横浜ベイスターズ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

横浜大洋ホエールズ から転送)
「佐藤藍子です。ずっと好きでした。もちろん、今でも大好きです!」
~ 横浜ベイスターズ について、佐藤藍子

横浜ベイスターズ(よこはま-)とは、日本のプロ野球チームの一つ。自チームの有望な若手を他球団に供出、使える助っ人外国人に難癖をつけて解雇する、他球団の老人を引き込むと、敗退行為を考えることに余念の無い12球団最低最悪のフロントを敵に回し戦い続けるという(メジャーリーグとかいう映画そのまんまの)水差し野郎チームである。

再び暗黒時代を迎えて以降、1980年代に横浜大洋銀行と言われた強いチームへの媚びへつらいは徹底している。2008年は巨人阪神との13ゲーム差を逆転し逆転優勝しているが、後半戦は巨人に1勝しかできなかった。それにより阪神ファンから「禁則事項ですじゃねーか!!」といった、前半に阪神が横浜から1敗しかせず、後半に阪神自身が巨人に7連敗したことを忘れた怒りが爆発した。

目次

[編集] 球団概要

1993年に横浜大洋ホエールズが突然変異して誕生、顔がお馬さんであったために巨人軍で迫害されていたお馬さん馬車道という土地が近くにあるということで横浜が亡命を受け入れる。巨人前監督藤田元司の推薦で鬼軍曹こと近藤昭仁が就任。嫌われ役を演じながら若手を鍛え上げ、硬骨漢大矢明彦が正捕手tanisigeを一人前にしチームを纏め上げると、マシンガン打線を確立。権藤監督が投手陣を整備すると97年にはペナント2位、98年には日本一達成、99年当時チーム打率日本記録を達成するなど短い間ではあるが、栄華を誇った

しかし、強すぎて80年代的お笑い要素が薄れてきたことにフロントが焦り、権藤監督、4番ローズ、5番お馬さん、大魔神佐々木を追放。2001年に年末年始のかくし芸など数々の伝説を打ち立てた森マチャアキが新監督に招聘され、森繁和投手コーチ・落合臨時打撃コーチとお笑いトリオを結成。タイアップ商品のコウジ黒酢を奨励されるとtanisigeがFA宣言、正捕手が逃亡。さらに98年を知る主力選手も次々と追放される。ファンにとっては暗黒時代のはじまりである

冥将、大ちゃんす

その後、03年にはかの名将山下大輔が就任。マチャアキとゴールデンコンビを結成していた井上純をロッテに追放するなど決意を新たにするも、監督自身が天才的なお笑いの才能を発揮してしまい、03年にはチーム敗戦日本記録(当時)を達成。このオフには1位の星野・2位の山田・3位の原が監督交替の憂き目にあっているにもかかわらず、フロントは大喜びで任期を全うさせ勝ち頭のドミンゴ・グスマンを中日に供出するといった敗退行為を繰り返し、狂乱の2年は続いた

2004年シーズン終了後には4番タイロン・ウッズがまたしても中日に供出され、この戦況を嫌々引き受けたインテリ893が05年の監督に就任。投手陣の再整備に成功し、落合道場の魔の手からようやく復活したスペランカーの活躍などで3位に滑り込む。しかし、翌06年は「この戦力で3位なら若手が育てば1位になれんべ?」と補強は一切なし。牛島もチームもやる気を失くし、辞表を叩き付ける

2007年再建の切り札として大矢が再任するが、そうそうに糞フロントが門倉なんかイラネ、クルーンなんぞイラネ、とイラネイラネ病を発病。それでも若手捕手を育成し、石井琢郎など球団に不満を持つベテランを必死に説得。2009年は復帰した駒田とともにクリーンナップ成績次第の効率の悪い打線をどうにかしようとする毎日だったが疲労の限界に達し、ついに休養。湘南シーレックス監督のオバQが監督代行として指揮をとることとなった。ちなみに高木のとっつぁん・シーレックス監督代行とともに数々の選手を森の魔の手から再生した育成のスペシャリストである。

しかし監督交替後1軍は13勝1敗と迷走、首位を走っていた2軍も急速に弱体化。ファンのあいだではベイスターズ崩壊を目論む「TBSの三悪人」こと佐々木・村上・山中が大矢の悲願であった若手捕手育成計画を阻止、さらに12球団有数の野手育成力で知られるシーレックスの崩壊を画策した、などとも噂されているが・・・。

なお「中日ドラゴンズ」は「」、「阪神タイガース」は「」、「東京ヤクルトスワローズ」は「」、「広島東洋カープ」は「」と表記するように、「横浜ベイスターズ」は「」を用いることがある。ここだけ動物でないことが、負けが多い原因ではないかとも憶測されている。

あの科学汚染物質の突然変異で生まれた「大魔人」、ササキ・カズヒロも所属していた。また、多数の花火師を雇っているのは他球団にはない大きな特徴である。

親会社はTBSであり、「我々はTokyo Bay Starsである」と親密ぶりをアピール。しかし、実際にはTBSでベイスターズ戦が中継されることはほとんどなく(テレビはもとよりラジオも)、ニュース等でも扱いが小さかったり対戦相手視点の編集になることが多いことから、税金対策ではないかとも言われている。実の父は東武東上線とも言われているが、定かではない。

2007年・2008年の投手コーチは、過去大洋ホエールズ、横浜ベイスターズでも活躍した斎藤明夫氏であった(2009年からは杉本氏が就任)。その風貌、体格(公式発表では身長1.179hyde)、威圧感によりファンからは親しみを込めて893と呼ばれている。

マウンドでのピッチャーに檄を飛ばし("唾を飛ばす"の誤用)に行く際の威圧感は他球団のピッチングコーチの追随を許さない。水差しやアトリ、損5億等の若手投手よりも斎藤明夫氏が投げた方が失点の可能性が低いと考えるファンは多数いる。

現役よりも現役らしいといわれる斎藤明夫氏の本職はやはり893である。

[編集] 球団データ

横浜ファンが集うスタジアム

本拠地:横浜スタジアム

1978年開場。両翼94m・中堅118mは開設当初は国内でも標準的な大きさであったが、現在ではかなり狭い部類となっており、飛ぶボールが使用されていた頃はホームランが出やすい球場として(主に対戦相手のバッターから)喜ばれた。現在でも飛ぶピッチャーを各種取りそろえているために(しつこいようだが対戦相手のバッターにとって)ボーナスステージとなっている。

創立:1993年、ホッシーによって創られた。 優勝回数:1回(2008年現在)

[編集] ベイスターズファン

このような球団であっても、各界に多数のファンが内在しているとされている。(サイレントマジョリティを考慮しています)

特に著名な人物に、第二次世界大戦が始まる少し前から横浜ファンであることを初めてカミングアウトした佐藤藍子がいる。彼女の「川崎出身なので、小さい頃からホエールズファンでした」という発言は、「じゃあなんで今まで公言しなかったのか」「なんで優勝した年に限ってそういう発言をし出したのか」「川崎にはロッテがあっただろう」といった疑問を一切受けることなく、ファンの鏡として崇められている。彼女の行動に喚起されたのか、その頃から横浜ファンを明言する芸能人が多数発覚し、大きな話題を呼んだ。

ファンであるというカミングアウトは佐藤藍子が有名だが、優勝した年にはTOKIOのキーボードも昔からの横浜ファンであるとカミングアウトしたがすっかり忘れられている。ちなみに、TOKIOのキーボードは西武が優勝した年にはパリーグは西武ファンであるとカミングアウトしたが、こちらもすっかり忘れられている。

また、歌手の中島みゆきもベイスターズを讃える意味を込めて「地上の星」を歌っている。残念ながら、これが正式応援歌としてはまだ定着していない。大きな理由のひとつとして、お上のご意向がある。

なお、先発投手が打たれたり、打者がチャンスで凡退した時に怒り出したりがっかりするのは、訓練されていないベイスターズファンである。よく訓練されたベイスターズファンは、1回表裏を終わって0-10で負けている状況になると、「ああ、また『いつものやつ』ね」と恬淡として応援を続けることができる。ホントベイスターズファンは地獄だぜ!フゥハハハーハァー

主力選手が移籍で悩んでいるとオフのファンサービスの時にどこからか子供達がでてきて「○○選手、○○(移籍しようとしている球団)に行かないでー。」と言って半泣きで引きとめる。子供に弱い選手はこれで残留を決定する。記憶に新しいのが「ハマのバンチョー阪神に行かないでー」である。しかしこの後にどこからおっさんがでてきて、「横浜で優勝しよう!」と根の葉もないこといって止めようとするのでたいていの選手はこれで移籍を決定してしまう。

[編集] 自虐横浜ファンの漫画家

一方で、横浜ベイスターズのファンだがベイスターズ自虐ネタをネタにする漫画家を多く確認されている。

その最たる例が、辛口批評家として著名なやくみつるである。彼は横浜球団の問題点を取り上げて、それを滑稽に漫画化することを得意としている。特に駒田徳広を徹頭徹尾「ウマダ」(面長である駒田の身体的特徴を揶揄したもの)と呼び続けるなどの罵倒を是としたり、球団の広報誌に原稿料と称してゆすり行為をかけるなどを行っており、横浜ファンから多大な批難を浴び続けている。佐藤女史もおかんむりである。

ほか、みずしな孝之も熱心な批難家のひとりである。特に近藤昭仁スクイズ戦術を大いに糾弾し、自著においても哀れで愚かしい人物として語っている。佐藤女史もおかんむりである。

[編集] 不明行動

近年、フロント行動が問題視されており数々の異常行動が見られている。

例えば、珍名収集といわれる最近の意味不明な補強。ファンをもっと集めようとしていた球団のフロントが『これだ!』と思った珍しい名字や名前の選手を次々と契約していくという荒業。活躍しようがしまいが関係ない。だって誰も気にしないし。

挙句の果てに登録名でもっと目立たせようと必死になる始末(例:ジェイジェイ)。

球場にウルトラマンを招待し観戦させる。外部リンク家族でプロ野球?観戦

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

[編集] 他球団への戦力供出

  • フロントの代表的な敗退行為として、他球団への戦力供出があげられる。もっとも有名なものは、2003年、最下位を爆走するチームで1年ローテーションを守りチーム最多の8勝12敗を記録したドミンゴ・グズマンを「負け越している投手だからイラネ」とバッサリ切り、翌年の中日優勝に貢献させた行為と思われる。同じく中日の4番打者として長きに渡って活躍したタイロン・ウッズ、現在の巨人の抑えであるマーク・クルーンなど、有能な助っ人を理解できない基準で切り捨てたことに関しては、枚挙に暇が無い。
  • 日本人でも同じである。2006年門倉健がFA宣言したときも「10勝10敗の投手なんかイラネ」と発言。巨人に助け舟を出されたあげくに球界の財産といえる大ベテラン投手工藤公康を人的補償で強奪した上に敗戦処理として使った。

。挙句の果てに「横浜のようなチームこそFA制度の見直しに真摯になるべきではないでしょうか?」などと選手会長経験者に助言される。もっとも2008年シーズン終了後にFA制度改正(補償金が激減)したのちも、横浜は正捕手相川を資金難のヤクルトに供出し、阪神のロートル捕手野口を「引き取った」のみである。

  • そして2008年には投手不足から(よりによって巨人と中日に)救済トレードを泣きつき、2年連続犠打王の小池で1軍半の左投手石井、2番手捕手を勤めた鶴岡で数年低迷していた真田とのトレードが行われる。石井裕也はセットアッパーとして成長、真田はチーム最多登板と頑張っているが、さすがにファンは許せていないのが人情である。実はこの球団は多村⇔寺原など、「1年が過ぎてみると何故かこちらが得している」というトレードが多いのだが、あの3バカどもに計画性はあるのだろうか?

[編集] 得意技

チームの一般的な評価。
  • 追いつかない程度の反撃:「9回、7点ビハインドから満塁ホームラン」のように、ある程度の反撃は見せるが決して同点にはしないという奥ゆかしい技である。一部のファンからは、「早く帰宅したいのに盛り上がって帰れるに帰れない」「時間稼ぎはやめれ」とも。また一部のファンの中には「これで明日に繋がる」と評する者もいるが、実際に繋がった試しがない。
  • 大量得点は次戦敗北へのプロローグ: ごくたまに打線が噛み合い、10点以上の得点をすることがある。しかし、大量得点に選手が疲弊、次戦はボロクソに負けるというのが恒例となっている。一部ファンからは「どうせ負けるんだから、次の日にとっとけ」と揶揄されている。
  • ZGSZanrui Grand Slamの略語。ランナーが満塁になると点が入らないという、これもチーム伝統の技。
  • ノーアウトかワンアウトでランナーが三塁にいるときスクイズしないと死んじゃう病:上記のみずしな孝之が批判した近藤昭仁は、この病気にかかっていたことが後に判明した。世界で最も長い病名としてギネス・ワールド・レコーズに申請中である。
  • 相手チームよりヒット数は多いのに試合は負け:これもチーム伝統の技である。一時期を除いて長打力のあるバッターが少なく、どうしても残塁が多くなるため。
  • ファンタジスタ:主として守備面で、常識では考えつかないプレーをする選手たちの総称。古くは田代富雄や内野を守っていた頃のポンセ、最近では鈴木尚典古木克明といった選手たちがファンの目を楽しませている。これらの選手が守る方向に打球が飛ぶだけでファンの心拍数は2倍に跳ね上がる。その時たまたま目の前に異性がいると、「このドキドキは、もしかして恋?」と勘違いしてしまうほどである。
  • 水差し野郎2007年6月24日、横浜スタジアムでのオリックス戦で、5-0で勝っている4回表から登板した高宮和也が、フォアボール→ホームランとワンアウトも取れずに2点を献上した際にTBSアナウンサー椎野茂が発した言葉。この時の実況では、その他にも「全滅!」「場を読めよ」「あ~あ」「そのままカバンに荷物をまとめて横須賀(二軍)へでも行け」などと、公共の場でのアナウンサーの実況とは思えないような罵声が飛び交った。高宮は一躍、ごく一部で超有名選手となった。
  • 椎野四段活用:同日、8回表から登板した那須野巧のリズム・テンポの悪い投球に対して、椎野茂が「何故あそこでインコースのストレートを使わない使えないのか、使いたくないのか、使う度胸も無いのか?」と発言、後にこれが『椎野四段活用』という、動詞の新しい活用法として確立された。またこの試合で那須野も「またスライダーを投げた!何故ストレートを使わない!?何故そんなに変化球ばかりに頼るのか那須野!」「ベイスターズの一塁側・ライトスタンドのファンは怒っています!」と、高宮に負けず劣らずの罵声を浴びせられている。試合は結局、5-4で横浜が何とか勝利。
  • クアトロK2006年JFKにあやかって結成、それなりに活躍した。ただし構成員のクルーンは自由契約となり巨人の守護神として立ちはだかり、川村は引退。木塚・加藤も2008年に故障し(木塚は復活したが加藤は劣化)、完全崩壊した。
  • ピッチャーデニー2003年、勝っているのに、あえてのデニー投入。そして逆転される。それ以外に何か?
  • ピッチャーヒューズ2008年、勝っているのに、あえてのヒューズ投入。そして逆転される。デジャヴ。
  • マシンガン継投2008年シーズンでしばしば見られた、勝敗・点差に関わらずリリーフ投手を多くつぎ込む起用法。言うまでも無いが「マシンガン打線」と引っ掛けて命名。同年、この采配が多くの横浜ファンを絶望の底へ突き落としたと言っても過言ではない。
  • 山口シュンの憂鬱2009年5月13日の巨人戦、横浜ベイスターズ2点リード時で登板した山口俊がリリーフとして登板する。そして登板しては、セカンドの北川がライト方向のフライを取ろうとしたが、エラーで同点にしてしまう。しかしその裏に何故か山口がそのまま打席に立ってヒット、エラーで顔が真っ青だった北川も決死の覚悟でヒット(ワンバウンドのフォークまでバットを当ててファールにしていた)を放つ。1死一、三塁で内川が敬遠され、満塁で村田がまさかのサヨナラ押し出し死球、ゲームセット。結果は横浜ベイスターズのサヨナラ勝ち。そして、山口はヒーローインタビューで「すみませんでした」と発言した。この試合はまるで、ギャグ漫画を見ているかのような試合だった…。
  • 月曜日:普段は試合が無いためベイスターズファンの安息日となるが、たまに日程の都合で月曜日に行う試合での勝率が毎年高水準を維持している。普段からやれよ。
  • 崩壊リリーフ陣:基本的にリリーフ陣の整備は行われず、先発失格のピッチャーが投げている(木塚の様な中継ぎ専門投手自体が少ないが、適性を見出だされて中継ぎに回った投手が他に比べ異常に少ない)。大量点差のついた負け試合では神がかり的なピッチングを披露するが、僅差のビハインドや同点、リードしている試合では大炎上してしまう投手があまりに多く、一部のまともなリリーフの過剰登板・故障を誘発している。結果的にリリーフ陣は自ら崩壊していくのである。

[編集] 主な選手

[編集] 投手

無援護や味方のエラーにも文句を言わず黙々と投げる我らがばんてふ。もっと守備がまともで援護のある球団(巨人とか)なら200勝も可能だったであろうに、このチームに居続けたがために17年目にも関わらず130勝である。それでもベイスターズファンの記憶には未来永劫残るであろうピッチャーには違いない。ちなみにトレードマークのリーゼントは先発日の朝に5分でセットするとか。2009年は水差し野郎と同じくらいホームランを打たれた。
他人の出したランナーをキッチリ返すハマのスウィーパー。しかし自責点にはならないので2009リリーフ陣で唯一防御率2点台のピッチャーである。ランナーいなけりゃ一番頼れるんだけどね。ちなみに寺原と同期で、当時のドラ1が3人(寺原・真田・秦)揃うという珍事が発生している。
1軍に常駐している左投げのリリーフは今やこの人と加藤康介だけになってしまった。というか先発じゃなかったのかアンタは。未だに140km/hを超える直球と大きく落ちるカーブは魅力だが、リリーフなのに連投出来ないってどういうことなの……。8月になって15秒ルールに初めて適用された不運な人でもある。2009年オフで退団。
マシンガン継投の代名詞的存在。大差ビハインドでワンポイント登板が多かった。
長身左腕と恵まれた条件を持ちながら練習嫌いが祟って損5憶。左投げピッチャーと左手で投げる人がいかに遠い存在か思い知らされた。変化球は入らないストレートはホームランと一体どうすればいいのかもう誰にも分からない。椎野じゃなくてもキレるよ練習しろよ。と、思ってたらついにお菓子会社にトレードされた。しかしやってくる選手とこいつが見合うかは成績をみたら一目瞭然である。
本名:高宮カス也。大矢にひいきされている。
水差し野郎の元ネタはオリックス戦での椎野アナによる毒舌実況。出てきていきなりフォアボール、苦し紛れのストレートがホームランでプッツン。良い球は持ってるのにそれが活かせないチキンハート。最近サイドスローに転向して1軍でも左のワンポイントとして起用されるが被弾癖は直ってない。
大差ビハインドでのロングリリーフなら神がかり的なピッチングを披露するが、僅差か勝ち越しだと途端に打たれる。即戦力候補じゃなかったのかよ……。牽制球だけなら超一流。別名は右の水差し。
2桁勝利→翌年開幕投手にして5月からクローザー→ヒ魔神→翌年先発に戻るも故障→戻ってくるも無援護+初回失点癖で勝てなくなった次期エース。まともに試合を作れる先発が少ないベイスにおいて貴重な存在。かなりの子煩悩である。直球はMAX157km/hを誇るが威力では絶好調時の山口に劣る。
2007年は奮戦したものの、故障で2008年を棒に振ってしまった。木塚と共に右のサイドスローとして復活が待たれる。
2007年は奮戦したものの、故障で2008年を棒に振ってしまった。2009には復活し、火消し役としてフル稼働。ぶっちゃけこの人なしだとベイスの中継ぎは壊滅します。但しマスコミに気づかれない(もはや意図的ではないかというレベル)ため、実際に試合を見ないと活躍度合が分からない。
難聴を患いながらも投げ続ける2代目ヒ魔神。炎上続きで2軍に落ち、今は左のワンポイントとしてたまに登板。
3代目ヒ魔神。直球の威力は間違いなくベイスターズ中NO.1なのだが連投出来ないという致命的な欠点を持つ。先発するには球種が足りず、どこで使えば良いのか分からない。
大学・社会人ドラフト1位で入団したピッチャーが地雷揃いの中、かなりマシな部類に入る。
2009年、オリックスから戦力外をうけ、トライアウトで入団。シーズン途中で昇格されると、貴重な中継ぎとして重宝される。他の中継ぎが酷すぎるからな……
横浜→日ハム→横浜と移籍を繰り返すフォークピッチャー。かつてクローザーを任された程の切れ味を誇ったそのフォークも、今は鈍ってただのビハインド時専門中継ぎとなった。肘の故障で戦力外通告され引退。
東大を実力で卒業した猛者。あまり活躍してないけど、幹部候補生だろうから無問題。
珍名収集で契約した一人。
2005年組で初めて戦力外通告される。
日ハム時代からムエンゴ。★入団後も貫禄のムエンゴをいかんなく発揮。2009年オフで退団。
サンデーモーニングでときどきネタにされた。2009年オフで退団。
本来中継ぎだったが先発登板して活躍できず。やっぱり2009年オフで退団。
2009年7月に駆け込みで入団。年齢も35歳とあって、応急処置的補強かと思いきや、川上憲伸並の実力を発揮し、次年度の契約を勝ち取ってしまう。

[編集] 野手

今期限りで引退を表明。グッチョン。2009シーズンは極度の打撃不振に陥り(4月終了時で打率1割)、2軍で再調整。昇格してからは対左投手時に2番セカンドでスタメン起用され続けるが、8月に入っても打率1割5分で完全にお荷物と化した。守備は今でもそれだけで飯を食っていけるレベルなのだが、守備固めではなくあえてスタメン起用するのが田代流である。
若き主砲。将来的にメジャーにポスティング拉致計画も?頑丈さが取り柄だったが2009シーズンは怪我で約半分しか出場出来なかった。ちなみに入団時はセカンドだった。
ハマの癒し系大砲、吉村裕基
俊足のHRバッター。仁志・大西の打撃不振、石川・藤田ら若手の出塁率の低さから、交流戦以後1番で起用。両チーム先頭打者HRに貢献するなど話題性はあったが効果は薄く、6番に戻っても相変わらず大型扇風機である。村田とは同じ高校の出身で一緒にパワプロをやる仲だが、パワプロ内での村田の守備能力の低さから「動け、デブ!」と叫び、村田の心を大いに傷つけた。年々打率の低下と引き換えにHRを増やしていたものの、2009年は遂に打率・HR共に低下してしまっている。
隠し球。かつて4番だったがなんでよ?今年は150本目のHRやホームスチールなど、何かと話題の選手だった。
佐伯にコールドスプレーを顎にかけられ打撃開眼したとか。2008年首位打者となったが、その時の打率.378は右打者史上最高である。WBCでは好プレーを見せたが、お陰でレフトに固定されてしまった。入団時はショートだったが、セカンドを経てファーストで打撃開眼。ユーティリティな一面を持つものの、実は故障が多い。
2000年に新人王と首位打者を獲得していたが、最近は低迷。しかしながら代打での打率は良かったりする。強肩で、横浜では数少ない守備の名手でもある。
珍名収集で契約した一人。
08年秋期キャンプにて打者に転向。ピッチャー減らしてどうする。
スタメンだと妙に結果を残す人。
古木あーっととのトレードでやってきた人。2008年は絶好調だったが翌年は絶不調。ブログでの能天気さはある意味才能。
広島戦で解説していた達川に「打撃はアマチュア」と酷評される。しかし最近は打撃・守備共に上達し、”プロ”に昇格した。たまにアマに戻る。なんといってもセカンド・ショートにおける鉄壁の守備への評価は高い。普通ならセンターへ抜けるような打球も悉くプロのグラブへ吸い込まれてゆく。
外野手として獲得したら何と一塁しか守れない事が発覚し、スカウトの無能ぶりを知らしめた選手。選球眼は良く、打率2割で出塁率3割を誇る。村田離脱後にサードやったら意外と上手かった。しかし肩はいいのに送球がアッー!日本語をかなりマジメに勉強しており、かなりうまくなったらしいが、来年日本にいるかどうか不明。
石井琢朗の後継者……のはずなのだが、打撃こそ晩年の琢朗にギリギリ勝っているものの守備は悲惨、俊足なのに吉村と盗塁数が大差無い。しかし控えのショートはそれ以下なのでスタメン固定。もうやだこのチーム。イケメンその1
2009年は5月時点でイースタンリーグ暫定首位打者だったために昇格。以後一軍で対右先発時に1番センター、対左先発時は代打で出場。意外にパンチ力のある打撃でベイスターズではかなりハイレベルな成績を残している。イケメンその2
2ちゃんねるの一部でちんこが臭そうな選手として一躍アイドルに。彼が試合に出場するだけでスレが立つ。

[編集] どんぐり捕手陣

どんぐり捕手陣の中では打撃を買われているが、所詮どんぐりなので後はお察し下さい。
どんぐり捕手陣の中では最もマシな打撃が売りだが、他はお察し下さい。
どんぐり捕手陣の中で最も没個性。個性増強のために。
入団会見時に「大矢監督の分身になれるように頑張りたい」と発言。ハンカチ王子と大学時代バッテリーを組んで4期連続ベストナイン、1度は首位打者に輝いているが、プロでは打率1割5分。ただしバントは上手く、明らかなボール球をバントで2ランスクイズに繋げた。大卒ルーキーなのだが捕手陣で最も出場試合数が多く、最もマシな捕球技術とリードでどんぐり捕手陣期待の星。
珍名収集で契約した一人。どんぐり捕手陣の中で屈指の強肩だが他はお察し下さい。

[編集] 主な花火職人

太字は在籍中の職人

今はピッチングコーチをしている。
横浜だけでは飽きたらずに海外進出
引退。クルーンの負傷時は守護神を務めたが、3人のランナーを出しながらその後3者連続三振で試合終了、無失点でセーブをつけるという大劇場を成し遂げ、UZGS(アルティメット残塁グランドスラム)として語り継がれている。
戦力外通告を受けた。そして地元の球団に拾われた。
若手の野手より遥かにバントが上手く、打席に立つと相手の投手コーチが出てくる程。内角154km/hの直球を流し打ってタイムリーヒットにする技術をどうか野手に伝えてやって下さい。

[編集] 伝説のOB

誰もがご存知大魔神。とある漫画の主人公キャラクターにもなりました。
だが、やくみつるは彼に対してアンチ意識を持っている。
右腕投手として初の100勝100セーブ。
893。
2000本安打を達成した年に戦力外通告を受けてしまった可哀想な選手。
現在、横浜ベイスターズ打撃コーチ。
1988年、この年定着した三塁の好守備(わずか3失策)も光ってゴールデングラブ賞受賞は間違いないと言われていた。しかし同賞のセ・リーグ三塁手部門は守備力においては銚子よりも劣ると思われた巨人原辰徳(126試合出場、10失策。但し、打撃成績は銚子より遥かに優秀であった)に奪われてしまった可哀想な人。
2008年にどうしようもない選手ばかりを集めてしまったために、フロントをクビにされてしまう。
宝刀、カミソリシュートの持ち主。
怪我が多かったため、ガラスのエースと呼ばれていたが、プロ通算200勝を達成したことがある。
ちなみに200勝を達成しながらリーグ優勝経験が無い唯一の人物。要するに暗黒時代を1人で背負ったお方である。
がに股打法で有名。元々は中日だった。
彼無しにカムバック賞は語れない。
大洋が誇る長距離ヒッター。元田代ラーメン所属。得意技は高速湯切り。
現在は、父娘揃って横浜に貢献していた男に代わり、横浜大洋の指揮を執る。
横浜星覇会は彼を称え、当時の応援歌を随所に流すも、平成生まれの現代っ子は歌えず。そこで得意の手製の歌詞カードを掲げ、ファンの士気を高めていた。エラ。
リリーフどころか大炎上ww シーズン途中にクビ。ヒューズなだけに飛んで行ったってやかましわwww
引退…試合はまさかのオープン戦。その試合でホームランを打ってしまったという。実は生涯通算打率が3割を超えており、れっきとした一流打者である。
FA権を行使して外国へ行こうとしたが打率.255ではどこもが無く仕方なくヤクルトスワローズに移籍
戦力外にされて引退
退団しました
ほぼ1年間先発ローテの中に入っていたがクビに…。
戦力外にされた末広島に転がり込んだ。しかし広島・横浜両チームの若手より格段に守備が上手い。在京キー局の女子アナをあらかた食い尽くし、広島の地方局アナを狙うために自らトレード志願したともっぱらの噂。若い頃は某アイドルグループ全員食いという偉業を成し遂げた。

[編集] 関連項目

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「横浜ベイスターズ」の項目を執筆しています。


この項目「横浜ベイスターズ」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。より愉快にしてくださる協力者を求めています。さぁ、これを見ているあなたも、恥ずかしがらずに書き込んでみよう! (Portal:スタブ)
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