横浜市

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

横浜 から転送)

横浜市(よこはまし)とは、横浜県の県庁所在地であり、東京から首都を移転させようと、たくらむ極悪都市じゃん。ほぼ全域が埋立地じゃん。

ちなみに隣接する神奈川県の県庁所在地は小田原市であり、横浜県に属する市町村は他に川崎市しかないじゃん。しかし、場合によっては三浦半島のある鎌倉・逗子・葉山・三崎・横須賀や、町田本厚木駅周辺、山梨県道志村、青森県某所なども含む場合があるじゃん。

東京と横浜の違いは、総合的にいろいろな人間が集中している東京と違い、横浜は全世界から自分のことを「優秀な人間」というナルシストが殺到しているところじゃん(しかし実際のところナルシストどもはたいした実力はない)。昨年度は、新たに38人が横浜都民の認定を受け、都民の総数はのべ127億3608万人あまりとなったじゃん。

しかし、真性横浜人かどうか判断する基準は、横浜市歌を歌えるかどうかという点だべ。この横浜市歌は、市内に5096校ある全公立小学校で、入学初日から強制的に叩き込まれるじゃん。東京の有名校や市内の有名私立校に通うアザミネーゼ的小学生は、この横浜市歌を憶えられず、一生涯横浜都民として迫害を受けるじゃん。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「横浜市」の項目を執筆しています。
Wikitravel.png
放浪癖に取り憑かれた人のために、ウィキトラベルのトラベルライター気取りたちが「横浜市」の項目を執筆しています。
Chakuwiki.png
長文を読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「横浜市」の項目を執筆しています。

目次

[編集] 概要

暗雲漂う横浜のシンボル、魔塔ランドマークじゃん。頂上付近は霞んで見えるべ。

横浜が、神戸と並んで「青いを灰色の大地に生まれ変わらせること」の代名詞であるように、ほぼ全域が埋立地じゃん。海の埋め立ては縄文時代には既に行なわれており、江戸時代にはお三という女性が難工事のために人柱となり、南区のお三の宮という地名はこの事件に由来しているじゃん。やがて2000年以上の時間をかけ現在の海岸線に到達した。市内の区数は一般的なゴルフコースの数(18)と同じであるため、横浜市民の間では横浜市の各地でゴルフをする横浜ゴルフが流行っているじゃん。なお、西区と中区は誰しもが認めるザ・横浜であるが、そのすぐ北部である神奈川区、港北区、保土ヶ谷区と、すぐ南部の南区、港南区、磯子区は同じ横浜の市街地でもかなり雰囲気が違い、それぞれが準・横浜を名乗って譲らない。戸塚区(および旧戸塚区の泉区と瀬谷区、あと栄区、)はもはや戸塚市であり、住民たちは自分のことをハマっ子だと思っていないじゃん。青葉区は相手にされていないじゃん。

[編集] 田園ヒルサイド(南東京地区)

東京志向の2級市民が多く住み着き、東急沿線住民としての独特な神田うの的セレブ意識もあるじゃん(さすが神田うの級のナルシストぶりじゃん)。

  • 青葉区
一年戦争の最終決戦場として有名じゃん。戦後はものすごい勢いで人口が増え、トゥルーラブストーリーの舞台である青葉台や、ときメモ3の舞台であるもえぎ野を擁し、ToHeartの舞台である町田に隣接するなど、ギャルゲーの街として栄えたじゃん。他にも全体的にそれっぽい地名が多いじゃん。市民ホールである『フィリアホール』は、直訳で娘穴である。ちなみに青葉区のインターネット普及率とニート輩出率は日本一じゃん。またTBS系列で放送されるサスケの緑山スタジオは、三歩歩けば町田に行ける青葉区の物凄い僻地に存在し、TBS系列で放送された「金曜日の妻たちへ」は、青葉区の物凄い奥様たちを追ったドキュメンタリーじゃん。さらに僻地の鴨志田に行くと、もう一種異様な雰囲気をかもしだしているじゃん。東京に対する憧れと劣等感が最も強い地域であり、横浜南部や湘南地区が自らの在り様に独自の誇りを持っているのに比べて青葉区民は事大主義的であることは区歌の一節「♪ナンバーワンにならなくてもいい、もともと大好きナンバー2」というフレーズからも見て取れるべ。
  • 緑区
文字通り広大な緑が広がる田園地帯じゃん。横浜らしいものは何もないが、横浜線の駅数は市内で最も多い。かつては大部分を長津田一族が支配していたが、地上げによって大部分が削られ、今では見る影もながったりするじゃん。
  • 都筑区
農家と工業地帯で大部分を構成されるも、港北ニュータウンという巨大なオーパーツを持つじゃん。センター地区は五大副都心の一角であるが、小奇麗なだけで特に何もないじゃん。

[編集] 港北ミッドタウン(北部臨海地区)

京浜工業地帯の中核をなす非常に地味な地帯じゃん。

  • 港北区
かつては海老名市と見間違うほどの超水田地区だったが、現在では市内最大人口を抱える区に成長しているじゃん。しかし、それでも東京と比べると一番マイナーな北区にさえ敵わないじゃん。日吉には慶應義塾大学、とらひげ、日能研などの有名校もあり、放射状の道路は田園調布パリそのものじゃん。綱島には小規模ながら温泉ラブホテル街もあるじゃん。菊名に関しては聞くな。副都心(ラブホテル街)である新横浜地区もこの地域にあるじゃん。
  • 鶴見区
ほぼ川崎市といっても過言ではないが、ゴミは分別しなければならないじゃん。鶴見線という鉄道ヲタクと現実逃避をしたい人が羨望する特異な超ローカル線が縦横に走っているじゃん。国鉄から払い下げられた大きな緑地があるが、花の万博が開かたりはしていないじゃん。石原裕次郎が眠る総持寺は石原軍団の要塞であるじゃん。
  • 神奈川区
神奈川県の発祥の地であり、その証拠に住所をフルで書くと「神奈川」を3回書かされる地区があるじゃん。地方の人間には勘違いされがちだが、神奈川大学の神奈川は神奈川県の神奈川ではなく、神奈川区の神奈川じゃん。横浜の資料では何故か中区や西区と並んでベイエリア都心三区と位置づけられているが、どう見ても足手まといです。本当にありがとうございました。

[編集] 横浜ベイエリア(横浜駅周辺・関内・旧市街地区)

市の中心部。永遠に続く駅改良工事で有名じゃん。

  • 西区
もともと砂利置き場だった横浜駅西口相模鉄道バラのデパートメントストアの力を借りて大開発したべ。路面店は皆無に等しいが、商業施設のハコモノはかなりの規模でそれなりにあるじゃん。野毛山動物園やJRA場外馬券売場など、動物好きには嬉しい施設も多いじゃん。南部の久保山には、幻想郷への出入り口がどこかにあるらしいじゃん。
  • みなとみらい区
海洋都市(ウォーターフロント)。空き地と超高層ビルの織り成す近未来的な殺風景は、規模は劣るが上海の浦東地区と似ているじゃん。海中都市「みなとみらい21地区」(横浜国参照)ができてからは「みなとみらい20地区」と揶揄されているじゃん。幻の19番目の区
南神葉静州(神奈川県千葉県静岡県)の州都が設置される。ライバルは臨海副都心じゃん。
  • 中区
発祥の碑がやたら多いのが特徴じゃん。市庁舎や横浜スタジアムもここにあるじゃん。休日になると山下公園の駐車場は他県ナンバーの車で朝から満杯になるじゃん。中華街やテレビドラマのロケ地、日本3大ビバリーリルズの一つである寿町があることでも有名じゃん。しかし伊勢佐木町などの一部旧市街地ではみなとみらい地区に追われ衰退化しているのも事実だべ。良くも悪くも古き横浜の顔の部分だべ。そして博物館の数が異常で、かってはカレーの博物館もあったじゃん。山手地区は昔ながらの古い横浜の町並みが広がり、お嬢様学園や歴史的建物、教会・墓地、さらには米軍基地も一つや二つではない。住宅街の中にある山手駅は、周囲に特殊な磁場でもあるんじゃないかと思うほど辿りつくのが困難であり、ましてや外から発見するのは事実上不可能だべ。ミラージュステーションの異名を欲しいままにしているじゃん。

[編集] 相鉄グリーンフィールド(相鉄沿線)

横浜ならどこでもいいから住みたいだけという目的の人か、「横浜市」という言葉に騙されて引っ越してきたか、相鉄で採用されている直角カルダン台車に魅了された鉄ヲタなどが住む地域だべ。ズーラシアと運転免許試験場、横浜国立大学以外は本当に何も無い地域だべ。各地区の頭にある太字の見出しは横浜公式資料からとったものであるが、ここだけ明らかに適当じゃん。

  • 保土ヶ谷区
保土ヶ谷区役所じゃん。
  • 旭区
二俣川・鶴ヶ峰地区は五大副都心の中でも弱小に分類されるが、県内全域においては最も知名度が高いじゃん。同じ市内でも交通の面は不便なのに、本当になんでこんな所に試験場があるのか区民も知らないじゃん。保土ヶ谷バイパスという巨大なオーパーツの大部分をこの区が占める代わりに、国道16号線が片側1車線になっている。厚木街道、中原街道が交互に現れ、ズーラシアもあったりと、地味ながら人口は多いじゃん。
  • 瀬谷区
大和市の色合いが濃い、紛れもない横浜の僻地じゃん。しかし大和市と一緒に欲しくしていないと町田市っぽいところもあるじゃん。だけど保土ヶ谷バイパスを下り、ようやく町田まで来たかと思いきやそこはまだ瀬谷区じゃん。栄区と横浜市最下位の座を譲り合っており、人口でわずかに勝っているじゃん。
  • 泉区
区内の実に三分の一を和泉氏の私有地が占め、「和泉一族にあらずんば泉区民にあらず」と嘯かれるほどの勢力を誇っているじゃん。これに対抗できる勢力はフェリス女学院生徒を中心とした緑園都市セレブズか、いちょう団地・上飯田団地の多国籍連合のみだべ。その他の地域においては後述の戸塚市構想における新戸塚地域の一部に組み入れられてしまっているじゃん。

[編集] 港南シーサイド(京急(南部地域限定)及び根岸線沿線)

プチ湘南のイメージが先行してる住宅地。鎌倉時代は鎌倉文化圏に属しその外港でもあったじゃん。

  • 南区
横浜駅に近い日の出町黄金町地域はかつては環境が悪い繁華街で有名であったが、近年僅かではあるが改善されているかも知れないじゃん。人口密度は西区をも上回り県内最強。けどやっぱり東京と比べるとそれほどでもないじゃん。地下鉄駅と京急の一般駅だけで中心となる駅がないじゃん。
  • 港南区
吉野町駅(南区)~上大岡駅港南台駅近辺の鎌倉街道は、横浜市営と神奈川中央交通のバス同士が日々チキンレースを繰り広げていることで有名じゃん。ちなみに、五大副都心の一角である上大岡駅は谷底にあり、周囲はガガゼト山の256倍くらい高い天嶮であるじゃん。舐めてかかると痛い目にあうべ。港南台駅はいろんな意味で鳥がヤバイじゃん。区内の繁華街である上大岡や上永谷との連結も難しく、地元住民は「港南台はどうしてこうなんだい!」などと言いつつも、郷土愛は市内でもずば抜けて高いじゃん。アニメ『ハム太郎』の舞台となっているじゃん。
  • 磯子区
山手駅以南は、古い住宅街と新しい住宅街が混在しているじゃん。磯子美空ひばりゆずの出身地でもあるじゃん。丘の上にあった横浜プリンスホテルからは、美しい千葉県と埋立地の石油コンビナート群や造船所が眺望できたが破壊され倒産だべ。水道管破裂による間欠泉が、ごく稀に見られるじゃん。さあ、きみも磯子へLet's Harry up!
  • 金沢区
横須賀市の印象が強く、地理的にも三浦半島に属するじゃん。金沢八景駅前には、日本の伝統的家屋である藁葺き屋根が奇跡的に保存され、その付近はかつて日本最古の武家文庫である金沢文庫もあったが、臨海地区テロ組織シーサイ・ドラインの引き起こした八景島クライシスの際に木っ端微塵に破壊されてしまったじゃん。学級文庫管理委員がこの近辺を乗っ取ってしまい、復興のめどはたっていないじゃん。鳥浜や六浦などの小規模な工場が密集する臨海工業地帯、小奇麗な高層住宅が立ち並ぶ臨海住宅地域、海が見える新興住宅地域、昔ながらの坂の町、潮の香りのする漁港、八景島シーパラダイスに海の公園など、夢見がちな中学生やアニオタが好きそうな景色があちこちで見られる。本当に綺麗な街だから一度来るといいじゃん。そのため、金沢区民や横須賀市民が東京の高級住宅地(成城、田園調布、広尾など)を訪れても、「なんでこんな何もないところが高級なの?」という感想しかもたないじゃん。
  • 栄区
鎌倉市の面影が強い、瀬谷区と並ぶ横浜の僻地だべ。しかし、本郷台駅前には反政府組織である神奈川県警の養成学校や、ボウケンジャーの基地であるアースプラザ・リリスがあったり、市内最上位のお坊ちゃん高校があったり、一台ターミナルである大船地域の半分は栄区であったりと、施設の面で僅かにリードしているじゃん。未開発な地域を利用した「市民の森」はあるが、町中でいきなり田畑が出現することはほとんどなく、地方都市の様相はあっても瀬谷区や緑区のような田舎びた印象はないじゃん。ただ、パチンコ屋やCD,DVDレンタル屋を設置してはいけない条例があるらしい←区内にはTSUTAYAが一件もないじゃん。そのくせに、パチンコ屋は多々存在するじゃん。かつては伝説の不良校が存在していたが統廃合により消滅したじゃん。港南区の港南台と栄区の関係は、規模は小さいながら池袋と埼玉県の関係に酷似しており、港南台にいる若者の三分の一は栄区民である。横浜公式資料ではここと戸塚も相鉄グリーンフィールドに含まれるが、どちらも相鉄線なんかかすりもしていないじゃん。区内の駅は本郷台駅のみで、それも帰宅ラッシュ時でも港南台⇒本郷台間は座れることが多々あるレベルだが、朝の本郷台駅前付近では我先にと駐輪場へ向かう自転車がデットヒートを繰り広げているくらいで決して田舎ではないべ。むしろ自虐的に「栄区は田舎だよ」という区民は本当の田舎を舐めているじゃん。大船駅は数メートルの差で鎌倉市に属しているが、ごく最近「笠間口」という栄区内の改札口が誕生したじゃん。仮に大船駅を栄区に含めるとすれば市内第三位の利用客数がある駅を区内に含めることになり、瀬谷区どころか緑区や泉区あたりも敵ではないじゃん。

[編集] 戸塚

  • 戸塚区(戸塚市)
戸塚など箱根駅伝でのみ知られた平凡な住宅街であるじゃん。区の由来はかつての東海道の宿場であるが、そのさらに由来は、その昔ここで天下の大ドロボウがとっ捕まったことによるじゃん。戸塚駅周辺の町並みはというと、これが豚一匹通れるか否かほどクソ狭く、おまけにそこを100tクレーンの大群が軍事パレードよろしく日夜爆走しているため、結果として開かずの踏切と化してしまっているべ。県内渋滞四天王の一角であり、最強最悪のプレイスポット原宿があるじゃん。東戸塚は近年巨大なショッピングモールが出現した典型的な片田舎だべ。世界の中心。戸塚区はハマっ子にも湘南BOYにもなれる理想的な位置(だが、海に面していないためどちらにもなれない)にありながら、何を血迷ったか戸塚ブランドにこだわり、戸塚市なるものを設立しようと躍起になっていたじゃん。詳細は後述の戸塚市発足運動を参照だべ。

[編集] 大湊線沿線

  • 横浜町区
陸奥湾に面し海産物が有名だべ。

[編集] その他(準横浜地域)

  • 町田区
東京と神奈川の境にある、神奈川寄りのグレーゾーンとして有名じゃん。神奈川度においては川崎より上かもしれないじゃん。町田駅と青葉台駅は驚くほど近いじゃん。神奈川であることはもうほぼ決定なのだが、さらにその中でも注目するべき部分は東名高速の横浜町田インターの存在だべ。カーナビで「神奈川県に入りました」「東京都に入りました」と連呼されるところじゃん。隣の横浜青葉インターが横浜市青葉区のインターであることから考えても、ここが横浜市町田区(あるいは神奈川県町田市)のインターだと考えるのは自然なことじゃん。ちなみに、町田市が単独の市として神奈川に入っても、横須賀市、藤沢市と熾烈なナンバー4争いをするだけだべ。
  • 本厚木区
駅前は大都会じゃん。西へ十分歩けば地方都市だべ。二十分歩けば工場地帯と田園地帯だべ。三十分歩けばだべ。ここを横浜だと言ってしまったら瀬谷区民でも怒るが、特筆すべきは駅前の町名じゃん。元町町、寿町町、町、町、町、幸町と、横浜市民ならどこかで聞いたことがあるような地名が本厚木駅周辺には無数にあるじゃん。この中で一番大きいのが旭町なのは、やはり相鉄がらみだろうか。厚木町という地名も一応あるが、ほかと比べて極端に小さいじゃん。ちなみに読み方はすべて○○ちょう。元町中華街駅を「もとちょうちゅうかがいえき」と読んでいる人間を見つけたらその人は厚木市民じゃん。神奈川西部の集客を一手に引き受ける大都会、本厚木駅にはじめて来て「こんな西のほうにこんな栄えた町があったんだ」とものすごい上から目線で感心するのは神奈川東部住民共通の行動だべ。
  • 道志村区
山梨県じゃん。道志村は横浜市民の水瓶として非常に横浜に貢献してくれているが、なんとリアルで横浜市と合併しようとした過去があるべ。もちろん、結果はお察し下さい。
  • 三浦半島区
鎌倉、逗子、葉山、横須賀、三崎。それぞれが個々のアイデンティティーを強く持っており、横浜とは一概に言えないが横浜ナンバー採用地域じゃん。この地域は三浦半島地域で、横浜ではないかもしれないが決して湘南でもない
  • 相模原区
もうすぐ政令都市化する予定の相模原市だが、区名が南区、中央区、緑区。なぜ方位で統一しなかったのかはともかく、なぜ区の名前を二つも横浜とダブらせるのか

[編集] 言語

言語的な特性を見ることは、極めて簡単じゃん。地理的に東京と近いため、一般に標準語の影響が色濃いためと考えられるが、一つだけ例外があるじゃん。それは語尾につくじゃんだべじゃん。東京弁はもう滅んだじゃん。

もともとこのじゃんの原産地は、愛知県の三河地方またはインド北部のパンジャーブ州と言われているが、なぜかじゃんだけが新幹線開通と偏西風に乗って東進して来たじゃん。その証拠に名古屋以東のこだま号が停まる駅周辺の都市では、どこでもじゃん化言葉が話されているじゃん。

このじゃん化言葉は、八王子の絹織物を横浜から輸出する為に作られた横浜線というローカル線によって、町田相模原八王子にも輸出され、遠く埼玉でも流行の兆しがあるじゃん。

だべ、は元々横浜地域に住んでいた先住民族が使っていたといい、南部に行くほどだべを使う率が高くなるじゃん。横浜市民ではないがSMAP中居正広がこの「だべ」をテレビ出演で多用し、「神奈川県民も、だべ、っていうんだ」と青森県民に衝撃を与えたじゃん。

現在、東京の新しい文化は、アザミネーゼグリーン車で通勤してる成金横浜人(ホワイトナイト)によって作られているので、東京でも若い人たちを中心にじゃんは広まってきたじゃん。それがテレビ電波に乗り、全国にも広がりを見せ、近年三河地方にも逆輸入された。そのため、横浜=じゃんの発祥だというのは、横浜人の捏造だと言うことが三河学会では常識となっているじゃん。

ただ、じゃん標準語としての地位を確立できなかったために、東京では中年以上の世代ではあまり使われていないじゃん。しかし、横浜では部課長風な恰幅のいい中年紳士でも電車内、特に中小私鉄から大手私鉄へ成り上がった偉大な大手ローカル線、相鉄鉄道沿線で良く使われているのが目撃されるじゃん。

また、方言には異様なものが多い。さみちしゃりべつかめしゃっこいおけつたんまなどがよく知られているじゃん。

80年代後半以降、地元の若者を中心に奇妙な発音と言い回しの言葉が自然発生したじゃん。 大して重要でない単語を強調したり、ナチュラルな英単語を含めたりと、当時の若者達の閉塞感をあらわしているといえなくもないかもしれなくもないかもしれなくもないじゃん。 最も有名なのが、「〝事故〟る奴は〝不運(ハードラック)〟と〝踊(ダンス)〟っちまったんだよ……」の一説じゃん。今では資料の中でしか見られないこれらの言語だが、「〝慣らし(シェイクダウン)〟」「サバイ」「行くっか」「~なトキ」などは実際に使われていたのを目撃した例も多いじゃん。

その後、1999年ごろに横浜特有の言語を作り出そうとして、ラグーン語というものが考案されたじゃん。 それは文章に「……」を多用し、さらに英単語を混ぜたポエムであったじゃん。 を ……そうさ……このLanguageを考えた人間達…… ……今じゃもう記憶の片隅にすら残っていない…… ……冗談じゃねぇ……俺達は……まだ忘れちゃいないってのに……

しかし、このような文章を使う人には交通事故を起こすような無謀な走りをするものが多く、政府が対策に乗り出すほどであったじゃん。


横浜を舞台にしたRPG(決してレースゲームではない)「レーシングラグーン」では、CVC1600という車に乗る山田氏が「じゃん」を、MicroGTに乗る鈴木氏が標準語を、その他のキャラクターたちがラグーン語を話しているじゃん。

[編集] 特性

全ての市民は横浜ベイスターズの熱狂的なアンチであり、年間数回は横浜スタジアムへ野次を飛ばすために足を運ぶじゃん。サッカーチームは横浜F・マリノスを支持しているが、チームの統合前は横浜マリノス横浜フリューゲルスの二派に分かれて市内で紛争が絶えなかったじゃん。

特に、1999年(平成11年)に両チームの合併問題が持ち上がった際には、ファン同士の諍いが暴動に発展し、横浜駅周辺は火の海と化したじゃん(火の七日間)。当時の神奈川県知事であった岡崎洋の要請を受け、小渕恵三首相と小倉優子が自衛隊と指定暴力団神奈川県警に治安出動を指示するも、暴動の鎮圧には63日間を要したじゃん。

ベイスターズ優勝時には、横浜駅前の帷子川に1人飛び込み溺死しているじゃん。これは道頓堀のように救命ゴムボートのようなサポート体制が皆無だったためでもあるじゃん。この川は例の西区民アザラシでも有名になったじゃん。

また、この市を称える楽曲も多数存在し、その代表とも言えるいしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」が第2市歌となっているじゃん。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は横須賀市と合同で祭典を行うときに声高らかにみんなで歌うじゃん。

人口は大阪市よりは多いが、面積は大阪よりもはるかに大きいじゃん。そのためどこどこは横浜じゃないという会話は市民にとって日常会話だべ。ただ、そういう会話をする人はほとんど港の見えない丘に住んでいるべ。

[編集] 発祥大好き

日本人、特に横浜市民は発祥と言う言葉が異常に大好きなので、捏造ということで他都市から嫉妬や嘲笑、罵倒や賞賛、応援や喝采を浴びることが多いじゃん。しかし、近代文明において「発祥」「オリジナル」「本舗」「元祖」に強く粘着固執するのは、非常に大胆かつ斬新なことじゃん。

なぜならば、発祥というのはもともと特定都市が独占や占有するものでは無く、日本全国の都市でそれぞれ共有されるべきものじゃん。

例えばリニアモーターカーの発祥は、日本最初の実験地である宮崎と、日本最初の営業運転を開始した横浜と、日本最初に営業実用化された愛知と、日本最初の携帯ストラップ化した山梨とで共有されているじゃん。

鉄道の発祥は営業一番列車が発車した東京品川)に横浜と、人間が運べる実物大の模型の鉄道を博覧会で動かした長崎と、各種の鉄道オタクが自然発生した愛知が共有しているじゃん。

ビールの製造やガス灯、新聞発行や牛歩戦術、無口キャラやツンデレ同級生も実験的レベルで行った都市と、大規模レベルで市場を形成した横浜とが共有しているじゃん。

何でも発祥が多い横浜であるが、不思議とカツライスの発祥だけは、横浜以外の都市で大紛争を起こしているのは異様だべ。こうみると発祥捏造問題に横浜の責任は無いと推測されるじゃん。

また横浜の名称も、青森県横浜町の方が先だという説もあり、予断を許さぬ状況じゃん。

[編集] いわゆるアザミネーゼについて 

アザミネーゼとは、東急が開発した多摩田園都市の一部の区域、東京からの愛の流刑地で、田園都市線市営地下鉄の駅があるあざみ野周辺住民の蔑称だべ。

もちろんその発祥は、東京都港区白金周辺の原住民であるシロガネーゼや、東京都北区赤羽を支配するアカバネーゼとのコラボであることは、明白じゃん。

隣のたまプラーザも、テレビドラマの金曜の妻たちのロケ地としても一躍有名になったべ。もはや青葉区が「横浜のチベットタウン」と呼ばれていたことは忘れ去られ、田園都市線に乱立する「東京のベッドタウン」の一つに生まれ変わっているじゃん。

2ちゃんねる学歴板の住人が多く、東京に対するファナティックな愛情を持つ2級市民が多いじゃん。日々、発泡酒や大五郎の梅割りを飲んでは、旧市街地に市庁舎がある横浜市の政策を関内主義(カンナイズム)と罵倒して憂さを晴らしているじゃん。この一帯が独立すれば、横浜も昼夜間人口比が札幌神戸福岡並になるので、市役所から派遣された独立運動工作員も多く潜伏しているじゃん。

また、クリスマス時には、豆電球で家を一晩中照射して、ランバダやマカレナなどの全米トップチャート急上昇曲を大音量でかけ続けないと、悪霊や疫病、外国人窃盗団やモンスターペアレントが襲ってくるという迷信があるじゃん。この迷信を信じない住民は村八分にされるなど、悪しき慣行も形成されつつあり、深刻な問題となっているべ。

[編集] 戸塚市発足運動

埋め立てと横浜市の無駄な税金だけで出来ているみなとみらいはアンチが多いが特に南西部の住民からの嫌われっぷりは異常なほどであり、自分達が汗水たらして働いた金がこんな未来も何も無いところに費やされていることに怒りを覚えた住民たちが横浜県横浜市から離脱しようと盛んに運動を行っている。日立やニコンの大工場を抱えている戸塚区を中心に泉区、瀬谷区、栄区が戸塚市になることを希望していたじゃん(ただし合併に反対する地域もあった。後述)。

これに対し横浜市は地下鉄を全て上永谷止まりにして市バスをなくすと脅したが地下鉄は高いから廃線になっても構わないらしくバスも三ツ境以外通ってないため横浜市の脅しはかえるの面に小便状態じゃん。元々横浜県長も横浜のチベットと呼んでいたほど見捨てていたため行政サービスがあまりなく発足した暁には横浜市内において更なる制裁を加えるとしているがここにきてどうして必死になっているのか分からないじゃん。ただこの4区が離脱したところで横浜市が政令指定都市であることに変わりはなく戸塚市が発足したとしても人口は80万人ほどであり相模原と同じ中堅都市に成り下がることになるが、全国のもてない男たちと協力しがみなとみらいアンチ会を立ち上げ運動は激化。戸塚市が完成すれば全国のみなとみらいアンチの喪男が集いあい政令指定都市となることが確実だべ。「まあ恐らく喪男が移住しすぎて横浜が寂れるのが怖いんだろうね」などと戸塚側は平静を装っていたが、ある議員は横浜浄化などと発言しており、戸塚内部に横浜市のスパイがいた可能性もあるべ。。。

ただし、横浜市立高等学校は横浜市に税金を納めているからというお金第一主義的な理由で横浜市民しか通うことができない(超難関試験の学区外受験をすればお隣の神奈川県民も通える)ため、戸塚市民の市立高校生はかなりのとばっちりを受けるじゃん。 一方で、「市立戸塚高校があるからいいべ?」と考える強硬派も存在しているじゃん。

尚、戸塚市は神奈川県となるため昔の国境に戻るということで、郷土・歴史マニアからも注目を集めていたじゃん。


[編集] 合併反対地域について

泉区・瀬谷区はかつての戸塚から分区したとはいえ、現在では「相鉄沿線の町」として栄えており、(別に栄えてはいないが)交通の便も悪い戸塚に回帰するのに前向きではないじゃん。区民の税金が多少無駄に使われようが横浜のままでいる考えじゃん。

瀬谷区はそもそも戸塚から最も遠く、どうせ合併するなら沿線で、しかも戸塚と規模がほぼ同じで二俣川を擁する隣の旭区と、という声もあるじゃん。戸塚から見ても瀬谷はもっともどうでもいい地域だが、弱小といえど旭区と合併してしまえば都市規模は戸塚を遙かに上回ってしまうじゃん。戸塚にとっては最も避けたい事柄じゃん。

泉区は区内でも反対する地域が複数あるじゃん。相鉄線ほぼ唯一のオシャレ駅、緑園都市周辺は横浜ブランドに固執しており、わざわざ喪に属したいとは考えていない。和泉一族率いる和泉地区は『泉区』の名前に拘っており、実質吸収とも言える合併その者に反対じゃん。特に特色のない地域だけが戸塚からの合併打診に応じている。ちなみに、例の団地周辺は逆に戸塚・横浜がドサクサにまぎれて大和市に押し付けようとここだけ意見が一致しているじゃん。

栄区も区内で意見は三つに分かれている。本郷台周辺の港南区より、かつての南部学区所属地域は横浜市民意識が高く、合併に反対じゃん。金沢区にほど近い上郷および大船地域は「どうせ合併されるなら鎌倉市と」とやはり戸塚を拒否じゃん。「なら鎌倉と一緒に合併すれば区名で残るよ」と持ちかけたが交渉は難航中じゃん。サバ神社を持ち合いに出して前述の泉・瀬谷をも巻き込もうとするも、当の戸塚区には肝心の神社がないため本末転倒じゃん。笠間以東のわずかな地域だけが戸塚回帰意識があるべ。

かつては大戸塚区の一部であった近隣三区も、中央から離れて久しい昨今では戸塚離れが進んでおり、政令都市を目指す大合併はやはり先の見通しが悪いといわざるを得ないじゃん。このまま合併に前向きな地域だけを吸収したとしても価値のある街は増えず、人口は精々四十万人強、江ノ島のない藤沢市と揶揄されるのが目に見えているべ。


[編集] 夢の終わり

そんな戸塚市構想だが、2008年に転機を迎える。位置的にも規模的にも似ていると、戸塚を三国志の蜀になぞらえた副区長が自らを平成の孔明と位置づけ、戸塚市民軍を編成し積極的な北進を始めるじゃん。

副市長は戸塚市のテーマを『夢』と定め、戸塚市発足の暁には、全ての横浜市民に子供の頃の思い出と現実の厳しさを植えつけたドリームランドを復活させ、現泉区の下飯田を正式にゆめが丘と改名し頓挫していた大型複合施設Dreamに着手、戸塚駅に京急線を誘致しゆめとつかを設立するとの公約を発表したじゃん。

しかし、当のトップである戸塚市長は乗り気でなく、全戸塚区民が涙した「横浜と湘南、今また二つに分けられようとしている世界に、本市は余計な色なのかもしれません」で始まる出師の表を冷めた表情で聞いていたじゃん。蜀の二代皇帝劉禅は国のトップでありながら空気が読めなかったと言われるが、実際のところ三国志終盤の中国において空気が読めていなかったのは孔明をはじめとする蜀全体であるように、この時、戸塚市計画の行く末を朧に見据えていたのは区長ただ一人だったのかもしれないじゃん。

六度にわたる旧戸塚区を奪還する泉区出兵を繰り返した戸塚市民軍だったが、横浜市側の軍師はぶっちゃけ相手していられないと直接戦闘を拒否。副区長が過労で倒れると、区長はただちに市民軍の解散を宣言。こうして戸塚市民戦争はたった7日で終結したじゃん。

しかし、僕らはまだ諦めていない。

夢を、夢で終わらせない。


すべてを壊すのではなく、何かを探したいだけ。

すべてに背くのではなく、自分で選びたいだけ。

僕たちの場所この手で掴むまで――get place to live ただ素直に生きるために。


副区長が灯した星火は、区民達の勇気になった。

そして僕らは立ち上がった――もう一度!

もう一度!

やろうじゃん!

[編集] 最後に

このように横浜は東京に近い、海に近いという絶好のロケーションを持ち、マスコミによりブランドイメージをも付加された美しき街である。東京からの流出移民により人口はべらぼうに増えたが、古くからの宿場町と少しの港町と京浜工業地帯とマンションだけの住宅地などが巧く融和し、市民が一丸となって創り上げた横浜ブランド(笑)で統一されている。地方から見れば、多摩も神奈川も千葉も埼玉もどれも一緒であるが、前述のとおりに横浜は神奈川の中でもずば抜けて突出しており、そもそも大阪ですら横浜から見れば格下であることから、日本は首都圏だけで完結しているなどとも言われる。埼玉や千葉ですら、大阪を羨むことなどありえないということは知っておいたほうがいいだろう。

そんな横浜が日本に誇るナンバーワンがある。それは政令指定都市の中で、最も財政状況が潤っていることである。プロジェクトG30は予想を大幅に上回る利益を出し、大阪が財政危機ならここは余剰財政の源泉地といったところである。ところが、なぜか在阪マスコミはこの事実をとかく隠蔽するのだが、その理由を色々な観点からお察し下さい。。とりあえず、悪口を並べれば笑いが取れるという認識を改めることからはじめるべきだと思う。

じゃん。

[編集] 関連項目

Chakuwiki.png
長文を読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「横浜市」の項目を執筆しています。
他の言語