氷菓

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「I scream You scream 好きさ」
アイスクリーム について、榊原郁恵
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氷菓(ひょうか)とは、お嬢様が狂おしいほどに愛する魅惑の味である。

概要[編集]

氷菓とは現在はおそらくアイスクリームを指すであろう言葉である。主にに食される菓子とされていたが、最近では炬燵でアイスという熱いのか寒いのかよくわからない文化が流行している。アイスクリーム自体についてはアイスクリームの記事を参照してもらいたい。

原義[編集]

古来日本で氷菓と言えば、を砕いて蜜をかけるかき氷のことを指していた。だが、日本が開国し文明開化の音がすると様々な外国文化が日本に流入し氷菓の意味も変遷することとなる。

変遷[編集]

まず、かき氷以外の氷菓として、ではなくジュースを原料に作られるシャーベットが伝えられるはずだった。江戸以前の日本では果汁入りの飲み物を飲む習慣自体がなかったため、果汁入り飲料のことであるジュースを普及させることから始めなければならなかった。そのジュースの普及も伝言ゲームによってよくわからなくなり、コーラやスポーツドリンクなども日本人はジュース呼ばわりしたため日本産シャーベットは欧米人にとってわけがわからないものとなってしまった。挙句に欧米でもシロップを凍らせたものがシャーベットだの、それはソルベだシャーベットじゃないだの内輪もめをしだし、氷菓子をシャーベットとして普及させる計画は露と消えかかった。

そんな事態にシャーベットが陥っていた大正時代、新たな氷菓候補としてアイスキャンディーが現れる。果汁や牛乳などに砂糖を混ぜて凍らせて作るアイスキャンディーはシャーベットと似ているようで違い、内輪もめで流行から外れたシャーベットの後釜にすっぽり収まった。実際昭和初期までは文化人や市民の中で氷菓と言えばアイスキャンディーのことを指す用語だったのである。ただ、田舎では相変わらずかき氷のことであり、田舎でアイスキャンデーを指して氷菓と言ったら都会かぶれとしていじめの対象になっていた。

だが、戦時中は外来語禁止の方針から氷菓の意味はかき氷と統一され、シャーベットを連想したものは思想警察に連行された。まあ、終戦間際になるとかき氷をのんきに食べられるような身分の人間などいなくなっていたが。ここまでの出来事を第一次氷菓定義大戦と呼ぶ。

決着[編集]

終戦後GHQによって外来語禁止令が解け、それと同時に第二次氷菓定義大戦が始まった。初めのうちは無理やりレースから脱落させられたアイスキャンディーが優勢であったが、戦後復興のに乗りアイスまんじゅう・フローズンヨーグルト・アイスクリームが参戦してきた。シャーベットは遥か彼方であったのは言うまでもない。この四者の争いは混迷を極め、氷菓の名を我のものとするため各勢力が一斉に我こそは氷菓だというように広告合戦をするという泥仕合の様相を呈してきた。

そのような状況を打破したのは1978年に放送されたアイスクリーム会社のCMである夏のお嬢さんだった。ビキニのとっても似合う夏のお嬢さんがアイスクリームをおいしそうに食べる様は婦女子のあこがれの的となり、夏のお嬢さんに惚れた男子は叫んだ。「アイスクリームが好きさ」と。

このCMをモチーフにした楽曲「夏のお嬢さん」はイメージガールともなった榊原郁恵によって歌われ、日本歌謡界を席巻した。当時の歌謡界はアイドルによるロングヒットが当たり前であり、一度流行した曲は最低でも三カ月ほどは歌番組で流れていた。その宣伝効果は他の候補を寄せ付けず、大衆文化の中で氷菓はアイスクリームのことを指すと人々は洗脳されてしまったのだ。こうして第二次氷菓定義大戦は終了した。よほどのことがない限り第三次はないと信じたい。もし起きたらアイスクリーム業界にとっては大惨事である。

余談であるが、夏のお嬢さんの歌詞中にある「刺激的さ、くらくらしちゃう」というのはアイスクリーム頭痛のことであり、かき氷を食べるとするツーンとした頭痛を暗喩している。この現象がアイスクリーム頭痛と名付けられたのはちょうど夏のお嬢さまが流行歌となっていた時期である。これはアイスクリームにとっては川崎市における川崎病のようにマイナスにはならないかもしれないが微妙な命名であると言えるだろう。

関連項目[編集]