洋菓子
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
洋菓子(ようがし)は、西洋で生まれた菓子類の総称。和菓子に対して生まれた概念である。
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[編集] 概要
洋菓子は16世紀にキリスト教宣教師により日本に伝えられた。当時は「南蛮菓子」と呼ばれていたが、これは和菓子に自負心を持っていた当時の日本人が、洋菓子を「南方から来た野蛮な菓子」と揶揄したためである。しかしこれには、恐るべき南蛮菓子の美味しさに文句を付けることができず、ただ呼び方で中傷せざるを得なかったという実情があった。
[編集] 第二次菓子世界大戦
1939年に勃発した第二次世界大戦は、ナチスドイツのポーランド侵攻や日本の真珠湾攻撃が発端といわれているが、実はフランスのパティシエが和菓子のあまりのまずさに「菓子に対する侮辱だ」と発言したことが発端である。なお、その時パティシエが食べていたのは、びっくり堂のびっくり饅頭だったといわれている。
フランスは和菓子の駆逐に賛同したアメリカ合衆国や中華民国と連合軍を気取り、日本を相手に戦争を仕掛けてきた。ドイツやイタリアが攻撃を受けたのはただのとばっちり。もちろん洋菓子の圧勝であった。
勝利した連合軍は、日本の和菓子を駆逐し洋菓子を広めるために街頭をジープで走り回り、チョコレートを無料で配布した。この時、初めて洋菓子に触れた子供達はチョコレートのあまりの美味しさに洋菓子中毒となり、チョコレートを積んだジープを発見すると「Give me chocolate!!!」と叫びながら全力疾走していた。その衝撃は今もまだ日本人の遺伝子に刻み込まれており、特に英語を学んでいない一般の小学生の9割が「Give me chocolate」という言葉を知っている。これは「This is a pen」の認知度と並ぶ。
[編集] 和菓子との比較
洋菓子の美味しさは和菓子を圧倒している。以下に、似たタイプの洋菓子と和菓子をそれぞれ比べた表を載せる。黄色に塗ってある方が勝者である。
| カスタードクリームを包んだ柔らかい生地にチョコレートをたたえたエクレア様 |
以上のように、総じて洋菓子の圧勝である。その理由の1つは、洋菓子の「味に対する合理的な追求」にある。洋菓子は「見た目の美しさ」に必要以上にこだわらなかった。逆に和菓子は、作法やできあがった”作品”の造形美、侘び寂びといったどうでもいいようなことを「芸道」として重んじた。この菓子に対する姿勢の違いが、味における決定的な差を生んだのだ。
しかし、その事に気付いたとしても、和菓子が洋菓子に追いつくのは向こう100年は無理と言われている。それは、次節で述べる職人育成環境の差にある。
[編集] 職人を育む環境
和菓子を圧倒する洋菓子であるが、その理由は一流のパティシエを育てるための下地が整っていることにある。
[編集] 憧れの職業・パティシエ
洋菓子を作成する者は「洋菓子職人」とは呼ばず「パティシエ」と呼ぶ(女性はパティシエールと呼ぶが、以下、記述の都合上パティシエに統一する)。
パティシエは優雅にして華麗なる職業である。語源のフランス語で"Patissier" と格好よく表記すれば、よりよく解るだろう。本場のフランスでは、パティシエは医者のような高い社会的地位として認められている。なお、和菓子を作成する者は「和菓子職人」と呼ぶ。いかにもダサい呼び方である。また、その和菓子職人が十数年にも及ぶ厳しい修行の末にやっと一人前になれるのに対し、パティシエは洋菓子専門学校で3年間、携帯電話片手にオシャレに洋菓子をメイキングしてるだけでなることができる。
以上の理由から、パティシエは若年女性の憧れの職業の上位に常にランクされおり、業界も職人不足に悩まされる心配は無い。
[編集] 充実した専門誌
洋菓子界は専門誌も充実している。専門学校生、およびパティシエを目指す女子高生達は、これらの専門誌を自宅で気軽に読むことで、より簡単にパティシエになることができる。これらの専門誌は熾烈な販売競争を繰り広げており、各誌とも女子校生アイドルを起用するなど、紙面の革新に力を注いでいる。この部分に洋菓子業界の活発さと伝統にこだわらない斬新さが見て取れる。
ただし、近年これらの全ての洋菓子専門誌が発行部数を減らしている。これは、和菓子至上主義者であるじいさん達が圧力をかけていることが原因とされている[要出典]。しかしながら、出版社側もこれに対抗する動きを見せており、近年のマルチメディア化の流れに載った教材DVDの添付などはその販売戦略の一環である。