橘みずき

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橘みずき
みずき.jpg
基本資料
本名 橘みずき 
職業 プロ野球選手 
所属 キャットハンズ

橘みずき(たちばな-)とは、史上3人目の女性プロ野球選手[1]。登録名は「みずき」。ポジションは投手(サイドスロー・左投左打)。20以上の関連会社を持つ橘グループの直系にあたり、祖父は橘源之助 (たちばなげんのすけ)。姉は橘聖名子(たちばなみなこ)。大リーグで活躍した神童裕二郎 (しんどう ゆうじろう)は義兄にあたる(聖名子の夫)。

概要[編集]

ドラフト1位でキャットハンズに入団、以来貴重な中継ぎ左腕として活躍。スクリュー系のオリジナル変化球「クレッセントムーン」を決め球として持つ。早川あおいが引退してからはそれまで女性に不向きとされてきた先発に挑戦するなど、女性プロ野球選手の地位向上のために活動をしている。いつかは女性リーグを作ることが夢と語っている。

そんな彼女だが関係者の話によると、アマチュア時代はかなりわがままな性格だと言われている。一時期は「小悪魔キャラ」と言われていたこともあるらしい。

また、性格からはわかないが頭は切れるほうで、祖父の橘源之助は橘グループの後継者に姉の聖名子ではなくみずきを考えていたほどである。なお、現在は聖名子の夫である神童裕二郎が後継者になることが決まっており、みずきは経営に関わらない予定。

プレースタイル[編集]

「みずき投法」と言われる独特のサイド気味の投球フォームから投げ込むテンポ良く投げ込む変化球中心の投球スタイル。切れ味抜群のオリジナルスクリュー、クレッセントムーンと自分で「私の生命線」といっている究極の制球力が武器。また、右打者に対しホームベース上を横切るように通過するMAX140km/hの直球、通称「クロスファイア」の使い手であり。クレッセントムーンの他にはスライダーやスクリューといった変化球をもつ。

クレッセントムーン[編集]

クレッセントムーンの握り方

みずきの決め球で高速スクリューボールに属する。これを投げられるのはみずき以外いない。ツーシームの持ち方に似ていて、親指の力を抜き人差し指と中指でずらすようにして投げる。サイドスローで投球することによって生まれる変化を活かした変化球である。

経歴[編集]

幼少期[編集]

幼い頃の橘は人見知りで引っ込み思案な女の子で、いつもぬいぐるみをだっこしているような非常におとなしい女の子だと言われている[2]

そんなみずきのおとなしい性格を直そうと祖父の源之助が野球を始めさせたのが野球との関わりの始まりである。そして野球を始めたとたんになぜか性格が180度急変したとのこと。

今では彼女の周辺は口をそろえて「あのじじぃ、余計なことをしやがって……」と言って恨んでいるとか。

リトル時代[編集]

リトル時代

そして、みずきは当時プロデビューした早川あおいに憧れ、本格的に野球を始める。リトルリーグのチーム「ピンキーズ」に入団し、3番でエースと活躍、そのころから天才少女として有名であった。さらにはファンクラブまであり、「みずき様」と呼ばれていた。

ただ、このころからすでに謀略のほうも長けており、あれやこれやの手段で周辺を支配していた。

聖タチバナ学園中・高等部時代[編集]

橘の貴重なセクシーショット‎

小学校を卒業したみずきは橘財団系列の学校で祖父の源之助が学園理事長を務めていた聖タチバナ学園に入学。中高一貫校であるこの学校で中学・高校時代を過ごすことになる。当然ながら経営陣である橘家の人間が先生よりも権力を握っており、さらにはみずきが生徒会に属していた時は、生徒会のほうが先生よりも上の立場にあったとも言われている。

しかし、このころのみずきは橘家の後継ぎとしての立場から源之助から野球部の入部は禁止されていた。しかし、そんなことであきらめるみずきではなく、生徒会のメンバーを巻き込んで秘密裏で特訓していた。

当時の野球部は人数が足りなく、他の部活から人を借りていたという惨状であった。野球部に入部していなかったが生徒会長という立場で野球部と関わっていたことから部員の一人の誘いに嫌々ながら(というフリをしながら)入部することに。当然、祖父の源之助と対立することになったが、あれやこれやの手段を使って正式に入部(正確には兼部)することになった。[3]

その後、みずきの優れたリーダーシップにより聖タチバナ学園高等部の野球部の練習環境が格段に向上、成績も急上昇することになる。そして、人も足りなかった野球部はみずきが3年の時には夏の甲子園に出場し、大会ではあかつき大付属高校、清本和重擁する西強高校、友沢亮擁する帝王実業高校等を次々と撃破、優勝を果たす。

クレッセントムーンの完成[編集]

みずきの決め球、クレッセントムーンは高校生のときに完成させている。しかし、この時点でほぼ完成型のこの変化球は並のレベルでは受けられない、という実用上の大問題が発生していた。困っていたみずきだが一学年下の六道聖が以前超高校級の捕球技術を持つことを思い出し早速スカウト。六道とのつきあいはここから始まっている。当時の六道はみずきが望む捕球技術を出し切れる精神状態ではなかったが。みずきがあれやこれやの手段[4]で六道の精神状態を強引に回復、見事クレッセントムーンの捕球に成功。甲子園ではみずき-六道のバッテリーが活躍することになる。

生徒会長[編集]

野球部で活躍していると並行して生徒会長としても活躍、野球部での猛練習の合間を塗って生徒会では辣腕をふるい、数々の難題を即決して解決したすばらしい生徒会長だった、と本人は語っている。

イレブン工科大学時代[編集]

甲子園の活躍もあり、そのままプロに進むかとおもわれたみずきだが、なぜか大学進学を選択。プロ志望届を提出しなかった。しかも、進学先は橘財団系列でも野球強豪校でもなんでもないイレブン工科大学ということも含めて野球界を驚かせた。この選択の理由は本人は現在に至るまで語っていないが、某関係者は「先輩のことだ……いつもの気まぐれだろう」と語っている。

そのイレブン工科大学野球部は野球部員が少ないためサッカー部とグラウンドが合同になっており、グラウンドの割り当てをじゃんけんで争ったり、サッカーの試合に部員の一人が駆り出されたりする、という野球をするにはあまりにお粗末な環境であったが、それでもみずきの活躍で大学日本一になり、その活躍が認められみずきは大学生ながら、日本代表に抜擢、JAPANの世界一に大いに貢献した。

パワフル野球アカデミー時代[編集]

日本代表での活躍もあり、またこの頃からみずきがキャットハンズに対する想いを語るようになったことから、キャットハンズからの1位指名は確実、とされていたが、またもはプロ志望届を提出せず、後に義理の兄となる神童裕二郎が設立した野球専門学校、パワフル野球アカデミーの第1期生として入学した。

ここでは憧れの存在でもある早川あおいに直接指導されるという機会に恵まれ、彼女の潜在能力はさらに引き出されることとなり、アカデミーへの入学は成功したと言える。

また、この頃に幼少から非常に慕っていた姉の聖名子が神童裕二郎と結婚しているが、みずきはこのことに非常にショックを受けていたようだが、気持ちの整理がついたのか挙式の前には立ち直った様子

キャットハンズ時代[編集]

いつプロ入りするかと言われていたが、アカデミー卒業後にようやくプロ入りを宣言、以前から希望球団としていたキャットハンズのドラフト1位で指名され入団。

キャットハンズへの入団希望の理由はあこがれの早川あおいの存在だが、あおいがあまりに姉の聖名子に似ていることに動揺、直前の聖名子の結婚のショックから立ち直ったとはいえ、複雑な感情を持っていたことから、入団直後はあおいに対して徹底的に反抗した態度を取っていた。しかし、後にあおいとは和解、みずきはあおいが引退するまで姉以上にあおいに慕っており、しまいには球団内では「みずきちゃんのあおいちゃんを見るときの目の色が尋常ではない色」とまで言われるようになった。

早川あおいの引退[編集]

みずきがプロとして経験を積むさなか、体力の限界を感じたあおいが引退を表明。女性プロ野球選手としての第一人者からの自覚からか、髪型をあおいと同じに変えた。本人は「あおいさんの意志を受け継ぐため」とか言っていたが、球団内では他の理由がささやかされている。

津々家バルカンズ時代[編集]

今度は球団のきまぐれで、新規参入球団の津々家バルカンズへシーズン途中に選手トレードで移籍。ここで高校時代にバッテリーを組んでいた六道と同じチームになり再びバッテリーを組むことになった。

このころには性格が丸くなり、調子が安定してきて、打ちこまれこまれることも昔に比べ少なくなった。将来は女性のみの女性リーグを作ることが目標となったため、よりリーダーシップが発揮されるようになった。また、野球のことに関しての指導力もキャットハンズ時代よりもぐんと上がった。

成績[編集]

年度別投手成績[編集]

年度 球団 登板 先発 完投 完封 無四球 勝利 敗戦 セーブ ホールド 勝率 打者 投球回 被安打 被本塁打 与四球 敬遠 与死球 奪三振 暴投 ボーク 失点 自責点 防御率 WHIP
2011 キャットハンズ 50 0 0 0 0 0 1 0 12 .000 152 34.1 38 3 13 1 0 32 0 0 13 13 3.41 1.49
2012 キャットハンズ 62 0 0 0 0 3 8 0 16 .273 303 69.2 72 10 21 4 7 41 3 0 33 30 3.88 1.33
2013 バルカンズ 65 0 0 0 0 7 3 0 14 .700 296 71.2 72 11 13 2 3 71 1 0 33 31 3.89 1.19

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「橘みずき」の項目を執筆しています。

脚注[編集]

  1. ^ えっ?もちろん史上初の女性プロ野球選手は水原勇気ですけど、なにか?
  2. ^ 「言われている」と記述しているのは、このことについては姉の聖名子しか発言しておらず、周辺の人は(いくら姉の言葉とはいえ)誰一人として信じていないからである。
  3. ^ なお、このときやりとりの詳細について、現在のみずきは一切口にしない。姉の聖名子はよく知っているみたいだが、みずきからかなり口止めをされているらしく話すことはない。
  4. ^ これについて六道は現在語ろうとしない。みずきが話そうとすると、普段の六道では信じられないぐらいのあわてようで阻止してしまう。


どうしたんでやんす? 朝からボーっとして。
うん…。橘みずきってよくわからないよな。
はぁ?
さあ、編集編集

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