秘蔵宝鑰

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「真言の経典を読むのは億劫かい?」
秘蔵宝鑰 について、空海
「才調な滑稽本だねぇ。」
秘蔵宝鑰 について、最澄

秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)とは、内容がDQNすぎて人々が読む気にならなかった秘密曼荼羅十住心論の簡約版である。著者は一部の人の間でキチガイ呼ばわりされている空海


概要[編集]

に渡った空海は、二十年かかると言われた修行をたったの二年サボって終わらせた後、密教と呼ばれるアーン♥♥な仏教に目覚めた。それを日本の世に広めたいという強い願望[1]から、帰国後は熱心な布教活動を行い、それが淳和天皇に認められて経典を提出するように勅令を承った。しかし淳和天皇は重度の石頭で利潤主義者だった[2]ため、迂闊にアーン♥♥なことは書けない。そこで空海は、唐で学んだありったけの知識を詰め込んでその場しのぎの経典を作成した。これが秘密曼荼羅十住心論である。その内容は、「人の心とかって十段階くらいに分かれてんじゃね?まあその頂点は真言密教なんですけどねwww」という他の宗派に喧嘩を売るようなもの。さらに、同じ時代に最澄が布教していた天台の教えを蔑ろにする記述もあり、空海が最澄に対してライバル心剥き出しだったことがうかがえる。しかし皮肉なことに、語彙力が豊富すぎた空海の罵詈雑言は難解で誰も読めなかったため、仕方なく簡単な言葉に書き換えたり文章を削ったり思いついた悪口を追加したりして要約した(つもり)。そうして完成したのが今日の秘蔵宝鑰である。[3]


序文[編集]

とにかく自分の文才を衒いたかった空海は、冒頭から冗語法を乱用[4]。そして、この経典をを読むであろう後世の僧達に語彙力の豊富さをひけらかしたかったのか、普通ではありえない漢字の読みを連発し、さながら漢字難読クイズの様な文章になってしまった。


  • 原文
    悠々たり悠々たり」(はなはだ悠々たり
    内外」(ないげ縑緗」(けんしょう千万の軸あり
    杳々」(ようようたり杳々たり 甚だ杳々たり
    道をいい道をいうに百種の道あり
    」(え諷死えなましかば」(もと」(いかんがなさん
    知らじ知らじ吾も知らじ
    思い思い思い思うとも
    聖も」(ることなけん
    牛頭草を嘗めて病者を悲しみ
    断菑」(だんし車を」(あやつって迷方を」(あわれ
    三界の狂人は狂せることを知らず
    四生の盲者は盲なることを」(さとらず
    生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
    死に死に死に死んで死の終りに」(くら


長いので省略


  • 口語訳
    悠々」(ゆっくり、我が」(おしえを読者に解説」(さずけることにする。
    仏教経典」(コスモスとは言えども、憂世」(世の中にはピンからキリまで沢山ある。
    多すぎて逆に混沌」(カオスな状況に陥っているくらいだ。
    そのせいで、その道理の本質」(ダルマがあやふやになってしまっている。
    そもそも、たった一つのことを説明するのに道理が多すぎる。
    邪魔」(クソな思想や経典は、いっそ全部燃やしてしまったらどうだろうか?…そうは言っても、経典が無いとそれはそれで困る。なら、どうすれば良いか?
    それは解らない。…こら、私に真理」(こたえを求めるんじゃない。
    まあ考えてみたことは何回もあったのだが。
    よくよく考えてみたら過去の偉人」(踏み台も皆識らなかったようだ。
    話は変わるが、古代中国の」(シヴァは薬草を舐めて自分の病気だけを治した。私もそんな風になりたい。
    偉大な王」(インペラトル貧民ども」(ごみくずを車に乗せて揶揄した。私もそんな風になりたい。
    また話は変わるが、三次元に生きる人はキチガイは自分のことをキチガイだとは思わない[5]し、
    四次元に生きる」(めくらは、自分が盲目であることを知らない。
    つまり、人間の輪廻転生」(リーインカーネイションの始まりは、輪廻転生の輪の中にいる時点で解る筈がない。
    それは」(タナトスについても同じである。


長いので省略


なお、最後の二行は厨二病輪廻から晴れて抜け出した人の形がよく用いる。[6]

十住心とは[編集]

空海は、世に溢れかえる様々な宗教や心の段階を徳の高い順に十段階に分別した。秘密曼荼羅十住心論ではこれについて非常に詳しく言及しているが、秘蔵宝鑰ではそれよりも他の宗派を中傷することに重きを置いている


第一住心、異生羝羊心[編集]

欲のままに生きているクズ人間はそこらのケダモノと一緒だ、ということ。陽炎を水と思う獣や、水面に映った月を欲しがるガキんちょなど、お門違いな面々が例として記されている。空海曰く、倫理以前の問題

読み方は、「いしょうていようしん」。


第二住心、愚童持斎心[編集]

ここが普通の人間の心。他人へ何かを与えようとする心は穀物の発芽と大差ないとスッパリと断言、これにより空海がいかに仏教の知識の無い人間を嫌っていたかが分かる。きっと空海は今の時代では生きて行けずに入滅することだろう。

読み方は、「ぐどうじさいしん」。


第三住心、嬰童無畏心[編集]

宗教信仰を始める心で、身の回りにいるオカルティックな人間はこれにあたるかもしれない。この段階について、空海は「この心を持っとけば天上世界に生まれ変わることができるぜ」と持ち上げておきながら、「まあ所詮その場凌ぎの安らぎでしかねぇんだけどな」と蹴落としている。ちなみに道教はここに分類される。

読み方は、「ようどうむいしん」。


第四住心、唯蘊無我心[編集]

人間が踏み入れてはならない道への第一歩で、世の中の物体が全て偽物だ、と思う心。世間では宗教の末期患者だと言われる頃だが、残念ながら上にはまだ六つの段階があるため全然末期ではない。なお、ここでは陽炎の比喩がまたもや登場する。

読み方は、「ゆういんむがしん」。


第五住心、抜業因種心[編集]

ぼっち修行の心。苦しみを消し去るために自傷行為や断食などの見苦しい行動をとるようになる。まかり間違うとふりだしに戻っちゃうので要注意。ちいさなのりものはここに分類される。

読み方は、「ばつごういんしゅしん」。


第六住心、他縁大乗心[編集]

ぼっち修行が非常に寂しいものだと悟った飽きた者の心。ここまでくると完全に物狂し、気がついたら真言を100万回唱えていたり、何の気なしに善行を積めるようになったりする。全ての物が幻影に見えるという幻覚症状が起こる。なお、薬物の使用は検閲により削除法相宗はここに分類され、大乗仏教はここに至ってからが本番だそうだ。

読み方は、「たえんだいじょうしん」。


第七住心、覚心不生心[編集]

一切の実在を否定する心。「空」と呼ばれる観念に基づき、遂に自らの心すら疑うようになるものの、同時にそんなことどうでも良いじゃん、と思って自己完結する。無意識で善行を積み続け、周囲からはありがた迷惑という名の高評価を頂くことができる。三論宗はここに分類される。

読み方は、「かくしんふじょうしん」。


第八住心、一通無為心[編集]

今まで何もかもが偽物だと思っていたら、実は一個だけ絶対不動の心理がありました、という心。全ての人間の心は清らかなものだ、と今更ながら思う時期でもある。空海のライバル的存在である最澄の教え(天台宗)や法華宗はここに分類される。ハハッ、ざまあねぇぜ最澄!

読み方は、「いちどうむいしん」。誤字ではない


第九住心、極無自性心[編集]

全てはそのままで真実だ、という誰でも知っていることを説く。一番重要な十住心のための前置きのようなもので、華厳宗はここに分類される。今まで空海はあえて婉曲な言葉を選んで様々な宗派を馬鹿にしてきたが、ここにきて遂に「華厳宗における悟りは完璧ではない」とストレートに言い切る。そして最後のステップへと話を自然に持って行こうとする空海の策略が垣間見える部分だ。

読み方は、「ごくむじしょうしん」。


第十住心、秘密荘厳心[編集]

第九住心までとは別次元。覚者は大日如来と一体化し、宝物の倉の扉を開く。そしてその中ではあらゆる価値が実現される、という、アーサー・C・クラークもびっくりのファンタジーに満ちた内容。色々培ってきた最後にあるのはやっぱり宝物だという教えだが、この考えは魔王に勝利した後の勇者に似る部分があり、これに着想を得て作られたのがドラクエだ。

当然、真言密教はここに分類される。どうやら空海は世の中所詮は金銀財宝である、ということを伝えたかった様だが、翻って空海の貧乏な生まれを晒している風になってしまった[7]

読み方は、「ひみつしょうごんしん」。


脚注[編集]

  1. ^ 性欲とも言う。
  2. ^ 現実主義者と言っても過言ではなかったが、なぜか仏教というオカルトに傾倒し、その力で国を安定させようとした。が、明らかに順番が逆である。まずはその不安定な情緒を安定させるべきだろう。
  3. ^ その他詳しいことについてはここを参照。
  4. ^ まるでアンサイクロペディアの記事方針を無視したように見える
  5. ^ 空海は自分がキチガイだとは思っていない。
  6. ^ 特に後者が用いると説得力がある。前者はお察しください。
  7. ^ 自業自得とはこのことである。


関連項目[編集]

Wikipedia
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