森長可

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「森長可」の項目を執筆しています。
「鬼武蔵なら何をやっても仕方ない」
~ 森長可の関所潰し について、織田信長
「鬼武蔵なら何をやっても仕方ない」
~ 森長可の京馬揃えにおける狼藉 について、織田信長
在りし日の鬼武蔵こと森長可。

森 長可(もり ながよし 1558年 - 1584年)とは、16世紀に活躍した気違い戦国武将。通称鬼武蔵

目次

[編集] 生涯

[編集] 幼少期編

美濃国出身。織田信長の家臣、森可成の次男としてこの世に生を受ける。幼名は勝蔵。美濃と近江のゴロツキや流れ者を寄せ集めて結成された森軍団に囲まれてスクスクと育った勝蔵は、ジャイアンもびっくりするような傍若無人な子供に育っていく。だが、比較的家を留守にする事が多かった可成はそんな事も知らずに戦に明け暮れていた。

しかし、13歳の時に可成と兄の森可隆が二人ともバタバタと死んだ為に家督を相続する羽目となる。ぶっちゃけ美濃の森家ではまさか勝蔵が家督を相続する事になるとは思っておらず、油断していた為に色々と教育不足のまま戦国社会の荒波へと放り込まれる事となる。

[編集] 戦国デビュー編

早く戦に出て人をSATUGAIしたくてウズウズしていた勝蔵は、毎年のお年玉をコツコツと溜めて買った凄まじい切れ味の十文字槍「人間無骨」を携えて、1573年の長島一向一揆討伐で初陣に出る。そこで勝蔵は織田信忠の「向こう岸の一揆マジ邪魔くせぇ…」という独り言を聞くと、そこら辺の船を盗んで漕ぎ出し「汚物は消毒だ~!」とたった一人で怒鳴りながら目に付く一揆の人たちに無差別に襲い掛かり、その場で27人をSATUGAIするという衝撃のデビューを飾る。 また、このデビュー戦によって長可を小僧と舐めきって飴玉をあげるなどしていた可成時代の老臣たちも、その実力を認めてちゃんと様付けで呼んでくれるようになったという。

[編集] 信忠軍団編

その後に「長可」と名を改め信忠の傍にに常に付けられると、自分が一応は一軍を預かる身であるという事も忘れ、人をSATUGAIする為に真っ先に敵に襲い掛かり、後から家臣が慌てて付いてくるという新時代の戦術で次々と功績を挙げる。流石の信長も自重するよう薦める程の猪武者ぶりであったという(ただし信長の忠告は全て無視)。

また、味方であっても邪魔する奴はSATUGAIの対象である。関所では「信長様の命令でここは通せません」だのウダウダ言ってる門番を槍で突き殺し門に放火しして無理やり押し通ったり、橋を渡るときにも「信長様のry」とごちゃごちゃとやかましい番人を槍で突き殺し川に投げ捨てて勝手に渡るなど、やりたい放題にも程がある手に負えない有様であった。

しかし注意すべき立場であるはずの信長はといえば、長可の弟である森蘭丸の尻の魅力でメロメロであり、「長可のする事だししゃーない」などとやる気の無いセリフばかりで、一度もまともに処分を下す事が無かった。当然他の家臣とも揉めるのだが、腕っ節もそれなりに強いし、何より瞬間湯沸かし器並にすぐに沸騰するので面倒な存在であり、あえて喧嘩を売ろうという人間も居なかった。信長家中ではdqsKICHIGAIとして通っていた。

[編集] 武田攻め編

「かがみん」と呼んではいけない。鬼兵庫である。

武田家をひねり潰すべく兵を出す事にした信長から、1582年の3月に武田攻めの先鋒に任命される。 信長としては「ま、もしダメでも控えもいっぱい居るし、武田攻めは若手起用でいくよ」ぐらいの心構えでの任命であったが、この歳になってもSATUGAIをしたくてしたくて仕方ない長可はもの凄い勢いで武田領をレイプし始め、「ちょw罠なんじゃないの?」と信長も勘ぐるぐらいあっさりと落城させていく。

そうこうするうちについに武田領の生命線である高遠城までたどり着いた長可は、信長の「城攻め、ちょっと待ってね☆」という命令を完全に無視して鉄砲を撃つなど、ここでもやはりやりたい放題であったという。しかし、高遠城の守備兵もそれなりに頑張っており、信忠の本隊やら色々合流して人数が揃うまで城は持ちこたえていた。そしてついにやってきた運命の高遠城総攻撃の日。他の部隊が張り切って城攻めする中で、長可の部隊は…サボっていた。

そんな時、森家の家老である各務元正は、こっそりと高遠城三の丸の様子を偵察に行った際、背中に九尺(2m70cm)もあるとてつもなく長い指物を指していた為、それが木に引っかかってすっ転び三の丸内部に転落してしまう。これで死んだかと思われた元正であったが、ヤケクソになって周りの高遠城兵を無差別に殺す無双リーサルウェポンと化し数多の敵兵をSATSUGAIした。こうして混乱し始めた三の丸に信忠は総攻撃を掛ける。

そんな中、「そうだ、いいこと思いついた」と長可は急に三の丸屋敷の屋上に上がり、屋根瓦を投げ捨てて屋根を叩き壊し、その隙間に銃を差し込むと中にウジャウジャといる城兵やその家族である女子供老人に狙いを定めた。

「おい、お前らもやれ。シューティングゲームの始まりだ。士は5点。小姓は3点。女は1点。老人はハズレな」

そう言うとニヤニヤ笑いながら反撃不能の城内へと銃を乱射しはじめた。森家の武将達も基本的にゴロツキなので、「さっすが武蔵さん、最高のショーだぜ、ヒャッハー!!!」とか言いながら真似をして屋根から銃を差し込み、城内の人間を的に見立てた射的大会を開催する。これで三の丸内部は見るも無残な血の海地獄となったが、森家の人間はどうとも思わず当主含めて自分たちの得点を計算しているだけであった。

さらに、よく考えたら高所でとてもいい位置取りだったので、三の丸の屋根の上からシューティング第2ステージを始め、必死に白兵戦で頑張る信忠軍の他の人間を尻目に手柄を横取りしまくり大層恨まれたが、森家の人間は相変わらず点数の集計に忙しく全く取り合わなかった。

そんなこんなで暴れるうちにいつの間にか武田家はMETSUBOUしており、若手を起用したら後詰めを出さずにそのまま片付いてしまって、信長は大層ご満悦であった。

信長「よーし信長、頑張った鬼武蔵に北信濃全部あげちゃう!あ、お蘭には武蔵が居た金山城そのままあげるからね。」

[編集] 越後乱入編

命令違反を叱る事もすっかり忘れて褒めっぱなしの信長により、ついに5万石から20万石の大名格へと成長した長可。信長の家臣において20代の武将では最大の所領を得るまでとなった。蘭丸は長可の旧領5万石を得た直後に謎の1万石を加増され、森家の所領は合わせて26万石となり、丹羽長秀池田恒興というあたりの重臣より領土が広くなるなどまさに絶好調であった。

このように信濃に所領を得た長可であったが、そこで待っていたのは国人一揆の嵐であった。 しかしながら、一揆鎮圧の名目でSATUGAI出来ると気づいた長可はかえってテンションが上がり、8000人の一揆勢に3000人で突撃して壊走させる。更に、逃げ惑う一揆勢を馬で追い回して、8000人の内2400人をNADEGIRIにするなど豪快な挨拶をして、武田旧臣や上杉景勝からの刺客を恐怖で黙らせ無理やり統治を開始する。さらに領内の国人を恫喝して人質をかき集め海津城に集合させるなど、この頃になるとそれなりに悪知恵も働くようになっていた。

とりあえず信濃の国人が大人しくなったので、越後に突入して上杉景勝に佐々成政との連携嫌がらせプレイを食らわせると、ついでに越後の町でも略奪した後に放火して更地にして周るなど、相変わらずやりたい放題であった。しかし、ここである事件が起こる。本能寺の変である。

[編集] 信濃撤退編

本能寺で信長が死んだという知らせを聞いた長可は、流石に空気を呼んで信濃に引っ込む。信長が死んだと聞いてテンションの上がった反織田国衆が各地で暴れ始めていた。ここ信濃も例外では無く、日頃の恨みを晴らす為に動き始めた信濃国人達が長可の帰りを三つ指付いてお出迎えする。しかしながら、自分が嫌われ者である事など百も承知で生きてきた長可は役割というものをよく心得ており、海津城から数千人の人質を出すとそれを盾にしながら撤退を始める。

長可「もう少し南まで行ったら人質開放するから、うん。だからさ、待ってて」

信濃国衆「さぁ、もう南まで来たぞ。さっさと開放しろ」

長可「うるせー馬鹿、皆殺しに決まってんだろ。首だけ返してやるよ」

当然の如く約束を反故にすると、人質を一人残らず始末し、信濃国衆が唖然とするうちにさっさと北信濃から離脱する。だが、木曽福島城の木曽義昌も味方のふりをしつつ長可の命を密かに狙っていた。そこで長可は「○日にあなたのお城へ行きます」という手紙を送って、あえて迂回したりせずに一日早く堂々と義昌の城へと行くという手段を取る。

門は固く閉ざされていたが、気にせずに攻城用の装備でブチ壊して真夜中の城内にズカズカと上がりこみ、「今夜は涼しいからつい早く来ちゃった☆」などと言って勝手にくつろぎ始めた。さらに、どさくさに紛れて家臣に義昌の息子を連れて越させ、「おお、なんと聡明そうなお子。いきなりだけどこの子は俺の養子にしようか」などと無茶苦茶な事を言いながら厳重に縄で縛って人質にしてしまう。

その後は人質を盾にしながら進軍し、義昌が「息子が!息子が死んじゃうから手を出さないで!」と泣き付くので誰も手出しが出来ずにいるうちに、ついに美濃まで辿りつくと、とたんに態度を豹変させ「いやぁ、やっぱ養子とかいらんわ。さっさと歩いて帰れよ糞ガキ」と人質を大井宿に捨てて、さっさとかつての自領である金山へと帰っていった。

[編集] 東美濃動乱編

どうにか安全っぽい美濃まで帰ってきたが、実は美濃も相当マズい状況であり、気づけば周りには敵しかおらず、全く安全では無かった。 なので「よし、潰す。」と長可は決意し、問答無用で近くの城から攻め始め、一ヶ月で6つぐらい城を落とす。弟の葬式の日も弔問客に挨拶しながら城を攻め続けた。

しばらくすると、「拙者、信長様の家臣では在り申したが馬鹿息子に仕える義理は御座らん(キリッ)」といとも簡単に信孝を見捨ててしまう。その後は秀吉に付き、信孝に従う元同僚の城を襲い始め、遠藤慶隆らを降伏させている。

わずか1年足らずで10以上の城を攻め落とし、周りに逆らう人間は誰も居なくなっていた。

[編集] 小牧・長久手編

秀吉が家康を攻める際に「遠江と駿河をやるから俺に味方しろよ」と言われたが、「甲斐もよこせよ」と散々厚かましい駄々をこねる。しかし結局その主張は軽く流され、遠江駿河の2ヶ国を貰う約束で折れて渋々秀吉に味方する。さらに姉婿の関長安と遠藤慶隆を引き連れて尾張に出撃すると、現地の神社の蛇神を殺して生で食うなどの奇行をし、早速周りの人間の度肝を抜く。

その後、家康が小牧山に現れたという報を聞くと、いつも通りSATUGAIしたくて堪らなくなったので勝手に出撃するが、尾張の人たちに動きをチクられもの凄い勢いでフルボッコにされてしまう。 地味に人生で初めての負戦だった為に、流石にショックを隠しきれず、挨拶しなかっただけで蒲生氏郷に喧嘩を売るなんて八つ当たりをするなどいつも以上にDQN丸出しの行動を取るようになる。

後日、三河中入り作戦で家康の岡崎城を目指している時に家康部隊に追いつかれ戦闘になる。今まで職務を誠実に全うしただけなのに殺された門番達、虐殺された非戦闘員や人質達の無念の怨霊によって愛馬・百段をぬかるみに沈められてしまい、動けなくなった所をひこにゃんの鉄砲隊にシューティングゲームの的にされて、長可は射殺された。 直後脱出した百段・レクイエムのスタンド攻撃により首は守られる

戦国でも稀に見るDQNの死に、家康側はもちろん秀吉側も大喜びで赤飯を炊き大宴会を催したと言う。敵味方からその死を喜ばれた武将は、他に例がない。しかし、これこそ鬼武蔵にふさわしい手向けである。

[編集] 十王裁判編

転生を果たした長可。人に迷惑な点に何ら変わりは無い

死んだ後も往生際悪く現世をさまよい、関ヶ原の戦いでひこにゃんに鉄砲玉が当たるまで金縛りに合わせるなど、まさに悪霊そのものであったが、次第に戦が減っていく世の中に飽き、あの世へと旅立つ。が、当然の如く閻魔の法廷では悪い事ばかりが映し出され、即決で無間地獄行きを宣告されてしまう。

そのまま地獄へと連行されるが、よく考えれば自分も生前に「鬼」だった事を思い出し、隣に居た赤鬼をデンプシーロールでKOすると、青鬼を一本背負いからの横四方固めで失神させ、地獄から逃走を図る。そして地獄内部の転生の門の門番をSATUGAIし勝手に通り抜けて現世へと帰り着く。

最初はピロリ菌や大腸菌や悪玉コレステロールなど、数が膨大でかつ寿命の短くて迷惑な生物へと転生を繰り返して地獄の役人の目を混乱させると、ミジンコやアオミドロと少しづつ等級を上げていき20世紀にはついに人間へと帰り咲いたという。

[編集] 人物

  • 上記の経歴は9割方事実で出来ている。なので本来ならばウィキペディアに書かれるべき記事である。しかしウィキペディアに事実をありのまま掲載しても、常識的に考えてありえないことばかりなので、オフィシャルに「要出典」印の嵐をお見舞いされた挙句、削除再編集で大人しい文章にされてしまう。アンサイクロペディアに事実をありのまま掲載しても、2ちゃんねるネタ扱いされる始末である。
  • っていうか戦国時代のルーデルみたいなもんである。
  • 間違いなく20歳までに40人、死ぬまでに100人は自分の手でSATUGAIしているシリアルキラーである。
  • 門番キラーとして恐れられており、長可が通行する際は職務を取って死ぬか、見てみぬふりをして職務怠慢で上司に処罰されるかの二択を迫られる事になる。
  • 野武士真っ青の乱暴狼藉の限りをつくした武将だが、部隊長としては優秀であった。※但しDQN部隊に限る。
  • スッポンの妖怪と戦った伝説が残るがダサいのでちっとも知られていない。
  • 這坂や物狂坂や鉄砲池など聞くからに物々しい地名を後世へといくつも残した。
  • 森一族ではあったが信長に尻を捧げる係ではなかった。こんな気の利かない小姓は不要である。
  • 戦国DQN四天王東の鬼武蔵」とは彼の事である。四天王で一番早く死んだがインパクトなら劣らないという事での選出と相成った。
  • 馬型のスタンドを扱う(百段)銃で撃たれ死亡したあとレクイエムの発現により彼の首は守られる
  • 鋼の胃袋の持ち主であり、「寄生虫も胃酸でジェノサイドできる」という理由で生肉を平気で口の中へと放り込んでしまう癖があった。

[編集] 愉快な家臣達

各務元正
新ジャンル:ドジっ子猛将。鬼兵庫。数々の死線を潜り抜けた漢であるが小牧・長久手では何故か留守番を命じられる。
林通安
享年100歳超えも噂されるスーパージジイ。可成どころかその父の代から仕えている模様。小牧・長久手では何故か留守番を命じられる。
林為忠
通安の息子。後年、弟の忠政が九州征伐をサボった時に代理で出るなど戦上手であったが小牧・長久手ではry
伴惟安
甲賀忍者の名家出身の男。情報収集から戦の指揮もやれる便利な忍者。忠政を岐阜城から盗み出す。でも小牧・長久手ry
安田国継
作兵衛。本能寺で蘭丸を討ち取った張本人だが何故か召集されいつの間にか家臣に。ついでに小牧ry。長可死後に行方をくらます。