町田康

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町田康(まちだ こう、1962年1月15日-)とは、日本の作家兼音楽家である。音楽家から作家に転身したと一般では認知されているが、音楽活動を辞めたわけではない。ただ、作家に活動の重点を置いたっつーかー、音楽性の違いで音楽活動が上手く言っていいないっていうの?まあそういう些末な事情はどうでもいいじゃん。とにかく作家であり音楽家でございます。

活動している分野、やっている仕事はいずれも社会のアウトサイダーとしての仕事であり、必死に働いてる蟻共を尻目に歌っているキリギリスである。あかんではないか。

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来歴[編集]

この男は1962年に産声をあげた。第一声は「かたじけない」であった。腹を痛めて産んでくれた母親への敬意を幼い頃より欠かさない侍の鑑であった。なおこの話は作り話である。

音楽への感心を深め、若年の頃より音楽活動に精を出す。日本は侍の国であったが、町田は侍としての倫理や道義など意にも介さず音楽活動に集中した。あかんではないか。

若い頃より、級友らと共にバンドを組み、音楽活動を続けたが、長続きしない。この男、まあなんつうの、自分で言うのもあれだけど、天才なんだよね。だけど、天才ゆえに協調性がゼロだったっつーか、そのせいで軋轢ばかり起こして、離合集散、結成と解散を繰り返したのでございます。

そうこうして成果を伴わない社会ののけ者として生きていくうちに、糊口をしのぐのも苦心するようになった。焦る町田、風潮は厳しい逆風。どこかへ逃げようにも背中を向けることが許される年齢でもない。腹を決めた町田、作家へ転身した。簡単に音楽家から作家へ転身できるかって?出来るんだよ天才だから。凡人には分からんでしょ。これは天才にのみ許された特権なんだ。ゴットフリート・ライプニッツだって哲学者、数学者、外交官とか色々兼業してたじゃん。

作家の道は音楽家から脱線してきたならずものが成功できるほど温い世界ではない、それを承知で町田は書き続ける。何の因果か、2000年に著作「きれぎれ」が芥川賞を受賞する。調度この年2000年問題があった。大山鳴動して鼠一匹、大したことはなかったのだが、文壇はすっころげた。大いにすっころげた。町田とかいう音楽家崩れが受賞することが何かの間違いだ。ジジイ共が発狂する声が聞こえた。町田は気にしなかった

その後、そこそこ作品を作り、そこそこ賞を受賞して、現在に至る。今では、作家としてそれなりの地位を固めている。作家になりたくてなれなかった凡才の皆様、売れない作家の皆様、まことに申し訳ございません、これが天才が本気出した結果でございます、そう町田は言ってるの、言ってないの、本人の破天荒な文体からして言ってても不思議じゃないわな。

特徴[編集]

町田は文体を破壊するクラッシャーとして有名である。前述のように、漢字とひらがなの文体に横文字を入れる程度じゃクラッシャーになれないっていうか、文体は滅茶苦茶でも、円滑に読めればいいじゃんっていう、でもな、破綻していてなおかつ流暢な文章作るのも楽じゃねえんだわ。ただ破綻してるだけの文章なら猿でも書ける。無限の猿定理を諸兄も御存知であろう。破綻していて、なおかつ筋が通っている、町田の文体にはそうした不思議がある。天然でやってるのか、意図的にやってるのか、本人にしか分からないし、分かったところで何でお前らにそれを教えてやる必要があるんだって、本人も考えてるに違いないよ。

関連項目[編集]