神保町

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神保町(じんぼうちょう)とは、日本最大の古書店街のみならず、世界でも有数の古書店街。旧称:紙ン保町。正式名称は東京都神田神保町で、よく「神田古本街」と通称されるが、JR神田駅からは距離があり、古本を求めて喜び勇んでやって来た地方の人が、見つけられずにまごつくことでもよく知られている。 また、学生が多く集まるため、B級グルメの町としても有名である。神谷町と間違えがちなので注意が必要。

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古書の迷宮[編集]

交通事情[編集]

神保町には都営地下鉄三田線都営地下鉄新宿線東京地下鉄半蔵門線のそれぞれの駅があり、交通の便は至極よい。しかし地下鉄が開通するまでは、御茶ノ水神田水道橋といった駅のどれからも微妙に遠く、書店に興味がなく年間を通して本を一冊も買わないような人にとっては、死ぬまで一度も訪れなくても一向に差し支えのない町であった。その意味では長らく陸の孤島であった。

神保町の人々[編集]

その一方で新刊書・古書・マンガ・エロ本に目の無い人にとってはまさに夢の理想郷であり、特に「書痴」と呼ばれるような「本の虫」あるいは「ブック・ジャンキー」みたいな者にとっては、垂涎の的であったのである。自ずとここを訪れるような人は限定され、行く人は行き(逝く人は逝き)、行かない人は永遠に行かないという、特殊な町の構造が生み出された。

言うなれば、叢生するジャングルのように林立した書店群に適応した者だけが生き延び、その特殊な環境にふさわしい有象無象の輩が生まれたのである。具体的には、駿台予備校生、明大日大専大電機大などの大学生、書店・出版社・版元の関係者、古本屋のガンコオヤジ芳賀書店関係者などなどがそれである。こうした人々がまるで迷宮のようなこの街を作ったのである。

古本屋のガンコオヤジ[編集]

三省堂書泉ブックマート書泉グランデ東京堂書店といった新刊書店も、それなりのビルディングを構え、書店街で大きなシェアを占めてはいるが、やはりここは古書店街である。靖国通りにも、白山通りにも、すずらん通りにもひしめきあう古書店は、昭和初期に立てられたとしか思えない今にも潰れそうな建物であっても、結構健気に営業しているのは涙を誘うものがある(まあ一発大地震が来ればry)。しかもその中には、備えつけのアイテムのようにガンコオヤジがどっかと座って店番をし、古本を売ろうとするとタダでさえ安い値を更に安く言い募るから、唖然とする。オヤジたちもカスミを食べて生きているのではないだろうから、とは思いつつも何故かすごい暴利を貪られているようなような気がしないでもない。などとグチを垂れるのはまだ神保町界隈の水に慣れていない証拠である。オヤジたちも懸命である。店先にいつ使ったのかわからない赤本が山のように積まれているのを見ると同情を禁じえないものがある。

地震と神保町[編集]

古書店はどの店も膨大な在庫を抱えている。床には積み重なった本が、埃をかぶりながら柱のように立ち並び、歩けば本の重みで床が軋(きし)み、店全体が悲鳴を上げたように揺さぶられる。時にここを直下型のたて揺れ地震の強いのが襲ったとしたらどうなるのであろう。一斉に宙を舞った本の一冊一冊が、そのまま引力に引きずられ落下し、あなたの脳天を直撃することはおろか、身体をバラバラにすることであろう。加えてその上から覆いかぶさった書庫の圧力であなたの肉はほどよいミンチとなることであろう。神保町では本による圧死は珍しいことではないらしく、交番の前には「本日の交通事故死者」の隣に「本日の古書による圧死者」の犠牲者数が逐一公表されている。

地震の件と絡み、火事もこの街では一際怖ろしいものとなる。しかも本はほとんどが紙でできている。紙に火がつくと回りは早い。一面が本で埋め尽くされている古本屋など言語道断であろう。燃え上がる本の炎に巻かれたらあなたの短い人生はそこで終わりである。以上のことを踏まえ、地震や火事に神経質な人は、神保町を訪れる際、知人友人家族親戚と別れの水さかずきをしておいた方がよいだろう。

日本の出版部数は異常[編集]

地震や火事が起こることを勘案せずとも、現時点でさえ神保町は本に埋め尽くされている。しかもその量は減ることは無く、日を追って増えていく一方である。日本の出版部数の量は世界的に見ても異常であるが、その異常な分のほとんどが神保町で生まれ、売り買いされ、そして蕩尽されていくのである。ここはまさに「古書の迷宮」である。アルゼンチンの作家ボルヘスが神保町を見たら、神保町こそが「バベルの図書館」だと言うことであろう。かくして人はこの街の迷路にさまよい、足元を見失い、やがて転落していくのである。

B級グルメと神保町[編集]

神保町界隈には、店名に病的な矛盾を抱えた「インドカレーの店・エチオピア」や、ラーメンとチャーハンの両方を同時に食べたい病的な優柔不断の客のために、日本で初めて「半チャンラーメンセット」を開発した廃墟型ラーメン店「さぶちゃん」、ラーメンとザルそばの不義の子「冷やし中華」の世界七大起源のひとつである中華料理店「揚子江菜館」など、グルメ史に名を残す数々の名店がひしめいている。近年では、養豚施設として名高い「ラーメン二郎」神田神保町店の行列は他に類を見ない長さとされ、夜な夜な集まる豚の鳴き声や吐しゃ物・糞尿などに近隣住民は頭を悩ませている。多くは本に金をつぎ込んで金銭欠乏症を併発した読書病患者のための療養施設として端を発しているため、「多い・安い・味が印象に残らない」(最後のひとつは、食事中にも読書に集中できるための配慮)という特徴をもつ。

関連項目[編集]