百戦百勝

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百戦百勝(ひゃくせんひゃくしょう)とは、絶対負けない勝負しか挑まない者に付けられる称号である。

概要[編集]

百戦して全て、勝利した状態を表す四字熟語が百戦百勝である。この状態を現実に実現させるには、一体どうすれば良いのか考えてみよう。

百戦百勝の棋士[編集]

将棋で五段の男が百戦百勝する事例を挙げてみよう。空想科学的補正がかかっていない限り、五段の人間が五段と100局指したとするなら、50勝50敗となるはずだ。五段と指しては絶対に百戦百勝できない。五段より上なら負け越してしまう。

四段と指すなら、60勝40敗で40回も負けてしまう。三段だったら、30回負けてしまう。・・・初段でも10回は負けてしまう。だったら、初心者の女の子とやったら、百戦百勝できるだろうな?

違った。初心者相手だと予測がまるで付かないから、うっかり反則して負けてしまうかもしれない。それに級位者相手に勝った対局でも部分部分では負けを喫している。これでは百戦百勝とはいえない。

対策は一つだ。俺がすべてのルールを決定できるネオ将棋をつくるのだ。そうすれば、どんなことがあっても俺が百戦百勝できる。俺がすべてのルールを設定するのだから、全部勝てて当たり前だよな。

そして、百戦百勝を求めたこの男の棋力はみるみる内に落ちていき、級位者になってしまった。

百戦百勝のコーチ[編集]

百戦百勝級の腕を持つ有名選手が学校で運動部のコーチを務めることになった。その選手は極めて厳格に部員を指導し、初心者たちを相手にろくにコツも教えぬまま百戦百勝し続けていた。

スパルタ神話を信じる部員はどうすればより早く上達できるかを全く知らぬまま、練習に耐えていた。コーチは指導方針に疑問を感じて少しでも休もうとした部員には、容赦なく鉄拳を浴びせた。部員は素直に特訓に耐えた。どんな場面でさえ部員は一点も点を入れることができなかった。

試合の日になった。有名選手の手ほどきを受けた部員たちの腕をみようと地域の野次馬が詰めかけた。そして、部員は相手校の前に百戦百敗した。コーチは激怒し、部員たちを前にして厳格に百戦百勝し、部員全員を行動不能にした。野次馬はコーチを脱ゆとりの勇者と礼賛した。

コーチは最後まで部員を相手に、完全無欠の百戦百勝を続けた。部員は1点たりとて入れることができなかった。汗を流して倒れ込む女子部員たちを前に、立ち上がれと叫ぶ百戦無敵のコーチは毎日充実した生活を送っていた。

翌年、コーチは職を解任された。対外試合で1点も点を入れられない百戦百敗の無能な選手ばかりを作り出したというのがその理由だった。10勝90敗できるレベルまで部員を成長させたら、自分が万能になれなくなるとコーチは抗弁したが、その発言がもとでコーチは選手協会から懲戒され、知らぬ間にその腕は地に落ちていた。

百戦百勝の作品[編集]

特に推理物を中心として、主人公が超のつく頭脳を基に百戦百勝して俺Tueeeする作品は数多い。読者はこうした作品を読んで、自分もこうなれたら良いと幻想に浸る。犯人も推理役も百戦百勝の完璧超人が対決する超推脳は、百戦百勝の万能感に浸れる絶好のアイテムだ。

しかし、こうした作品で合理的に百戦百勝の感覚を味わうためには、読者は架空の超人たちと闘争し、超人と同等の推理に辿りつかねばならない。作中の超人の推理はなってない、俺の推理の方が正しいと一人、言葉を発しえない超人探偵と対話して万能感に耽るのは反則行為だ。

それなのに、この反則を冒して超人に百戦百勝していると思い込む読者があまりに多すぎる。読者は「超推理の前に倒れ込む犯人」を眺めて、自分では一切事件展開を自力推理していないというのに、自分の論理が勝ったかのように恍惚感に浸っている。そして、超人のようなことを現実世界でも出来るように鍛錬しようとは思わない。

そのような読者は、決して万能でも完全無欠でもない主人公の作品も主人公が百戦百勝しているかのように思い込むことだろう。そして、現実世界の敵キャラの前に完膚なくやられることだろう。

百戦百勝の国家[編集]

あるところに、他国に負けたことがないと自国民に向けて広報する国家があった。その国は自国が常に他国との闘争であらゆる面において百戦百勝で大勝し続けている、他国に対して歴史上一度も負けたことがないと豪語していた。

しかし、他国は見抜いていた。その国が適用する規則があまりに独創的すぎて他国が採用すべきものでないこと、それにその規則が科学技術や人間行動の法則からあまりに反していて実際には災厄しか招いていないことを。客観的にみて他国に負けた戦争を自国が勝ったかのように文飾していることも。

その百戦無敗の国民たちも内心では自分たちの従っている規則が誤っていて、世界共通とされる原則の下では到底太刀打ちできないことに気づいていた。しかし、その国民は分かっていても世界の原則に合わせることができずにいた。決して、国家が統制している訳ではない。国家はむしろ、自分たちのいう通りにしないと間違いなく他国に負けるぞと大衆を常時叱咤していた。

国民はあくせく働きながらも、一定程度働く行為に意義を感じていた。その労働内容が、自分たちの百戦百敗へと転化するのなら、誰がその認識に合わせるというのだろう?そうした瞬間、自分たちは無敵の最強国家という幻想を殺され、世界の最底辺に置かれてしまう。かくて国民はそうした不都合な真実を公言する輩を片端から人民裁判にかけるようになった。

その他の用例[編集]

百戦百勝の将軍
100万の軍勢で1人の軍を追い掛け回せば、簡単に百戦百勝できると豪語していた。最後はその1人に寝首をかかれた。
百戦無敗の剣豪
「無敗」がポイントである。戦っても相手がいなければ、決して無敗とはならない。つまり、一人で空気を相手にして百戦していた風景を思い起こすことができる。
百戦百勝の株式取引
サプライズの続く株式市場で、全部の株を黒字にして売り抜けることなど決してありえないと市場は教えている。このような売り文句が付いているなら、その株式プランは間違いなく詐欺である。
百戦無敵の勇者
敵から1ダメージも受けることのない勇者という意味である。この勇者を止められる人間はどこにもいない。勇者は誰も傷をつけることができない絶対権力の地位にある。ならば、勇者はやがて他者からみて魔王と同じ存在に堕することだろう。
百戦百勝のエクストリームスポーツ
自分が必ず勝てる環境を設定するエクストリームスポーツである。自分以外にプレーする人間がいなければ、確実に百戦百勝できる。
百戦百勝のディベート
一歩も譲らず自らの論を押し通しきることなど、喋れない障碍者か赤子を相手にしないと不可能だ。つまり、百戦百勝するディベーターは間違いなく独裁者か敗北を認めないチートだ。

関連項目[編集]