猫車

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猫車(ねこぐるま)とは、が牽く乗物のこと。馬車牛車の仲間である。

起源[編集]

猫車の歴史は古く、三国志時代に遡るとも言われる。ある日のこと、散歩をしていた一人の男がに乗った小さな子供を見かけた。犬に乗るなどという発想は三国志時代の中国にも無かったが、そのあまりの可愛らしさに参ってしまった上、無類の好きでもあったこの男は、「犬に乗るとはなんと羨ましいことか。では俺は猫に乗ることができないか」などとバカなことを考え始めた。

しかしさすがに人間が乗れるほど大型の猫がいるはずもない。男は代わりに同じネコ科の動物としてトラに目をつけたが、いくらなんでもトラは危険すぎる上、当時はネコ科という概念が無かったためにこれも断念せざるを得なかった。

悩み抜いた男は結局、上に乗ることは諦め、代わりに猫に車を牽かせることを思いついた。こうして誕生したのが猫車である。

発明された当時の猫車は普通に2輪ないし4輪であったが、これが不都合であることはすぐに明らかとなった。猫は人間の言うことを聞かず、その運行は猫任せであったが猫好きの男は全然気にしなかった。いやむしろ「これこそ猫だ! 猫タン萌え~♪」と喜んだ。この点はこうして無問題とされたが、同時に、猫がすぐに狭い場所や塀の上を歩きたがるため、普通の車では全く運行できないことが判明した。

この問題に対応するために、猫車はすぐに1輪に改良された。この改良のために、気まぐれで三次元的な猫の動きについてゆけるようになったのである。その代わりに一度に載せることができる荷物の量は減ってしまい、二人以上の人間が乗ることも不可能となってしまったが、そもそも猫の牽ける荷物の量は限られているため、やむを得ないこととして受け入れられた。

またこうした改良は副次的に、普通であれば車の使えない狭い場所や高所でも車を使うことを可能とした。狭い場所でも平気で入って行ける猫を用いていることもあり、猫車はそうした特殊な場所で活躍するようになった。特に工事現場で役立つこととなり、猫車の普及したの国では城や砦の建設が効率よく行われた。これが小国であった魏が他の二国と(ある程度の期間)戦い続けることを可能としたのである。

なお一説によると、この男は諸葛亮孔明であったとも言われる。

現在の猫車[編集]

猫車はその後も姿を変え、やがて世界中の工事現場で使用されるようになった。多くの改良を加えられた結果、地域や時代によって様々な形の猫車が使用される。なお、日本の現場ではよく親方が「猫持ってこい!」と叫ぶことが多いが、これを聞いて猫だけを連れて行くと激しく怒られる。このときはもちろん、猫を猫車にくくりつけて持ってくるのが正しい。

また同様の理由で農業に使用されることも多い。これは狭い畝の間を自由に走り回れる猫車の特徴が活かされている一つの例である。

なお、日本法律道路交通法)では猫車は軽車両として扱われ、道路の左側、車道の左端を走るのが正しい。

また、レズにおける受身の女性がネコというのは、猫車を工事現場で押す様子に似ている点から、つけられたとされ、時々猫車を押しながらタチに襲われるネコもいる。

注意点[編集]

類似品

馴れないうちはバランスをとるのが難しく、すぐにひっくり返して親方に怒られるが、馴れれば散らかった工事現場だろうが足場の上だろうが、ほとんどあらゆる場所を素早く移動できるようになるので、実際に使うときはよく練習すること。

しばしば一輪車と呼ばれるが、スポーツ曲芸で使われるようなサドルを備えた一輪車とは全然別物なので注意が必要である。

2人または4人で操縦する1輪車は軺軒(チョホン)と呼ばれ、よく猫車と言われているが、猫が牽いているわけではないのでやはり全然別物である。軺軒は朝鮮民族によるウリジナルであり、猫車の粗悪な模造品ではない。

関連項目[編集]