという憂き目を見ている。
- 大きいボールでハッスルしすぎたせいでとうとう開幕戦スタメン出場を逃す。田口二軍コーチからベンチの4番の座を引き継ぐ傍ら、城島健司再来日を記念して行われた接待試合で猛打賞、金子千尋の完全試合をパアにするほどの本家の必殺仕事人またはシヴァ神を思わせる神業をアピール。
- 今ひとつ存在感の薄かった江川智晃のプチブレイク成功にも大きく貢献した。
- CSでは第4戦のみ後半代打で出場し、淡泊な攻撃が目立つ打線の中で、フルカウントから四球を選ぶなど非常に貴重な粘りを見せて風物詩破りに立ち向かった。
- しかし、柴原の粘りも空しくチームは7年連続で日本シリーズ出場を逃す。
- 4戦目に最初から出てれば日本シリーズに進出してた可能性はある。
- CSではチームに貢献した形となったが、シーズンの成績は2年連続で不本意なものに終わった。
- 年俸のスリム化を巡って編成部長の某K氏と大人気ない争いを繰り広げるが、心配したファンの「浜流しにされるぞ!!」などの熱い説得を受け、約半額の48%減で手を打った。
- 正月番組で熊本の道の駅を訪れるも、キャッチフレーズセンスの無さを披露し、かかんでもええ赤っ恥をかく。
- 巻き返しのため、ダイエットをおこなった前年とは180度方向転換して今度は体重の増量を決行。今年こそ復活の一年にかける。
- しかし、シーズン開始早々に雁ノ巣送り。その後も固いホークス外野陣に食い込むことは出来ず、シーズン終盤まで昇格を逃す
- 昇格後は代打と、消化試合でのスタメン起用。最後の一花を咲かさせようという秋山監督の粋な計らいであったが、結果を残すことは出来ず、シーズン1安打で終える。
- CSと日本シリーズでは出番がなく、シーズン終了後に引退を決断。今後は西日本スポーツの解説員、TBQの解説として第二の人生を歩むようである
- そんなわけで結局九州から出られないのであった
エピソード[編集]
- 現役時代の秋山監督の熱烈なファンであるため、放っておくと秋山語りが止まらず、うるさい。
- 口が半開きであるとか、受け口であるとか指摘されることがあるが、実はそうではなく上あごが下あごより引っ込んでいるだけである。
- ブログにて一人動物園見学参戦の様子を披露した。
- 自らを不人気キャラだと思いがちな自虐的な性格のせいか、CSでのファンよる大歓声に感動してブログを日に2度更新した。ファンの数に関しては某審判の2/3くらい自信を持てばいいのに。
- 北九州市民球場でおこなわれる試合で柴原の名前がコールされなかった場合、北九州の熱いファンが首脳陣に対し大ブーイングを起こす。
- 2010年オフにアオダモを植えて回る姿が北九州市内などで目撃された。
- 奥様は大学時代の野球部のマネージャーであり、その交際の様子は代々後輩マネージャー達に伝えられ、語り草になっている。
関連項目[編集]
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