米沢市
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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米沢市(よねざわし)は、山形連邦王国南東部に位置する都市である。
「顔形連邦王国の顎」にあたる置賜国の首府である。連邦王国に統合する以前は、独立した置賜国が置かれていたが、もちろん下顎だけでは何も出来ないため、連邦王国に組み込まれることになった。
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[編集] 概要
山形連邦王国を構成する置賜国の中心都市である。米沢牛の産地として知られる置賜国及び米沢市は、会津遺恨全体主義狂恨国の長期に渡る侵略と一部統治を余儀なくされている。
江戸時代には上杉氏の城下町として栄えた。現在でも米沢市街は、24時間春夏秋冬1年365日を通して1秒たりとも止まること無く上杉謙信・上杉鷹山・直江兼続一色のみに彩られている。また米沢市民は、藩祖上杉謙信、名君上杉鷹山、直江兼続を神として熱狂的な崇拝と賛美の限りを尽くしている。
逆に上杉景勝とその妾四辻氏・四代藩主上杉綱憲とその父親吉良義央(吉良上野介)の4名は存在自体が絶対的黒歴史として、「四悪人」と呼ばれ米沢市民の憎悪と侮蔑を一身に集める存在であるため、米沢市民の前で彼らに敬称を付けて呼んだり、彼らの名前を口に出す事は厳禁である。特に僅かでも彼らを擁護したり誉めたりした禁則事項です。ただし、彼らを蔑称で呼んだり、批判・侮蔑・中傷目的で彼らの名前を口に出す事は大いに推奨されている。
[編集] 地理
最上川の源流にあり、山々に囲まれた風光明媚な景色が広がる。その景色に幻惑された外国人旅行家は、置賜国を「東洋のアルカディア」と評した。これに気を良くした市民は工業団地に「アルカディア」と名付けているほどである。
ただし、これは外部から見たうわべだけの姿であることはいうまでもなく、実際には内陸の盆地であるため、寒暖の日較差・年較差が凄まじく、夏は凄まじい熱気と湿気が籠もり、冬は大量の氷雪に閉ざされ、現地民からすれば間違っても理想郷とは決していえない過酷な環境である。
[編集] 歴史
鎌倉時代には長井氏の領地だったが、室町時代に伊達氏が峠を越えて置賜に侵攻、長井氏はあっけなく滅ぼされてしまう。戦国時代に伊達氏は置賜を本拠地とし、伊達政宗は黒川の蘆名氏を討ち会津を制圧したが、豊臣秀吉によって岩出山に移封となった。その後米沢は会津に入った蒲生氏、ついで上杉氏の支配下に入った。
米沢は上杉景勝の家老・直江兼続が治めていたが、徳川家康に「直江状」なる怪文書を送りつけ、関ヶ原の戦いに先立って喧嘩を売ったため、関ヶ原の戦いに勝利した家康はその復讐と見せつけとして、兼続の最愛の主君・景勝の全領地・財産を一つ残さず没収した上、マゲの元結を除く景勝の着衣・持ち物はおろか履物・乗馬・乗物(景勝の妻・菊姫も含む)に至るまで一切残さず奪い尽した挙句、景勝をマゲこそ結ってはいるものの「ホームレス大名 上杉景勝」と大書した看板を首から前後に下げている以外は一糸纏わぬ姿にして、徒歩で兼続のいる米沢に追放した。これが「上杉家の米沢への減封」である(なお、この時家康は景勝から大名の地位をも奪った上、完全な全裸のままで八丈島に追放したかったが、いずれ劣らぬ大の景勝ファンでもあるおっかない息子・腹黒軍師・毒舌挑発師らによる度重なる血も凍るような陰湿で執拗な嫌がらせと脅しに屈して嘆願と説得に応じて、前述の処分に減刑した)。
その後も減封が相次いだにも拘らず、旧来の家臣はそのまま減員しなかったことに加え、困窮する財政をよそに上杉綱憲が「両親の介護」、上杉重定が「名家の体面を維持するため」と称して藩の金を湯水のように浪費しまくったので、当然のことながら財政難に陥り、重定が「大名するのやーめた♪」と身勝手な戯言を抜かすほどであったが、婿養子となった上杉鷹山は「何事もやれば出来る」といって藩政改革に着手し、藩財政はなんとか立て直した。
戊辰戦争では、「俺様を救え」との会津のジャイアニズム満載の卑劣極まりない脅しに屈して渋々奥羽越列藩同盟の盟主(もう一つの盟主はもちろん会津)となって新政府軍と対峙するも、豊臣時代からの「(藩邸が)お隣さん」である毛利家とお家の危機を救ってくれた保科正之の子孫の会津松平家との二つの義理の間でどっちつかずな状態に陥った果てに、官軍に峠まで迫られたところで(内心は待ってましたとばかり)早々と薩長に降伏した挙句、会津に対して降伏を説得するも、結局は関ヶ原の時のように明治政府から「賊軍の領袖」としてまたもきつい減封と処罰を食らうという、景勝や綱憲までもがあの世で嘆くほどの情けない体たらくであった。
明治22年に山形市とともに市制施行。日本で最初に市制施行した都市の一つであったが、いまだに人口が10万人に達しておらず、後続の鶴岡市と酒田市に人口で抜かされしまい、連邦王国内での地位は低下しつつあった。そんな中、鶴岡市や酒田市をはじめとする庄内国があきた共和国に譲渡されたため、米沢は山形連邦王国における第二の都市に返り咲くことができた。
しかし、昭和の一時期には財政再建団体に転落し、現在も後述するように市の中心部は惨憺たる寂れ振りを呈しており、鷹山の教訓は全く生かされていないのみならず、重定のひそみに習いまくっていることを散々露呈しつつ、現在に至っている。
[編集] 経済
かつては平和通り商店街が市の中心繁華街であったが、現在では他都市と同様、郊外のチェーン店に押され軒並みシャッター街となっている。加えて景観と実入りを無視した箱モノ施設が無駄に林立する凄惨な光景は、視察に来た麻生太郎に「こりゃぁひでぇわw」と言わしめ、また他県からの観光客にも「これはひどい光景だw」と言わしめている。
[編集] 交通
冬期には豪雪で鉄道は全面運休し、国道も県道も完全閉鎖されるため、交通手段はそりか徒歩のみとなる。
奥羽本線(山形線)が山形と福島を結んでいる。山形新幹線の開通後は、在来線より新幹線の運行本数が多くなっており、便利になったのか不便になったのかは論者によって意見がわかれるところである。
新潟県の坂町方面を結ぶ米坂線に至っては、日に数えるほどしか列車が運行されていないローカル線である。歴史的に因縁関係が深い会津遺恨全体主義狂恨国を結ぶ鉄道も計画されたが、仮に開通しようものなら、米坂線の二の舞になるどころでは到底済まないことは会津に深く関わったがゆえに受けた呪いと災厄のせいで底無しの不幸に陥った上杉景勝と戊辰戦争期の米沢藩の悲惨な運命や無残な姿を見れば一目瞭然である。
[編集] 観光
[編集] 祭事
- 米沢上杉まつり
- 上杉雪灯篭まつり
[編集] 名所
[編集] 米沢四大聖地
- 上杉神社
- 藩祖上杉謙信を祀る神社。米沢市民は月に三回参拝し、日に三回遥拝する。
- 上杉家御廟所
- 藩祖上杉謙信と名君上杉鷹山と子息顕孝の墓所。米沢市民は月に三回参拝し、日に三回遥拝する。
- 松岬神社
- 名君上杉鷹山と直江兼続を祀る神社。熱心な米沢市民は月に三回参拝し、日に三回遥拝する。
- 林泉寺
なお、これら聖地の門前の左右に、半裸で後手に縛られた姿で正座してうつむいている「四悪人」こと上杉景勝・四辻氏、上杉綱憲・吉良義央の像があり、聖地に参拝する者と聖地の門前を通る者はいかなる人間(天皇・ローマ法王・総統閣下・大統領閣下・主席様・首相様・将軍様・同士書記長・王様などもこれに含まれる)であっても、門を潜ったり門前を通り過ぎたりする前に、必ずこれらの像に憎しみを込めて唾を吐くか、棒や竹刀やバットなどで殴るか、鞭やハリセンなどでどしばくか、あるいは投石や水鉄砲・紙鉄砲・ゴム鉄砲・モデルガンなどで狙撃するか、足蹴にするか踏みにじったりするなどの辱めを加えなくてはならないというしきたりがある。
ただし、これらの像を辱める際に生ゴミ・大小便などの汚物や塩酸・硫酸などの劇薬類をかけたり、金鎚・鉄パイプ・金属バット・重機・金属製弾丸・ミサイルなどの破壊力の強い武器・道具類を使用することは厳禁されている。また生前の所業からかんがみれば上杉重定もこれらの像の仲間入りをして当然な所だが、「鷹山公の義父」であるという理由だけで難を免れた。
しかし、この屁理屈理論に基づけば「四悪人」こと上杉景勝・四辻氏、上杉綱憲・吉良義央の四名は、鷹山・重貞のみならず鷹山の正室・側室、鷹山の子息顕孝らにとってもまごうかたなき直系かつ血縁の先祖なので、鷹山らとの血のつながりなど皆無である直江兼続夫妻・菊姫や、傍系でしかない上杉謙信よりも遥かに慇懃かつ敬意のこもった扱いをして当然でこそあれ、間違っても決して対等な扱いをしてはならず、いわんや粗略な扱いは絶対的禁忌となるのだが、少なくとも大半の米沢市民と上杉ファンは誰も全く気にしない。
[編集] 名物
- 米沢ラーメン
- 「林檎ラーメン」・「和牛ラーメン」・「鯉ラーメン」など、米沢の名物を取り入れたラーメンである。山国の米沢で敢えて「そんぴん(=へそ曲がり)ラーメン」という海鮮の具を使ったラーメンも考案されたが、逆に観光客の顰蹙を買ってしまった。
- おっぱいプリン
[編集] 米沢のABC
米沢の特産品を解り易く世に知らしめるために考案された。
- Apple - 舘山林檎
- 寒暖差の大きい過酷な環境に鍛えられた精鋭たちである。
- Beef - 米沢牛
- 日本三大和牛の一つであるが、一応近江に配慮し「四大和牛」としておく。最近ではおっぱいプリン(Breast pudding)にその地位を脅かされつつある。
- Carp - 米沢鯉
[編集] 関連項目
| この項目「米沢市」は、執筆者が旅行家だった可能性もありますが、このままでは理想郷どころか絶望郷です。真の理想郷に導いて下さる案内人を求めています。 (Portal:スタブ) |