神皇正統記

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神皇正統記(じんのうしょうとうき)とは、北畠親房後醍醐天皇にこき使われた受難の日々を暴露本と言う形でぶちまけた一応歴史書である。しかし、南朝のリーダー格である親房が堂々と暴露本を出して建武の新政に文句を言うわけにもいかないため、適当にオブラートで包んで南朝の正当性を示す為の歴史書ですと偽った。

主な内容[編集]

適当に歴史書っぽくする為、序章には「天地が裂けて川が出来てその川に流れてきた桃から桃太郎が生まれ日本の先民族を滅ぼして日本を統一し神武天皇になった」とか適当な事が、だらだらと長ったらしく書かれている。親房は神話オタであったゆえ、この辺は適当にギリシャ神話やケルト神話とかからパクったと思われる。つまりウリナラ起源なみに信用ならない。

天皇の条件と言う項目があり、第一に天皇の条件は三種の神器を所持している事と、由緒正しい神武からの血統の持ち主である事が挙げられている。これは、逆に言えば神武天皇の流れを汲み三種の神器さえ持っていれば誰でも天皇になれる、という事であり、親房は暗に馬鹿でも糞でも天皇になれると皮肉ったのである。このフレーズは馬鹿でも総理大臣になれると変換すれば与党に対する揶揄としても使えるため、野党に大人気である。桓武天皇の辺りまで書いたところで親房はスランプと倦怠感に襲われ、「日本にもパピルスはあるのかなぁ」とか「ヤギは貴重な書物を食らう邪な生き物だ」とか「hydeの身長は156cm」とかどうでもいい事が書かれている。また親房直筆による南朝の敵足利尊氏の似顔絵も描かれており、横に一筆「どう見ても落ち武者です、本当にありがとうございました」と書かれている。

また、「有徳者であり下の者に対する配慮が足らなければなければ天皇の資格はないに等しい」との記述があるなど、暗に後醍醐天皇に対する批判が隠されている。一方で争いを引き起こした足利尊氏ら武士をも強く非難しており、こんな野蛮人共に日本を任せていたらいつまで経っても戦争終わんねーよ、と半ばお手上げ状態であることを公家の立場から訴えている。しかし同情してくれたのは同じ公家だけであり、武士からは反感を買った。歴代天皇の内後鳥羽天皇などはボロクソに書かれており、「源頼朝北条泰時みたいな聡明な奴が、何で天皇家じゃなくて敵方に生まれ出てしまったんだ」とか「それでも天皇は日本創生の頃より常に頂点に降臨していた絶対的存在なんだから敬わうべきだ」とか後半からは殆ど愚痴とうんちく語りになっており、昔は良かったと嘆くご老人を思わせる文体になっている。書いてる途中で親房自身がノイローゼになってしまったらしく、「南朝」を「カンチョー」と書き間違えている箇所がいくつかある。またおそらく親房が消し忘れたと思われるうんこの落書きがそのまま残されている。あと、平清盛が政権を握って「王家の権」が衰退したことを記しているが、その件が一部の皇国史観の信奉者の末裔と思われる人々から、「日本の皇室を支那朝鮮の王家と同格に扱っている」という非難の対象になっている。

一見するとものすごい知識豊富に見えるが、よくよく見ると「中国の書物の『後漢書東夷伝』に、邪馬台国の卑弥呼の事が書いてあるよ」などと、中学生でも知っている事を間違っていたりする(卑弥呼の事が書いてあるのは『魏志倭人伝』である)。

評価[編集]

親房が神皇正統記を執筆すると、すぐに口うるさいウイキペディアンが出没し、「大日本ハ神国ナリ」の出だしからして要出典、大言壮語しない、誰によって?などのタグが、目次ページにはすぐさま中立的な観点に基づく疑問が提出されています。(延元四年皐月)などのテンプレートが貼られ、煽り耐性の低い親房は、あっという間にコメント依頼→投稿ブロックというお決まりのパターンに陥った。

神皇正統記の大まかな内容は「宮家と公家が武家を支配する」というものである。ところが、徳川光圀は『大日本史』においてこれをベタ誉めしている。黄門様は自分で自分の首を絞めていることに気づかなかったらしい。また、後の皇国史観にも影響を与えた。政治や思想と結び付けられやすいのは、単純に読み物として面白くないからであろうと言われることが多い。


Korsk.png この項目「神皇正統記」は、執筆者が途中でサジを投げてしまったので、今はまだクソの山です。スプーンを曲げてくれるエスパータイプのポケモンを求めています。 (Portal:スタブ)