汚物車

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汚物車(おぶつしゃ)とは、吐きそうなし尿の輸送に使用される貨車である。

型式称号[編集]

国鉄および国鉄と同様の呼称をとる鉄道においては、汚水(おすい)のが接頭語として用いられる。 これに重量記号がつき、ヲムヲラヲサヲキとなる。

なお、ヲタクのヲであるという俗説があるが、当時はまだヲタクという用語は存在せず、語源については上記が正しいとされる。ヲタクによる連続ょぅι"ょ誘拐殺人事件の現場は西部鉄道に近く、これがヲタクが語源とする俗説の原因になったとも考えられる。 なお、某地方鉄道所有の鉱石密輸車両のヲキとは関係ない

民鉄・公営各線での運用[編集]

西部鉄道[編集]

同社の糞尿輸送は1944年9月~1953年3月に行われた。初期は一般の車両を用いて行われた。しかし2ヶ月後には様々な問題が発生したため、専用のタンク車が115両製造された。

信じがたいことに、これは無蓋貨車であった。これは、返却回送時に、周辺の農家で収穫された野菜、味噌などを積載してダイヤの過密を補うというくそみそテクニックが行われたためであった。うんち列車の運行は夜闇にまぎれて行われ、池袋西口のマーケットで売られるヤミ物資より安全で衛生的?な食品を多量に西友ストアへ送り届け、周辺地域の食糧難解決に貢献した。

この無蓋タンク車には底部に放出弁がついており、西部鉄道沿線の数十箇所に設けた糞尿タンクへ糞便を放出する。池袋線の場合は、現在の池袋西部百貨店の位置に、バキュームカーからの糞便を収容する通称うんこビルが設置され、ここから清瀬方面へ糞便が輸送されていった。

客車を併結した混合列車が運行されたこともあるといわれる。現在の西部通勤車が黄色とクリームに塗られているのはこれにちなんだものと言われている。

東部鉄道[編集]

東部鉄道は1944年6月から1955年3月まで糞尿輸送を行った。旧中千住貨物駅に集まったし尿は、武里駅・大沢駅・杉戸駅の三駅に輸送された。東上線においても、東上鉄道時代の1915年から池袋~川越間でうんこ列車が運行されている。

80年代までの東武通勤車の内装が金色だったり、制服が黄褐色なのはこれにちなんだものと言われている。

みゃー鉄[編集]

名鉄でのうんこ列車は、緑色に塗られた無蓋貨車8両が使われた。西部と異なり、木製の肥桶を積み込む方式がとられた。

京都死電[編集]

京都では、京都死電から京阪京津線への連絡線が東山三条に建設された。ここでは営業車を改造した電動貨車が用いられた。京都市電、京阪双方が事業用車から改造された汚物輸送用の電動貨車を所有し運用している。うんこ列車は主に営業休止中の蹴上線ニオウ門電停から肥桶を積み込み、滋賀県内に輸送された。

高度成長期以後の運用[編集]

上記のうんこ列車は、昭和30年代までに下水道の発達により役目を終え、大部分が廃止された。主要な民鉄での貨物輸送は1980年代ごろに次々と終了し、国鉄での荷物輸送も、宅急便の発達により同時期に廃止された。

しかし現在でも一部路線では先頭車の運転席後ろを荷物室代用として使用する場合がある。朝日新聞赤旗などネッ左翼が主張する汚物と、讀賣新聞産経新聞などネット右翼が主張する汚物、東京人にとっての汚物であるデイリーや大阪人にとっての汚物であるスポーツ報知が一緒に輸送され、各駅の売店に配送されることが多い。糞便の輸送は殆ど無い。

大抵の場合、使用されるのは旧型の通勤形電車である。客を荷物·貨物扱いするような老朽車という意味で、各地の鉄道で旧型車が「汚物」と罵倒されている。一部地域では置き換えが進んだが、新型車であっても客を荷物·貨物扱いするような車両は汚物と呼ばれる場合がある。特に短編成化や接客設備の改悪がなされた場合に汚物と呼ばれる傾向が強い(『便所虫』と呼ばれる事例もある)。

また、老朽車全てが汚物車と呼ばれるわけではなく、余命幾ばくもない老人はいたわるのが鉄道教信者のたしなみであり、最期には弔問客らによって人生の記録が盛大に披露されにぎやかに葬儀が行われる。でも駅員や一般客への迷惑は誰も気にしない

関連項目[編集]