武豊

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武豊 について、ニュービギニング
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武 豊(たけ ゆたか、1969年3月15日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の騎手栗東所属。父はディープインパクト

概要[編集]

ポルトフィーノに救急車から遠隔騎乗する武豊

1987年デビュー。兄弟子は河内のおっさん、同期は眉毛、弟は合コン馬鹿
現在JRAのトップ騎手であり、数々の記録を持ち「天才」と呼ばれることも多い。

2003年は、武豊四位養分がよく連対することから子供に不人気のアレと呼ばれていた。

あまりにも強すぎるため、2008年エリザベス女王杯では発走直後に馬から降り、救急車から騎乗するというハンデ[1]が設けられたが、苦にすることもなくポルトフィーノで最先着した。

今もなおJRAのトップ騎手として活躍している武豊だが、後に記述されてある全盛期を知るファンの間では「武は終わった・・・」と評されている。 しかし2013年の日本ダービーではキズナで5度目のダービー制覇。復調の兆しなのかわからないが種無しであることに変わりなかった。


武豊町[編集]

JRAの競馬場である中京競馬場が存在する名古屋共和国では偉大な騎手である武豊を記念して武豊町が作られた。町長は当然武豊である。

武豊線[編集]

武豊町へのアクセスは馬車鉄道である武豊線に限られていたが、近年、名古屋鉄道との競争が激化している。

武豊駅[編集]

様々な理由から、武豊線終点の武豊駅ボロにまみれている。

騎乗スタイル[編集]

武豊の騎乗はため殺しと呼ばれている。これは武豊が限界まで馬の力をため、直線で他の馬をみな殺しにしてしまうからである。また、騎乗のどっしりとした安定感から漬物石と呼ばれることもある。

有力馬の献上[編集]

武豊は強すぎるので、他の騎手から自分のお手馬であるG1馬などが献上されることがよくある。2007年には石橋守からメイショウサムソンが、2008年四位養分からウオッカが献上された。2009年にはディープスカイが献上される予定であったが、直前にディープスカイが逃げ出した為に幻に終わっている。

主な献上馬[編集]

ディープインパクト禁止薬物検出事件[編集]

2006年、武豊はフランスのロンシャン競馬場にて行われた凱旋門賞に三冠馬ディープインパクトとともに参戦した。ところが、武豊とディープインパクトのあまりの強さに恐れをなしたフランス競馬関係者は当該レース終了後、ディープインパクトが禁止薬物イプラトロピウムを使用していたと発表。ディープインパクトを失格とした。

しかし、天才武豊と三冠馬ディープインパクトがそのような薬に頼るはずもなく、ファンの間では「武豊とディープインパクトの実力を恐れたフランスの陰謀である」という意見が主流を占めている。

なお、武豊が同馬の弟である影の帝王ニュービギニングとのコンビを解消したのは、他とのあまりの実力差からこのような悲劇を生み出さないためである。

全盛期の武豊[編集]

  • 1日36勝は当たり前、1日40勝も
  • 武豊にとってのは重賞は平地レースの勝ちそこない
  • 4コーナー100馬身差、騎乗馬負傷の状況から1人で逆転
  • 一回のスイングで鞭が三本に見える
  • 馬に乗るだけで相手騎手が泣いて謝った、心臓発作を起こす騎手も
  • 優勝でも納得いかなければゴール通らないで帰ってきてた
  • あまりに勝ちすぎるから進路妨害でも有効扱い
  • その進路妨害も勝利
  • 騎手を一睨みしただけで馬がゴールに飛んでいく
  • レースの無い移動日でも2勝
  • 鞭使わずに手で打ってたことも
  • 騎乗妨害しようとした騎手と、それを援護しようとした騎手ともどもスタンドインさせた
  • 観客の韓国人のヤジに流暢な韓国語で反論しながらゴールイン
  • グッとガッツポーズしただけで5勝くらい入った
  • ウイニングランでハリケーンが起きたことは有名
  • 湾岸戦争が始まったきっかけは武豊の凱旋門賞勝利
  • アラブの馬を楽々優勝にしてた
  • 自分のお手馬に飛び乗ってスタンドまで行くというファンサービス
  • 武豊は本気を出した事がない
  • 厩舎からゴールインできるのは武豊くらい
  • 武豊がケガしたらJRA中断
  • 武豊が負けると衛星がずれる
  • 病気の子供に凱旋門賞制覇を約束
  • 街で武豊が歩くだけで物価が上がる
  • 武豊が立てるスレは伸びる
  • 武豊に優勝されたことにまだ気づいていない騎手も多い
  • じつは鞭をにぎってるのは小指だけ
  • 武豊騎乗馬のオッズは平均0.3。ときにはマイナスになることも。
  • 一方で対抗馬はすべて百万馬券になるが、的中することはないからどうでもよい。
  • 武豊がゲートに入った時点で重賞勝ちでいいだろ
  • 武豊は落ちてきたりんごを鞭で打って万有引力発見したの有名
  • 武豊は、いつも店先のトランペットを物欲しそうに眺める少年[2]にサラブレッドを買ってあげたことがある
  • あまりに勝つので最初からゴールに立っていた時期も
  • 鞭をフルスイングすると周囲に怪我人が発生するので力をセーブしてた
  • 武豊の騎乗に米軍のレーダーが反応してしまうので騎乗中は警戒されていた
  • 超重量のウエイトを着けながら騎乗していたため試合後脱いだ勝負服を机に投げたら机が真っ二つになった
  • 名騎手は馬が止まって見えるというが武豊はむしろ馬の分子運動すら見えた
  • あまり重賞制覇すると相手騎手が傷付くから勝ちたくないという名言
  • 武豊を一レース抑えれればその開催は当該騎手の勝ちというルールはもはや伝説
  • 敗北させられれば即相手の全レース優勝決定という破格のルールも達成できた騎手はなし
  • ハンデとして目を瞑ってゲートに入るルールも導入されたが全然ハンデにならなかった
  • 武豊の苦手なスポーツは乗馬
  • 8レース連続1着は「今日は馬刺しが食べたい」という暗号
  • 時々かんぴょうを手綱にしている。
  • 1日3場で重賞制覇
  • 夜の騎乗技術も他の追随を許さない

脚注[編集]

  1. ^ この馬から降りるというハンデは02年菊花賞でも試みられている。
  2. ^ 後の三浦皇成である。

骨を5本折りながらGⅠを大差勝ち

関連項目[編集]

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