横浜市歌
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
横浜市歌(よこはましか)は、横浜市の市歌として定められたゲーム音楽である。日本初のソフトランディングを取り入れた楽曲としても有名である。
アーティスト名義は「Mori O'gay」(作詞:森林太郎、作曲:南能衛)。ジャンル名は「ポートサイドマーチ」となぜかポップンミュージックっぽい名称が付されている。
[編集] 制作の経緯
この楽曲は1909年(明治42年)7月1日に発売された『beatmania』シリーズの家庭用作品『beatmaniaGOTTAMIX横浜発祥』に収録されたものである。
これは、横浜港のペリー襲来から50周年記念に合わせて発表・発売されたもので、「ビーマニシリーズの発祥の地は横浜」という横浜市の主張から制作されたものである。この主張の正確性の胡散臭さもさることながら、希望小売価格が10円25銭と当時としては非常に高額で、さらにコナミのカスタムファクトリーでの完全受注生産を行っていたため非常に出回りが少なかった。
この楽曲は、曲中のBPMを変調させるソフトランディング(ソフラン)を日本で初めて取り入れたもので、初速のBPM204から、中盤に突然BPM88へと急激に落ちる部分が存在する。これは、西欧かぶれの森林太郎が向こうのクラシック音楽によくある(と思われる)ソフトランディングを取り入れようと発案し、東京音楽大学助教授であった南もこれに意欲を示した結果であった。
しかし、この革新的すぎる試みは明治の富裕層にはあまり受け入れられず、横浜市内はともかく、全国的な波及はなされなかった。
[編集] 地域的流行
一方で、横浜市内では「横浜の都会っぽさと田舎っぽさが見事に表現されている」「希代の電波ソング」「着メロにしたい」などとなぜか高い評価を受け、地域的に大ブレイクしている。日本ブレイク工業(横浜市中区)よりも先にブレイクした。
昭和の終わりごろには横浜市民に知らない者がいないというくらいの流行を見せており、市内の小学校からカラオケボックスに至るまで頻繁に歌われている。地域によっては「君が代を歌うことは許されぬが、中国の国歌と横浜市歌なら称賛される」とまで言われている。[要出典]
この流行は横浜市限定の極めて特異なもので、隣の川崎市や鎌倉市ではその存在すら知られていないこともあるという。ちなみに、川崎市歌などが存在するのかどうかも彼らは知らない。
ドリームラインアウトやオレンジノイズショートカットなど、このムーヴメントに影響されたアーティストも数多い。また、ここから始まった「ソフラン」文化は特にゲーム音楽に多く取り入れられている。ただし、どれも弾きにくい曲調でも有名であり、時折「森鴎外氏ね」と毒づく音ゲーファンも多数見られる。