玉手箱
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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玉手箱(たまてばこ)とは、日本海側の沿岸に漂着する、地上の楽園が製造し、日本海に放流している化学兵器である。人体に激甚な被害を及ぼす事で恐れられており、少なくとも中世室町時代には既に猛威を振るっていた。
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[編集] 概要
玉手箱は、15世紀に李氏朝鮮で初めて開発された。その後も大韓帝国、朝鮮民主主義人民共和国と製造技術は継承され、日本に対するバイオテロを目的として数百年以上に渡り放流が行われている。コストパフォーマンスが意外と高いらしく、大量製造は不可能ではあるものの、それでも年間1000個以上製造され、日本海に放出されている。 外観は、螺鈿や漆塗りで装飾が施された鮮やかな色彩の箱であり、中に宝石や高価な工芸品が入っていそうな絢爛さを漂わせているが、無論これは箱を開けさせようとする衝動を惹起させるための罠である。箱の中には極めて危険な化学物質を含有する高濃度のガスが積まれており、開けると周辺一帯にガスが充満する。
このガスは、生物の新陳代謝の循環を急激に促進させる効力があり、浴びてしまうと一気に身体の老化が顕著になる。室町時代に編纂された怪奇譚「御伽草子」に拠れば、浦島太郎という漁業を営む青年がこの箱を開けたところ、急激に肉体の老化が進み、わずか数秒足らずで老人の身体に変質してしまったという。さらに、その浦島太郎という人物は老化した後、「亀を助けて竜宮城に連れて行かれた」「乙姫から饗応を受けた」など支離滅裂なたわごとを口走ったとされ、人間の脳や精神にも変調を来たし、尋常な思考を破壊する極めて危険な兵器であることが明るみとなった。
この浦島太郎の事件以降、日本海沿いの自治体では、海岸に箱が流れ着いていたら無闇に開封しないように呼びかけている。それが奏功してか、星霜を経るにつれ玉手箱による被害件数は漸減しているが、未だに開封してガスの被害に遭う愚か者は後を絶たない。
[編集] 歴史上における玉手箱の被害
豊臣秀吉による朝鮮出兵の際は、大宰府に流れ着いたり、海上を漂っている玉手箱を拾って開けてしまったがために、肉体の老化を招きそれが原因で早期に死亡した武将、将兵が続出し、朝鮮出兵頓挫の原因となった。また江戸時代には、朝鮮通信使が貢ぎ物と詐称して玉手箱を将軍に献上、寸前で露顕したもののあわや開封しかける事態になり、これが基で幕府の心証を悪化させ新井白石は朝鮮通信使の待遇を粗略にした。
幕末期には大黒屋光太夫という男がこの箱を開けてしまい、老化現象の被害を被りかつ神経に障害を生じ、「自分は漂流してロシアに流れ着き女帝に拝謁した」などと妄言を吐き、鎖国下の幕府に一時拘束されるという事件も起こっている。
[編集] 備考
日本政府は隠匿しているが、公害病の幾つかは玉手箱の影響による可能性が示唆されている。また、玉手箱の中には俗に箱入り娘と呼ばれる幼女が監禁されており、これを助けてあげると助けた人の忠実な性奴隷になってくれるという風聞が囁かれているが、玉手箱を日本人に開けさせようとする朝鮮人が流布した迷信である。
[編集] 総括
要するに絶対に開けてはならない箱である。にもかかわらず開けてしまうバカがいる。そんなバカどもの中には「開けるなと言われると余計開けたくなる」などと呆れるような主張を垂れ流す輩もいるらしい。げに恐ろしや、押ボタン症候群。