横井軍平

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横井 軍平(よこい ぐんぺい、1941年9月10日 - 1997年10月4日)とは、数々の任天堂兵器を開発した孤高の天才科学者である。通称「マッドサイエンティスト」。後継者は宮本茂

人物[編集]

戦時下の京都に生まれる、生家は裕福な木材商だった。長じて京都市内の名門校に入学するも素行が悪く、ストリートファイトに明け暮れる荒れた日々を送る。そこを同郷の博徒山内溥に拾われ、任侠集団任天堂に加わることとなる。当初はハジキの整備をするだけの下っ端仕事を任されるに過ぎなかったという。

しかし暇な仕事に退屈した余りに、そこらの廃材で仕込み腕を作った事によりその恐るべき才能が開花し始める。ルービックキューブをベースに開発されたテンビリオン式暗号機では「作ったはいいが解き方が分からない」などそのマッドぶりを遺憾なく発揮、山内の片腕として徐々に存在感を強めていく。

ある時山内の出入りに付き合わされた横井は、かじめの山からヨードチンキが作られるという話をしている内に、「ならば小型液晶パネルからは携帯可能な兵器が造れるのでは?」とのアイデアに到達、世界初の可搬式電子兵器「ゲームアンドウォッチ」を完成させる。高いステルス能力と携帯性を併せ持つゲームアンドウォッチは兵器概念に革命を起こし、任天堂を一躍軍需産業界のトップ企業へと押し上げることとなった。しかしその一方で横井は『死の商人』や『殺人博士』などと綽名され、激しい指弾を受ける。これによりノイローゼになった横井は表舞台からは姿を消し、裏から任天堂の殺戮兵器開発を指導することとなる。

弟子の宮本に些事を任せながらも、ファミリーコンピュータゲームボーイなど、任天堂の最強兵器群の影に暗躍する天才として世界軍需産業界で凶名を轟かせた。しかし余りに先鋭的過ぎたその頭脳は「闇夜の紅い蜃気楼」と言われたバーチャルボーイなどの珍兵器も生み出しており、評価は毀誉褒貶が激しい。

その後任天堂を離れ、より自由な兵器開発を行なう為に旅に出るも、僅か一年後に命を落とす。知らせを受けた山内は内容を聞く前に「ああ横井が死んだ」と悟ったという。

若手組員を支援した影のドンでもあり、その影響力の大きさから「横井学校」との異名をとっていた。サムス・アラン、マルス、ピットなどは皆戦闘技術を横井学校で学び、スマブラ戦線などで現在も先陣を切って戦っている。

横井学校[編集]

横井学校の秘伝中の秘伝とされるのが枯れ端技術の水平紙行である。これは紙ぺら一枚の切れ端があれば、それを水平に引くだけであらゆるものを切断できるという幻の秘技であり、会得したものは十年前の旧式で最新兵器を翻弄できるとまで言われている。基礎の動きをマスターするだけで攻撃力は少なくとも120%向上、一撃必殺の技量も63%増加し、容易にやられる事はまずなくなる。

任天堂の歴代兵器にはこの秘技を最大限に生かせるカスタマイズが施されており、一騎当千の強者達が世界を恐怖のどん底に陥れた。現組長の岩田聡も水平紙行の強力な使い手であり、ニンテンドーDS一機あれば5機のPSPを瞬殺できると噂されている。

電子世界の国家のある州では、枯れた名無しの水平思考という名前の人が大半を占める。これは枯れ端技術の水平紙行の訳語であり、VIP語を国語とする国が元の言葉を訳した結果、この言葉が生まれたと考えられる。その言葉の意味に感動したNEET国民がこぞってその言葉を名乗るようになったと言われる。不思議な事に技術が名無しになったことについてはお察しください

語録[編集]

「売れない豚はただの豚だ。豚小屋へ行け」
「作戦は奇をもって良しとすべし」
「弓矢だ手榴弾だといっても所詮は小手先の改良です。ワープ航法ぐらいにならないと飛び道具が変わるとは言えないんじゃないですか」
「戦いは数だよ」
「恥ずかしながら、生き永らえて帰って参りました」

横井を扱った作品[編集]

小説[編集]

  • 「ザ・ブラックゴースト」(大藪春彦)
  • 「任天堂血風録」(司馬遼太郎
  • 「殺戮天使 ヨコイちゃん」(おかゆまさき)

ゲーム[編集]

  • 「GUNPEI」 - 横井を主人公としたRPG。

出典[編集]

「液晶王国の勃興」(民明書房 1982)
「ポケットの中の戦争」(国書刊行会 1990)
「世界の駄っ作機 電子兵器篇」(大日本絵画 2001)
「電脳兵装の煌めき」(新紀元社 1994)
「まぼろしの市街戦」(田宮模型 1997)
「フロントラインの崩壊〜会話する兵器達」(時代出版 2006)