森野将彦

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森野将彦キバヤシの まさひこ)は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手。趣味は寝ること。打席で1タコするたびに名字の画数が減って行き、「森田」「林野」「森日」などと言う名前に変化する。

[編集] 概要

入団後しばらくは泣かず飛ばずで、まるで下積み時代の長い芸人のようであった。というより本気で芸人を目指し、シュールな動きや爆転などを身に付け筋肉派お笑い芸人に転身しようとしていた。後々この芸は役に立つことになるが。

2004年マグマ大使・落合が監督になると目を付けられ、そのドSっぷりで色々調教される。休憩時間にバケツで水をかけられたり、熱湯をかけられたり、マグマをかけられたりと監督のリンチまがいのシゴキにあいながらも開眼。そのかいあって2006年には落合に「サード立浪?イラネ」と言わせるまでになり、見事サードのレギュラーポジションを獲得。立浪はベンチウォーマー兼代打に成り下がる。また、これがスタンディングウェーブ現象発生の契機とも言われる。

ラジコンが本職の人が完全試合を目指していたときには、プレッシャーから逃れられるようにとポロリをしたりとやさしい面ももつ。

2007年は、開幕直前にキレイなノリさんが割り込んできてサードを取られる。内心「あのブタめ」と思ったかどうかは定かではないが、ノリさんのきれいな心にサードをあきらめ、複数ポジションを守れると言う強みを生かしてなんとかレフトとしてレギュラーにはしがみつく。

この年は10年に一度の産卵期だったので3ランを量産して「3ラン王子」なんて呼ばれ、ブツブツが右肘手術と偽り、実はメジャー生活に向けての下見に渡米していた間のチームの穴を埋めた。この活躍でファンに「ブツブツ?誰それ?」と言わせるまでにチームの花形選手となった。ほかには7回裏の攻撃前に爆転占いをしたりと忙しい一年だった。

2008年は昨年守る事が多かったレフトに真正ドS落合が「ハゲた時計台・ビッグベン」こと和田一浩を呼び込んだことでまたもレギュラーの座が微妙に。次は、ここ数年規定打数到達者中打率最下位が指定席、打撃力の衰えに歯止めが効かない谷繁(やはん)の後釜、キャッチャーのポジションが有力視されている。

まさかのセンター起用になることもあるが。

[編集] ドアラ同一人物説

実は兄弟か?

目、鼻、口の各パーツが大きく似ているので、森野と中日ドラゴンズ公式マスコットのドアラは同一人物なのではないかとの噂がまことしやかに囁かれている。

だが同時に同じ場にいることもあるため、同一人物ではなく、実は双子兄弟親子クローンのどれかではなのではないかとの説が飛び出している。

昨今主流と化している説は、ナゴヤ球場時代には二匹いたドアラがナゴヤドームに移ってからは一匹になってしまっているため、実は片方のドアラは中日の選手となり、時おりもう片方のドアラと入れ替わりをしているのではないかというものである。森野がドラフト2位で中日に入団した1996年はナゴヤ球場最後の年であり、初出場した1997年はナゴヤドームの初年であることがこの説を裏付けている。

なおチーム内では「顔なら、堂上兄弟よりよっぽど似ている」と、兄弟説支持者が多いと言う。

本人からも明確な発言が無く、真実は未だ不明であり警察庁広域重要758号に指定されているが、やはり顔と下積み時代に身に付けた芸などの共通点から考えるに、DNAレベルで激しく似ている。因みにドアラが爆転に失敗するときは、森野の打線が爆発するらしい。

[編集] 関連項目

  • - 前選手会長・井上一樹が森野に付けた座右の銘?森野のバットが槍のように太く、長く、鋭いことが由来。たまげたなあ。
  • 掛布雅之 - 「あの~ですねぇ~ 森野くんは非常にイイ(゚∀゚)!!選手だと思いますねぇ~ ハィ~」(例によってクラックをきめていたと思われる)
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