権兵衛さんの赤ちゃん

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権兵衛さんの赤ちゃん (ごんべえさんのあかちゃん) とはリパブリック賛歌のメロディを用いて歌われる替え歌である。

概要[編集]

この曲のメロディは元々は讃美歌だか消防団の応援歌だかなんだかよくわかっておらず、最終的にリパブリック賛歌として広く知られるようになった曲である。リパブリック賛歌とはアメリカ南北戦争における北軍の軍歌の中で最も有名な曲として知られる。もう一度言う、この曲は元はあの物騒なアメリカ人が作った軍歌なのである。歌詞の内容は語弊を恐れずに書くと「進撃して敵を殺せ!」「神様万歳!」という二点に集約できる。さすがアメリカ、実に物騒なものである。まあ粗野で物騒なアメリカ人が作った物騒な歌詞の歌ではあるが、穏やかで美しいメロディは世界中の人達に愛されており、現在でも世界一凶暴と言われるマンチェスター・ユナイテッドのフーリガンどものチャントやその凶暴なイギリス人達に爆弾を仕掛けて吹き飛ばすジャガイモ野郎どもの爆弾テロ組織IRAの軍歌、マジ切れしたケニア人が白人に反乱を起こすときの合唱などに広く用いられたという。やっぱり物騒な連中ばかりが歌ってる物騒な歌じゃないか。

だがそんな事はどうでもいい

このメロディの歌詞で日本において最も知られるものは元祖リパブリック賛歌ではない。この曲はもちろん日本にも伝来した。戦前は「お玉じゃくしは蛙の子」などの主に別の歌詞で歌われていたのだが、戦後になって突如以下の歌詞が広く知られることになる。

権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた

権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた

権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた

そこで慌てて湿布した

この曲は誰が作詞したのか、一切判明していない。判明していないのである。判明していないにも関わらず、キャンプソングや幼児教育での教育(幼稚園や保育園でのお遊戯の時間)に広く使われている。それだけではない。義務教育における音楽教科書にも採用されている。日本国の国営放送であるNHK教育の子供向け音楽番組にも頻繁に登場する。国家によって教育の場で使われるという事は教育上極めて良い歌かというとそんな事はない。むしろ全般的に意味不明な歌詞である。まず権兵衛さんって誰だよという事すらわかっていない。「権兵衛」とは律令制における兵衛府の権官、つまり天皇の親衛隊の補佐官という意味である。適度に下っ端の官職(親衛隊のくせにトップである兵衛督ですらギリギリ殿上人である従五位上であり、兵衛督には権官が無いため、次官の兵衛佐に付けられた権官であり、最高でも正六位より下の下級役人である)である上に軍事関係の役職であったため、武士達がこぞって自称しまくった挙句ついに農民まで多用しだして百姓の代名詞にもなった名前である。意味が分からない。結局のところ、権兵衛さんは赤ちゃんが居るという事以外何もわからない謎の人物なのだ。その上、幼児の風邪に湿布という対応も大いに間違えている。風邪には抗炎症薬や漢方薬を用いられることももちろんあるが、基本的には十分な安静と栄養が正しい治療法とされる。湿布も炎症を抑える治療法であるが、風邪にはあまり使われることはないだろう。もちろん幼児の場合、風邪が重症化する危険性も高いので医師の診察を受けるべきであるのに大慌てした結果、湿布一枚貼ってハイ終わりというのはどう考えてもおかしい。そう、この歌は歌詞に謎しかない、しかし教育に利用されるという非常に奇妙で不可思議な歌なのである。

謎解き[編集]

「権兵衛」には名前や官職以外にもう一つ頻繁に使われる用法がある。そう、「誰だかわからない」を意味する「名無しの権兵衛」である。つまりこの赤ちゃんは「父親がわからない子供」という事ではないだろうか。ヒトのような有性生殖を行う生物は必ず雄と雌の二つの性が関係してくるわけで、この場合赤ちゃんには父親である「(名無しの)権兵衛さん」以外に歌詞には登場しない母親が存在するはずである。そう、この歌詞の視点は権兵衛さんでも無ければ赤ちゃんでもなく赤ちゃんの母親である女性の視点なのである。では配偶者の母親にもわからない名無しの権兵衛が父親というのはどういう事だろうか?死別や離婚という事は考えられない。彼がどのような死に方をしたとしてもどのような別れ方をしたとしても彼女が配偶者の事がわからないはずは無い。つまり彼女は配偶者と別れていて、配偶者の顔を知らず、配偶者との間に子を成しているのである。このようなパターンが普通は存在するだろうか?そう、2パターン存在するのだ。1つは彼女が売春などで不特定多数の男性と関係を持ったうえで妊娠した場合であり、もう1つは集団から輪姦された場合である。どちらにしろ極めて不幸なケースの妊娠であり、そこで彼女は堕胎という選択をしなかった、もしくはできなかったという事がわかる。そのうえで出産し、立派に赤ちゃんを育てているのである。実に立派な母親ではないか。非常に残念なことにこの記事の初版執筆者は男性なので母の偉大な愛とかそういうオンナノコの気持ちはよくわからねえが、厳しい環境の中で彼女は精一杯頑張って赤ちゃんを育てていたのだ。

さて、この考察を元に展開していくと湿布についても一定の理解ができる。彼女は収入に乏しい母子家庭であることがわかる。もし偉大な母親の彼女がある程度のお金を持っているのなら迷わず赤ちゃんを医者に連れて行ったであろう。しかし彼女が湿布というある意味乱暴な治療しかしなかったという事は医者にかかる事が出来ないほど経済的に困窮していたことがわかる。日本において母子及び寡婦福祉法は昭和39年、国民皆保険体制は昭和36年である。つまり彼女と乳幼児である赤ちゃんは戦後の混乱期の人物であると考えられるのだ。さて、この湿布という治療が効を奏したのかどうかは誰にもわからない。彼女と赤ちゃんのその後はどこにも歌われていないからだ。だがこの時代のデータを見れば、賢明な読者の諸君にはその末路がおわかりになられるであろう。昭和35年の乳児死亡率は39.8%であり、そのうち25%が「風邪をこじらす」の代名詞でもある肺炎によるものである

そう、この歌は不幸な母子の事を歌った歌なのである。そうであるならばこの歌が教育に用いられる理由もわかるだろう。高度経済成長バブル景気ゆとり世代ゆっくり進む日本の中で、かつてあった悲劇を忘れないように子供達に伝え続けていくためである。もっとも重要な歌詞の意味が誰にもわからないようであるのならばまったく意味は無いが。