いしばしタン
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
石橋 省三(いしばし みつ、明治17年(1884年)9月25日 - 昭和48年(1973年)4月25日)は、おにゃのこであり、みんなのアイドルである。いしばしタンの愛称で親しまれた。戦前から戦後にかけて活躍し、戦後には総理大臣になるほどまで、人気を博した。
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[編集] 経歴
[編集] その奇病と、敏腕記者時代まで
いしばしタンは、本名を石橋 省三(いしばし みつ、と読む)という。東京市で生まれるが、事情により、養父に預けられ山梨県の山中で育てられた。親から養育を放棄される不幸にあったわけだが、それでも優しい養父のもと、のびのびすくすくと十代を過ごした。しかし、のびのびすくすくしたのは精神だけであり、体、顔の成長、変化は十?歳のままで止まってしまう奇病に冒された。
その後、上京して受験に挑むが失敗してしまう。この苦い経験が彼女に、少女に大人びた雰囲気を与えることになる。その後、無事、大学に入学、優秀な成績で卒業し、経済誌を出している出版社に入社することとなった。もちろん、その、麗しく可愛らしい風貌が認められてのことである。
彼女の記者時代は、敏腕記者として世の人気を得た。取材対象はみな、その彼女の愛らしさに強硬な姿勢もほだされ、いくら強面の怖いおじさまでも、コロリ、と参ってしまい、親身に取材に応じ、その後は貴重な情報源にもなってくれるのだった。こんな感じである。
- 強面のおじさま「ああーん、なんだてめえは。いてこましたろうか、この野郎」
- いしばしタン「あ、あのね、みつねー、すこし、おじちゃまに、おしえてほしいことがあるの……」
- 強面のおじさま「ああーん。なんだい、お嬢ちゃん、なんでもおしえてあげるよ、ハアハア、いしばしタンかわいいよいしばしタン、ハアハア」
もう、骨抜きである。彼女の魅力は、まるで、なにか魔法をつかっているみたいである。ここから、すでに全国に広がっていたいしばしタンフアンによって、詳細な架空の、萌える設定がつけられるようになった(→詳細は後述でのべる)。いしばしタンは築き上げた情報網と緻密な構成力をいかし、大胆なすっぱ抜きで巷を驚かし、経済分野を中心とする、詳細な下調べのもとに書かれた重厚な連載記事で、右左問わず知識人を唸らせた。
しかし、いしばしタンは、逆に、悩み苦しむことになっていく。この、わたしの評判は、わたしのこの容貌のおかげなのではないか、本当の自分の力によって得たものではないのではないか、と。そして、決断した。わたしは、自分の実力のみでのしあがっていきたい、だから、挑戦するのだ。
[編集] 政治家への転身
右の写真が、政治家時代のいしばしタンの姿である。記者時代の皆から愛された可憐な姿からは考えられない、見るからにむくつけきおっさんである。出版社を退社し、名前も「石橋湛山」と、愛称をいかした名に変え、そして、右のような肉襦袢を着こんだのだった。肉襦袢を着こんでの選挙戦は慣れないもので、1946年の選挙では落選してしまう。だが、1947年、やっと、いしばしタンは、努力のかいあって衆議院議員初当選を果たした。
そしてすぐに、大蔵大臣として敏腕をふるうことになるが、そのメディアへの露出が、ひとつの疑惑を生むことになった。あの、舌足らずな可愛らしいしゃべりかたは、あの、消えた敏腕記者、いしばしタンではないか、と。そして、石橋湛山=いしばしタンというのは、公然の秘密となっていった。肉襦袢から、よく見るとジッパーのスライダーが見え隠れして、あれがだれかの「世を忍ぶ仮の姿」なのだ、ということがもろ分かりだったのだ。
しかし、それでも、本人だけはそのことをしらず、一所懸命に答弁するすがたは、さらにいしばしタンとしての人気をますことになった。石橋湛山の正体についての報道は、やはりいしばしタンの魅力にメロメロであったため、自主的に規制された。そして、だれもかれもが辣腕の政治家、石橋湛山を優しく見守るようになった。いしばしタンの記者時代の写真は、アングラで出回り、熱狂的な人気が出、その方面からも支持を得ることとなった。
この人気は、GHQ からは、脅威にうつった。また、生来のSを発揮した GHQ は、好きな女の子をいじめる感覚で、いしばしタンを公職追放してしまった。しかし、いしばしタンの人気は衰えず、みごと復活を果たす。いしばしタンは、大臣職を経て、ついに総理大臣にまで成りあがったのだ。
[編集] ついに総理大臣に そして伝説へ…
石橋湛山第五十五代総理大臣の誕生である。これをきいたアメリカ合衆国のアイゼンハワー大統領は、鳩派の首相の誕生に、歯噛みして悔しがったけれど、内心は、「いしばしタンかわいいよいしばしタン、ハアハア」だったそうである。ちなみにこのとき、まわりの政治家たちがイタズラ感覚で組閣入りを断りまくったため、総理に就任するとなった初日はいしばしタンがすべての大臣を兼任して一人ぼっちで内閣を作らなければならなくなった。当然のごとく周りの大人はいしばしタンがオロオロするさまを見てハアハアしていたのだが、だんだん可哀想になってきたため大臣を引き受ける者が集まってきて、その日のうちに全大臣が揃うことになった。
そして、悲劇は起こった。いしばしタンは、いつものようにお風呂を楽しんだあと、風呂場で倒れてしまったのだ。そして、このままでは総理大臣は勤められない、として、わずか六十五日で石橋内閣は退陣することとなったのである。
いしばしタンには、若干ではあったものの後遺症が残ってしまったものの、意識ははっきりしていて、ついに政治の世界に復帰した。そのことは、全国に哀れみと感動をあたえ、世界中にいしばしタンフアンを増やすこととなった。いしばしタンと会談を行い、親交をもった中華人民共和国初代国務院総理の周恩来も、そのひとりである。周恩来はいしばしタンについて、こう語る。「いしばしタンの熱意は、わたしをつよくゆさぶった。なんにせよ、いしばしタンかわいいよいしばしタン、ハアハア」
こうして、いしばしタンは、政治家としても、大きな成果を残し、引退した。彼女は、肉襦袢を生涯はづすことなく生活した。本当の姿をうつした写真は、記者時代のもののみ、ということもあって、フアンの妄想は、すさまじいものがあった。たとえるなら、アレである。ぱんもろよりもぱんちらの方が亢奮する、という感じである。フアンは、謎に満ちたいしばしタンの真の姿をもとめ、ひとつの設定を築き、作品群を作りあげた。それが、以下の、『ぷらみに!』である。
[編集] ぷらみに!
いしばしタンの真の姿を妄想するフアンによってつくりだされたのが、『ぷらみに!』という作品群である。
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