竜宮城 (茨城県)

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これが表札だ文句あっか

 

Urasima.gif Parada.gif ----かつて、茨城県の山の中に竜宮城があった。いや、今もあると言った方が正しいだろう。

既に主は亡く、朽ちるに任されているからだ。

昭和の終わりから平成に至るまで、一人の老人が自宅を増築、もとい原型を見失うまでに改造し竜宮城は作られた。

むかしむかしでもない話
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「竜宮城」これは御伽噺の中でのみ存在しうるものであった。しかし茨城県の大洋村には実際竜宮城が存在する。これはいかなる所以であろうか。

昭和の終わり頃、定年後の一人の男がその地にやってくる。最初は山の上の小さな家につつましく住んでいた彼だったが、ある時村から少し離れた海岸へと向かったのを最後に帰ってくることはなかった。別の場所で暮らしていた家族が失踪届を出したのは少し後のことだったが、結局よくある家出人として処理され、いつしかその男の存在も忘れ去られようとしていた。しかし、彼は突然3年後家族の元へと戻り、驚愕した家族が「お父さん少したるみましたね」と言うと「スモークを少し避けそこなったからな」と意味のわからない言葉を漏らし、ポカンとしている家族を尻目に山の上の家に戻った。

帰ってきた男は、どこからか日曜大工セットを持ち出し、拾ってきた角材を釘で間口へ取り付け、モルタルで固め始めた。彼は鉄屑とペンキを華麗な腕で浅草花やしきバリの洋館風建築に仕立て上げ、屋根にも床にも壁にもドアにも看板にもなる万能ベニヤ板を奉り、どんと来い著作権とばかりにミ○キーマウスのホーロー看板を貼りつける。近所の人々はその趣味の悪いラブホテルのような建物の建設を奇異のまなざしで見守り、何かに取りつかれたかのような男の増設は数年間続けられた。昨日はなかったはずのパビリオンが突然地からそそり立っていたり、小便小僧の放尿が勢いを増したり、美術館の建設や浦島太郎の絵が描かれた壁面、「竜宮城」と彫られた石碑、看板などがどんどん増えてゆくうちに村の人々はその建物を『竜宮城』と呼び始め、その噂は次第に有名となっていった。

彼の自宅には地元新聞社や、テレビ局などが大勢取材に押し掛け、一時期「変わったおじいさんと竜宮城」は全国区でも知られる存在となる。自宅は一種のテーマパークと化し、一時期は観光地にもなるほどであった。無料送迎ウミガメや鯛やヒラメ(若しくはカレイでも可)のポールダンスショーこそなかったものの、40センチ越えのミシシッピアカミミガメと鯉はいた。踊らなかったが。

平成もだいぶ過ぎる頃には男、すなわち浦島太郎はもう高齢となっていた。一度だけ見物客のひとりが「乙姫様はどちらにおわすか」と尋ねたところ、怒って追い返したという話がある程度で、その後竜宮城は少々地味な存在ともなってきていた。奇異な建物の存在が村に馴染んできたとも言いかえられるだろう。しかし、2000年頃突然男は病により入院、入院中との由を記した紙を戸口に貼りつけたまま2001年ついに帰らぬ人となってしまった。土地は息子の所有となったが、人が住む場所、もとより陸上用として設計された建物ではない、解体費用の莫大さに息子も手を付けられず今は放置するほかないという。かくして竜宮城は少しばかりの謎を残して放置されることになった。

潜入
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少しばかりの謎を求めて、多くの者がここを訪れた。現在は放置され廃屋となっているここをまるで心霊スポット気分なのだろうか、カップルで訪れ荒らしてゆくけしからん輩も多い。我々も“研究のため”ここに潜入取材することとなった。

北浦(淡水である)沿いの道路を走り、やぶの目立つ山道に入るとB5サイズの看板が残っている。ここを進むと舗装すらされていない砂利道に入り、丘を登ると急に視界が開け、相変わらずのラブホテル風建物が目に入った。

竜宮城2.jpg竜宮城4.jpg

以前より崩壊の具合が進んでいるような気がするのは気のせいではない。海中に移転する予定で建設されたのであるから、手入れがなされなければ水から上げたクラゲのような代物である。敷地内部に入ると、そこは外部以上の混沌を呈していた。建材はベニヤ、トタン、プラスチック、モルタル、トタンが主であり、全体がフニャフニャと潰れかかっていた。全体の方向性を間違ったメルヘンチックさは浅草の花やしきと共通するところのように感じられる。

パビリオン紹介[編集]

ここでは潜入捜査で判明したパビリオンの紹介を行う。

パラボラアンテナ?竜宮城にそんなものありません。
迎賓館
2組入居できる部屋があり、一泊二食付きで6000円というお値打ち価格です。海鮮料理?贅沢言ってはいけません。北浦名産飴炊きとイルカの煮込みならあります。
時計台、もとい流しソーメン台
竜宮城内を見渡せるシンボル、メルヘンチックな時計台です。夏は雨どいを使って流しそうめんを楽しむことができます。衛生上の観点?竜宮城ほど衛生的な場所はありません。
ビックリおもしろ美術館
氏が蒐集した竜宮城グッツが勢ぞろいです。かの浦島太郎を乗せたタイマイの甲羅(べっこう)、玉手箱の内部に充満していたとされる気体(鋼鉄製容器に封入されています)、かのヒラメの千夜一夜干しなど、他では見ることのできない物ばかりです。*現在閉館中。
オレンジハウス
扉がオレンジ色です。凄いでしょ?

結果[編集]

その不気味な見た目や、荒れ果てた姿からこの建物には根拠のない無気味な噂が多く流れ、「壁の乙姫様の絵を剥がすと、中から白骨化した乙姫様が出てきた」、「踊子のはずの鯛の魚拓が貼ってあった」、「美術館の奥には中性子爆弾『玉手BOX』が存在する」、「勝手に某ネズミの看板を使用したのであのネズミにポロニウムを食べさせられ死んだ。」などの噂が地元の住民以外の人々に信じられていたこともあった。しかし、老人が海に行った後3年の間どこにいたのか、何故帰ってきた途端竜宮城を作り始めたのか、作り始めた途端急に老けこみ始めたのはなぜなのか、何故海の中に建設しなかったのか、生け簀さえ買えばやヒラメの生け作りをできたものを何故しなかったのか。乙姫様の話になると急に怒り出したのは何故なのか、など謎は残る。

そして、敷地内に存在する謎の墓碑のようなものの存在を根拠に、彼が乙姫と共に陸へ帰ってきたのではないかと主張する者もいる。プールのようなものの存在もあり、プールサイドには魚類の骨の残骸も見受けられた。しかし我々がいくら推測しようと、現代の浦島太郎こと彼が海で何をし、何を持ち帰って来たのかは誰も知らない。

関連項目[編集]

公式ホームページ

Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第11回執筆コンテストに出品されました。