童門冬二

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童門 冬二(どうもん ふゆじ)とは、歴史の面白さをパンピーに認知させ、洗脳して歴オタにするべく、日々精力的に活動しているお爺ちゃん。実年齢は80を越しているが、脳味噌の中は10代20代の歴女と構造が一緒という、とても若々しく熱意のあるお爺ちゃんである。歴オタからは親しみと蔑みを込めて「冬爺」「肛門先生」と呼ばれている。

人物[編集]

本格的に作家活動に専念するようになったのは50過ぎで、それまでは東京都立大学理学部事務長とかを務めていたらしい。理科系には全く縁がなさそうな人物に見えるが、経歴にそう書いてあるんだから仕方がない。また、肩書きと本人の才能や資質なんかは実の所殆ど関係がないので、あまり気にすることもない

歴史読本の編纂や歴史小説の執筆、大河ドラマガイドブックでの解説など、八面六臂の活躍をしており、80過ぎのお爺ちゃんとは思えないほど矍鑠としている。また周囲の人々が童門先生の体調とかを全く考慮していないことも伺える。もしかすると童門先生自身も、自分の年齢を自覚しておらず、野原を疾駆して槍を振り回す戦国武将感覚でいるのかもしれない。

執筆した歴史小説の対象は多岐に渡り、戦国で言えば北は伊達から南は島津まで悉く網羅している。著作の量こそ多いが内容は押し並べて薄っぺらい とか言ってはいけない。同じ直江兼続を題材にした小説でも、童門先生の「北の王国」の方が2009年大河の原作になった「天地人」より マシな出来であるという書評がそこかしこで聞かれる(ただしソースは2chKonozama)ので、 小説家として少なくとも火坂雅志よりは力量があると推測される。

戦国武将を書く際に選ぶ基準は『居酒屋に一緒に行って呑みたい奴かどうか』だとラジオで語っていた好々爺である。

戦国武将の生き様を学ぶことは現代を生きる人間の人生の指針になると本気で考えており、歴史を研究することに対する熱意は並外れたものがある。 熱意があってもショボイ成果しか出せていないとは言ってはいけない。

想像力も逞しく、その想像は戦国好きな厨房、オタク達と合致するところも多く、そういった層から一定の支持を得ている。一方で、本物の歴史通を自称する連中からは「たわごとばかり言ってる」「ロクに時代考証してない」「憶測で決め付けたがる傾向がある」「史実と創作を混同している」など好き勝手言われている。別にいいじゃないか。そこが童門先生の良い所でもあるのだから。

関連項目[編集]