正倉院

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正倉院(しょうそういん)とは、古代大和朝廷における破壊と収奪の戦利品を陳列することによって、その野蛮さ、非人道性を主張する反戦平和主義団体によって運営される博物館である。

概要[編集]

暴力と無秩序の混沌に沈む日本の暗黒時代

より遠くから、より珍しいものを獲得する。これは日本人の狩猟本能、凶暴性に根ざす民族的特質であり、日本に稲作が伝来してからというもの、生きるための糧を得るために狩猟を必要としなくなったために、ますます鬱積するようになった。発散されない狩猟本能のはけ口として日本人は略奪という概念を生み出し、敵を殲滅してその持てるすべてを奪いつくすことによって欲求不満を解消するとともに、より遠くから、より珍しいものを所有することによって自らの権威を高めることによって、自己顕示欲を満たすようになった。

そんな日本の中でも特に獰猛にして残虐性を誇った日本武尊(やまとたけるのみこと)の誕生によって周囲に群雄割拠する蛮族ども(彼よりはよほど平和主義的な勢力であった)をことごとく討ち平らげ、彼らが文化的な生活の中で築き上げ、醸成させてきたいわゆる文明の利器(当時比)を収奪した挙げ句、生き残った者はことごとく奴隷としてめでたく日本を統一(したと彼らは思っていた。本当は辺境地方に未帰属地域も多数あったが、おそらくそこは日本として認めていなかったのだろう)、大和朝廷は盤石のものとなったのであった。

かくして獲得した戦利品は三種の神器をはじめとして皇室に代々受け継がれることとなったのだが、年々増え続ける宝物(支配下に収めたからと言って、略奪しない訳ではなかった)はやがてそれまで使っていた倉庫ではしまい切れなくなり、亡くなった皇族の墳墓に副葬品として埋葬するという知恵を絞ったものの、これが盗掘の標的とされてあえなく断念。こうなったらいっそ大きな倉庫を用意しよう、という紳士的な話し合い(もちろん、その片手には剣が握られていたことは言うまでもない)の結果、正倉院が建立されるはこびとなったのである。

収蔵品[編集]

黒歴史

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かくして建立された正倉院には、それまで収奪してきた宝物をはじめとして、新たに収奪したものをどんどん加えて行ったために間もなくパンクするかと思われたが、時の権力者たちが気まぐれに自己顕示欲を満たそうと「ちょっと永遠に借りておくだけなんだぞ!」と言っては宝物を持ち出し、そのままなかったことにされてしまう事件などが相次いだため、収蔵品の量自体にはさしたる変化もなかったが、その質はどんどん落ちて行った。高品質な宝物を持ち出した代わりに低品質な宝物でそれを贖ったためである。よって、現在収蔵されている国宝(たとえば赤漆文欟木御厨子(せきしつぶんかんぼくのおんずし)とか平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)とか黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう))などはそのほとんどが模造品あるいは似ても似つかぬクソであり、それらしくもったいをつけた由来書だの目録だのとはまったく異なるのである。が、しかしその当時から生きている人なんかどうせ誰一人としていないのであるからして、そんな真実はどうでもいい事とされている。

「いいんだよ、品数だけ合ってりゃそれが国宝ってことにしておけば、みんなハッピーなんだよ!」
正倉院 について、無政府主義

かくして運び込んだ宝物と運び出されたの総数、そしてその宝物にかかわり合った人の数だけの秘密がてんこ盛りに詰め込まれ、しれっとユネスコ世界遺産として認定された正倉院は、見た目だけでもそれらしく威厳を保ち続けるのであった。

しかし、近年の宮内庁の調査によると、所蔵されている宝物の多くが渡来人に「コレイイモノヨ~」と高値で掴まされたまがい物であることがわかった。その中には「不死の薬」と称された、土っぽく黒っぽい塊やら、当時は立派な香木だったものの悠久の時の流れに抗えず、すっかり香りが抜け落ちた木屑、頭部分がさみしいことになった筆、天皇の口内で数時間咀嚼されたが如き状態のボロボロ絹織物なども多く含まれているが、「歴史的価値」という名目で一応はその面目を保っている。

一般公開[編集]

そんなドス黒い(世界レベルで見れば大したこともない)古代日本の忌まわしい過去を「日本人の残虐性の証明」として世界反戦平和連合会(参加・構成している団体は検閲により削除)のメンバーが乗っ取り、門外不出とされていた(たとえその実態はクソといえども)国宝級の文物を広く一般に公開して過剰なまでにおどろおどろしいエピソードで紹介。これによって「日本人は世界で最も残虐な黄色い悪魔」という評判を国際的に広める活動を展開しようと目論んでいるものの、結局のところ実行には踏み切れていないままになっている。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

みなさん、松平です。 この項目「正倉院」は、日本史に関連した企画書ですが放送日が迫っています。アンサイクロペディアではその時でないのに歴史が松平アナを動かす! (Portal:スタブ)