神田

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「神田 (千代田区)」の項目を執筆しています。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「神田駅 (東京都)」の項目を執筆しています。

神田(かんだ)とは、東京千代田区の地名。奈良時代に渡来した天竺人の集団が武蔵国に入植した地域で、初期は彼らの故郷を思わせる「健駄羅(Gandhara, ガンダーラ)」と名前がつけられたらしい。やがてインド式の呼び名は平坦なアクセントに変化し、平安時代までには「健駄羅」の「羅」の字が略されて「ガンダ」と読まれるようになり、更に「カンダ」と読んで「神田」の字が当てられるようになったと「延喜式」に記録されている。

ここで扱う「神田」は1947年に東京23区の再編が行われた時に消滅した旧神田区の領域を指すと考えてよい。ちなみに現千代田区は旧神田区と麹町区が合併して誕生した区である。現在、神田がつく町名は30近くに上るが、それをいちいち述べると項目執筆者の命に関わるので、神田駅周辺の神田鍛冶町、それとレトロな町並みが残る神田須田町などを中心に述べていきたいと思う。神田明神のある外神田、古本屋街のある神田神保町擬宝珠纏の実家超神田寿司のある神田小川町については別項を参照のこと。

危機に瀕する江戸っ子[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「江戸っ子」の項目を執筆しています。

「神田」と言えば「江戸っ子」である。「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」「喰いねぇ、喰いねぇ、寿司喰いねぇ」という台詞でお馴染みなのがいわゆる江戸っ子である。しかし現在、純粋種の「江戸っ子」は危機に瀕している。「べらんめえ」とか「てやんでえ」、「べらぼーめ」や「あたぼーよ」、主語は「こちとら」で、「」と「」の発音がはっきりしないから「お日さま」を「おシさま」と言うようなチャキチャキの江戸っ子は、鐘や太鼓叩いてもそう易々とは探せないはずである。何ら対策をしない限り21世紀の半ばまでには完全消滅が危惧されているのが実情である。

はっきり言うと血統書つきの犬よりも血統の維持が難しいのが江戸っ子である。将軍様のお膝元で産湯につかり、さかのぼって祖父祖母、父母、それと自分を含めた三代まで「純粋」な江戸っ子でなければ条件は満たさないのである。仮令じいさん一人が埼玉県川口市の出身であろうと、仮令ばあさん一人が千葉県市川市の出身であろうと、もはやその時点で江戸っ子とは見做されないのである。言うなれば「雑種」であって、その時点でアウトである。更に厳しい条件だと、その出自が山手線内でないとダメとか、大江戸線内でないと却下とか、難しい条件がつくらしい。

絶滅に瀕している生き物と言えば「トキ(朱鷺)」が有名であるが、保護と育成の点からしても「江戸っ子」は「トキ」より分が悪いのである。トキの場合は中国から何羽か貸して貰って繁殖に成功しているが、中国から「江戸っ子」を借りてくるのはかなり難しい。仮に名前の似た「江蘇省」から何人か借りてきたとしても、それは「中国語を喋る人」であって「江戸っ子」ではありえない。ましてや北京上海香港から借りてくるなど無茶である。蛇足ながら日本に近い某国にこんな話を持ち出したら「江戸っ子の起源は…」という難しい話にされてしまうので深入りをしないほうがよさそうだ。

須田町のレトロな街並[編集]

そうした事情により、国が打ち出したのが無形文化財として「江戸っ子」を保護育成することだったのである。千代田区で「神田」の名称がついているところは早い話が、江戸っ子保護の自然公園みたいなものである。まあタンチョウヅル保護のための釧路湿原みたいなもんである。神田に数少ない江戸っ子が集められ、江戸っ子保護観察センターが作られたのは21世紀に入ってまもなくのことである。人工繁殖としてブリーダー(繁殖家)が「江戸っ子」の種付けの世話をしようと名乗り出た経緯もあったが、気が短くて喧嘩っ早い江戸っ子から「てやんでい、べらぼうめ、おととい来やがれってんだ、このすっとこどっこいのひょーろくだまがッ!」と罵詈雑言浴びせられてしまったので、人工繁殖の話は無期限延期ということになったのである。

神田のあちこちに残っている江戸っ子を見ておこう。現在江戸っ子の多くは70代以上の者が多く、人口に於ける老人の比率の高さでは、日本最高齢都市巣鴨にひけをとらない。しかしここの江戸っ子が凄いのはすべて手に職を持っているということである。江戸の伝統を今に伝える火消し鳶職人指物師羅宇屋かんざし職人香具師など、今では見られない職人を見ることができる。文化庁の方針でこれらの職人の仕事は公開が義務つけられているが、それでも癇癪持ちの職人たちは「おいおい、おれっちの仕事は見せもんじゃねぇよ、さあ帰(けえ)んな、帰(けえ)んな!」とすげなく追い返されてしまうことも多い。それでもチラチラ見ていると、喧嘩慣れした威勢のいい老人職人の拳骨を喰らい、叩き伏せられて、ボコボコにされることも珍しくない。そうした職人の家には「猛爺注意」とか「江戸っ子注意」の貼紙がしてあるというから確認しておくべし。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「神田須田町」の項目を執筆しています。

こうした喧嘩っ早いジジイたちは食事時になると、JR東日本神田駅からアキバ方面に向かう須田町でメシを食ってることが多い。この界隈は東京大空襲で焼け残った一画で情緒ある店が多く、鶏鍋の「ぼたん」、あんこう鍋の「伊勢源」、蕎麦屋の「神田藪」、甘味処の「竹むら」、洋食屋の「松栄亭」など、そろそろお迎え待ちなのに一向に食欲が衰えずバクバク飯を食う江戸っ子ジジイ定番の店がひしめいているのである。レトロで雰囲気がよいのでテレビ東京あたりのグルメ・レポーター番組ではよく取り上げられている。料理記者歴半世紀以上の岸朝子女史ならいざ知らず、「物の味も分からぬような」ちゃらちゃらした小娘のアイドルが「おいしいですぅ☆」とかレポートすることが近年多くなっている。しかし江戸っ子ジジイの血圧がガッと上がるのもこんな瞬間で、どんなに可愛くても目が合うや半殺しにされるとも言う。可愛い女の子ですらそうなのだから、アキバから何を血迷ってか、近所だからと須田町にやって来るオタク、そう、ジャンクフードしか受けつけない三段腹に、一週間前のコンビニ弁当でも不味さを感じない舌を持つ、あのオタクが、須田町の老舗に入って、唐人の寝言のような戯言ぬかしたら、江戸っ子に瞬殺されることは間違いないであろう。

神田駅周辺のリーマンの悲哀[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「鍛冶町」の項目を執筆しています。

神田須田町からJR神田駅周辺の神田鍛冶町あたりに目を転じてみよう。 神田駅周辺は一般的には新橋と同じくオヤジのパラダイスと思われている。事実、ゴミゴミとした界隈は営業のサラリーマンが忙しそうに小走りで駆けていき、安いランチを提供する店や金券ショップのある雑居ビル立ち並び、泣く子も黙るサラ金の看板が色とりどりに街を彩っている。よく見ると営業のリーマンが一休みする風俗店やゲーム・ショップもあり、そのまま見れば、誰がなんと言おうとオヤジだらけの街なのだが、早計してはならない。新橋のオヤジたちとはだいぶ顔つきが違うことが分かるであろう。

江戸っ子保護区の「神田」では、リーマンは数は多いけれど、主役ではない。新橋のリーマンが我が物顔でへべれけになっているのに対し、神田のガード下で飲む酒は少々悲しい酒である。新橋で飲むリーマンには有楽町銀座に出る楽しみがあるが、カンダのリーマンは隣接する東京駅秋葉原で飲む習慣はない。飲んだ酒で大暴れしようものなら、滅法喧嘩の強い江戸っ子に組み伏せられてしまう。しかも江戸っ子を怒らせてはならない、たまたま肩がぶつかり合った老人が火消しの親方だったらもう大変である。半纏着てまといをグルングルンをさせた勢いで、暴れまくるだろう。「火事と喧嘩は江戸の華」だからたちまち野次馬が群れて黒山の人だかりである。もちろん江戸っ子は絶滅が危惧されているし、何より年寄りである。たとえリーマンの方に言い分があるとしても、裁判に持ち込まれたら、勝ち目はないだろう。

こうしてリーマンは江戸っ子ジジイに土下座するのだが、そんなことでは江戸っ子は許さない。「神田鍛冶町の角の乾物屋の勝栗買ったが、固くて咬めない。返しに行ったら、勘兵衛の内儀(かみ)さんが帰ってきて、癇癪(かんしゃく)起こして、カリカリ咬んだら、カリカリ咬めた」 。この早口言葉をへべれけのリーマンがスラスラ三唱できたら、江戸っ子は今までのことを水に流して許してくれるだろう。おうよ、江戸っ子ってぇのは、後で細(こま)けぇこたぁ、しのごのぬかしやしねえんだ。で、おまえさんもさっさとくっちゃべって、お仕舞(しめい)にしときなってんだ。そいじゃ、あばよ。

関連項目[編集]